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「恋路?なにそれ。どーせ喪う癖に?」
顎に手を当て、二人を見下すように嘲笑った。
弱けりゃ喪う。大事なものから、少しずつ、少しずつ。じんわりと侵食されていく。
二人は殺意の籠った瞳で此方を見て、手をキツく握った。
こつこつと、音を鳴らしながらゆっくりと二人に近付いていく。逃げようとする二人に、常に体を循環している魔力をぶつけた。
息を呑んで、青ざめながらも良い子に止まってくれる二人に聞こえるようにクスクスと笑い声を漏らす。
じりりと、後ずさっていたワンコ系美少年の目の前に立ち止まり、手を伸ばす。
固い手袋でクイと顎をあげて、
「弱けりゃ死ぬ。喪う。それがこの世の摂理。神の定めた唯一の法則」
騙したものには悪もない。騙されたものには善もない。
死にたいのなら別だが、死にたくないなら強くあるべき。
僕の表情を見た清楚系美少女はひっと小さく息を飲む。
嘲笑から変わらない口許、馬鹿にするように細めた瞳。どこからどう見てもただの三歳ではない。
「で、でも……!正義は勝つ!愛こそすべてだろ!愛さえあれば生きて行ける!」
裏返った声でワンコ系美少年が反論してくる。清楚系美少女もコクコクと頷いているが、
「正義は勝つ?愛こそすべて?
……ハッ。おにぃさん。冗談にしてもウィットが足りないよ?」
ピン、とワンコ系美少年の顎を指先でつつく。
愛が万能の盾になるのか?
愛がお腹をふくれさせてくれるのか?
愛が敵を突き刺す武器になるのか?
じろりと二人を睨む。
違うだろう?
「わかってるはずだろう?……愛は最後に裏切るんだって。君らももう大人だろ。」
そして、お前らのトラウマをきっちり刺激した小生意気なくそがきの元につくしかないんだって。
手をヒラヒラと振り、崩れかけた神の像に向き直る。
「ま、僕の言うことが理解できたらここに来なよ。返事はここで聞くから」
なんの返事かは言わなくてもわかっているだろう。
僕は最後に、威圧を解いた瞬間に逃げていった二人に向かい、見えてないであろうけれど悪魔のような笑みを浮かべる。
「期待してるよ。おにーさんたち❤」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
しばらく神の像に祈る振りをして新たな武器の素材調達に勤しんでいると……
ぎぃぃ……とおとがして、背後の大きな教会の扉が開いた。
パッと、ほぼ反射的に振り向くと……
「ご飯の時間なんだけど。遅れないでくれる?
ジョアンナが迷惑がってる」
突然の塩対応とショタについていけないよ。
絶対クーデレツンドラキャラだよ。こいつ。
突然やって来た珍客……アルナルドは此方を見ずにそう言いきった。
いやいや警戒しすぎだよ。たった三歳のロリに
どーせあれだろ?僕がいない!誰探しにいく?俺やだ……私も嫌だ……じゃあじゃんけんで決めようぜ!ってなって挙げ句に負けた奴行けよーとかなったんでしょ!
地味ぃにショックを受けながら見た目はただの三歳ロリらしく、
「あ、ありがとー、ございますっ!」
とかピョコンとお辞儀をしてみる。
アルナルドはすたすたと歩いてきて、僕の頭の上に生えたナニかをむんずとつかんだ。
「なにこれ……。鳥の頭みたい」
ぐいっと引っ張られる髪の感触で、僕にはアホ毛×二があるとわかった。
おぉ、萌えポイント……と感動していると、アルナルドが唐突に言葉を発した。
「僕、君の世話係だから。」
「は?いっ!ちょっとアホ毛引っ張らないで下さいよ!」
衝撃発言を受けた気がするが、アルナルドがアホ毛を掴んだまま食堂へと歩いていく。
痛い痛いやめろし!と文句を言うが、全く聞かずに食堂へと直行。
こんな奴が世話係とか、今から胃が無茶苦茶痛いんですが……
取り敢えずこの遠慮を知らないツンドラショタに遠慮とか一切要らないと言うことを学びました まる
食堂にいったときの気まずい自己紹介と可愛い系のショタからの同情一杯の優しさが忘れられないよ……
どうやら僕がリア充滅べと素材一杯だぜヒャッハー祭りしている間に夕暮れになっていたらしく、気まずくほぼ誰も話しかけてこない夕飯が終われば近所の湖で水浴びになった。
……てことで日も暮れかけて来た今日の水浴び。
「え。何で僕こっち?」
「僕が世話係だから、でしょ」
「女の子なんだけど」
「大丈夫。女に見えないから」
はい、男の子と一緒ですね!何でだコンチクショー!
アルナルドがぽいぽいと服を脱ぎ捨てて行く隣で、僕はモタモタとベストを脱いでいく。
いや、いくら子供とはいえ男の子の素っ裸を見るのは抵抗があってね……?
顔を真っ赤にしながら、床に視線をおとし、脱ぎにくい服を脱いでいると。
「何。脱げないの?脱がしてあげようか」
という言葉と共に、シャツにてをかけられた。
スルッと絡まっていたネクタイをほどかれる。
前を見ると、当然アルナルドは素っ裸だ。
……いやね、でもね。恥ずかしいのよ!
つーか良く寒くないね!何でか水が暖かいとはいえここ外の岩陰よ!?
お月様昇っちゃってるのよ!?
今日の朝ぶりに混乱していると。
「こら!アルナルド、嫌がる女の子のふくを脱がしちゃダメでしょ!」
ひょいと浮遊感が僕を襲い、誰かに抱き抱えられる。
叱責されたアルナルドは手を動かすのをやめる。
助かった!そうおもい、抱き抱えられたまんま後ろを振り返ると。
「チッ。」
「舌打ち!?助けたのに!」
今朝(?)のワンコ系美少年もといテイクの無駄に整った顔が有った。
「なんのようですかテイクにいさま」
ここでは、三つ以上年の離れた上の子をにいさま、ねえさまと呼ぶルールがある。
特に十代には敬語を使うこと、らしい。
昔ここにいた孤児達が、社会に出てもやっていけるようにと自分達で後世のために残したルールだ。守らない義理はない。
テイクにいさまとよぶとテイクにいさまはやれやれとため息をついて、人懐っこい笑顔を見せた。
「アルナルドの奇行から新しい妹を救うために参上したよー。ほらおいで、洗ったげる。」
おいで、といいながらひょいと抱えられる。
何でこいつがここに!?と驚いた顔をされながら湖近くまで抱えてきてもらった。
「それ、自分で脱げるかな?」
それとは、僕の服の事だろう。
流石に脱げないからと手伝ってもらうわけにもいかず、コクコクと頷いた。
じゃあ後ろ向いてるねーと言いながら、テイクにいさまはふいっと後ろを向いた。
一生懸命ボタンを外して、するするとシャツを脱いでいく。
手袋、ゴーグル、くつ、ズボンを近くの岩場に置く。この世界高いからって平民はパンツ無いんだよ!信っじらんない!
「できた。ぬげた」
「おお、凄いねぇ。支えてるから体を洗ってね」
完全に子供扱いである。今朝の怯えようはどうした。しかも予想以上に支えるのが上手い。良いお兄ちゃんである。
むぅ、と唇を尖らせながらもテイクにいさまの手のひらに体を預ける。
「……ほんとはね、エルちゃん」
「馴れ馴れしく呼ばんでください……はい?」
渾名を勝手に呼ばれたので眉間にシワを寄せて拒否っておく。
テイクにいさまに、ほんと可愛くないなぁとぼやかれながら話を続けられる。
「ローマン君に、会わせるつもりだったんだ」
テイクにいさまは心配していたようだからと言葉を続けた。僕はいつものポーカーフェイスで黒い布地にスパンコールを散りばめたような星空を眺めながら言葉を返した。
「しんぱいはしてないです……皆、ローマンと同じだから」
テイクにいさまの支える手のひらが少しこわばって、またゆるゆると力を抜いていく。
……でしょ?と見上げると、テイクにいさまはコクりと嬉しそうに頷いた。
星空は、どこまでも繋がっているようだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「いいみずあびでしたね、テイクにいさま」
「気持ちよかったねぇ。次入るときは最初から支えてあげるよ」
「たすかります」
きゃっきゃとなぜか仲良くなった僕達が水浴びから戻り、勝手口から出てくると、テイクにいさまの彼女もとい清楚系美少女のフローラねえさまが食堂から出てくるところだった。
フローラねえさま、僕らを見て一言。
「あら。……これは、憲兵に突き出さなければならないかしら?」
困ったように首をかしげ、そう言い放った。
……これは、テイクにいさまのロリコンを疑われているのか?
「えっちょっ!フローラ!?僕ら一応恋人だよね!」
「あらやだ稚児趣味のド変態を恋人にするほど私馬鹿じゃないわよ?」
「誤解!誤解だから!ちょっとエルベルトも何か言ってやってよ!」
フローラねえさまが確実にからかっている気配を察知しました。こう言うなんかフローラねえさま男前なリア充だったら大歓迎なので僕貝になる。
……何か、テイクにいさまのキャラが定まってなかった時点で察してたけど、フローラねえさまって見た目詐欺系美少女だったのか……
一気に二人の好感度が上がった。チョロいな僕。
……と、ぐいっと腕が引かれた。
「エルベルト、一緒に寝よう」
「はい?」
後ろには満足そうなアルナルド。あらやだいつの間に上がってきたの?もちょっと入っててもよかったのよ?
「僕世話係だから」
「は?……ああ」
一瞬なにいってんの?と思ったが、下心も恋情も一切ないただひたすらにスッキリした表情で察した。
こいつ仕事果たせてないからって無理矢理世話するつもりだ、と。
「え?まぁ良いんじゃないの?急展開だね」
「あらあら。幼馴染みラブも良いわね~。」
「えっノリ軽くないですか」
ほやんとわらったテイクにいさま、煩悩が口から出ているフローラねえさまに見送られ、僕は今回もアルナルドにアホ毛を掴まれ浚われていったのだ。
……てか痛いって!ジョアンナ(ツンデレ美少女)の人でも殺しそうな視線とアホ毛が!
物理と精神で痛いってどういう拷問!?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「はい、寝て」
「いやはいじゃなくて……もう良いや。はい」
勝手に部屋に上がり込み、勝手に僕の布団の上で寝転んだアルナルドにもうため息しか出ない。
仕方無くアルナルドがポンポンと叩いたドア側のアルナルドの隣へと寝転ぶ。
予想以上に近く、心拍数は跳ね上がるが。
ふわりと香った、菫のような柔らかい香り。
それがお兄ちゃんを思い出させたから。
……そういえば、お兄ちゃんは僕よりひとつ年上だったな……
アルナルドと同い年だ。
「(なんか、おちつく)」
生きていると主張してくるアルナルド……お兄ちゃんの心音も、
子供体温だろうか。暖かいからだも、
……何より、くっついて寝るこの行為も。
瞼がだんだん重くなっていく。
あぁ、結構良いかも、世話されるのって……
意識はそこで途切れた。
☆☆☆☆☆☆☆
「ぅ、うあ……!とうさ、かあ、さ」
エルは目が覚めた。
といったって寝ぼけ眼だが。
隣で寝ているアルナルドが涙を流しているのに気が付き、トラウマが出たのかと分析する。
確か、前世ではこういうときは何するんだっけ?と考えて、てを伸ばした。
そのまんま、アルナルドのめを手のひらで覆い、近付いて空いてる方のてで腰を抱き締めた。
絞り出すように、エルは少し掠れた声でアルナルドに声をかける。
「だいじょ、ぶ。だいじょ、ぶ。……
アルナルドは、僕が、まもってあげる……」
だいじょ、ぶ。だいじょ、ぶ。
眠たいなかほぼ無意識でそう繰り返し、アルナルドの涙が落ち着いてきた辺りで、ふうと息を吐きそのまま眠った。
それは、きっとエルが……




