魔王軍、人間に出会う。Ⅰ
果てしなく続く夜の大草原を歩く魔神と魔王こと、レンとサナ。かれこれ3時間ほどは歩いているが、未だ人里どころか生き物にすら出会わない。
((うーむ・・・気まずいな。義妹と何を話せばいいのか分からないまま数時間歩きっぱなしだ。ここで何とかして打ち解けたいんだけどな・・・自分のコミュ障っぷりが情けねぇ。))
「あの・・・さ。」
「は、はいっ!?どどどどうした!?」
急にサナに話しかけられ、恥ずかしいほどの挙動不審ぶりを見せる魔神・レン
「あの時、さ・・・なんで助けてくれたの?わたしがトラックに轢かれそうになった時。今日会ったばかりの他人だよ?普通、助けないでしょ。」
「あ、あぁ・・・いや別に。特に理由はないっていうか・・・出来たばっかりの義妹を目の前で失うのも嫌だったし。二人ともこんな変な異世界に来ちゃったけど、命は助かったし良かったよ。」
「・・・ふ、ふーん。一応、ありがとね。・・・嬉しかった。それと、ごめん。あの時わたし、再婚が嫌で自暴自棄になってたのかも。」
俯きながら呟くサナ
ずっと強がって黙っていたが、彼女もまた、レンに助けられたお礼を言うタイミングを伺っていたのだ
((おぉっ、な、なんか初めて兄弟っぽい会話が出来たんじゃないか!?意外と素直なとこもあるんじゃないか。))
「そ。それと!あなたのこと、なんて呼べばいい?さっきからそれで困ってるんだけど。」
「『お兄ちゃん!』とかでいいぞ。あ、あと『お兄様』とかも良いな!」
「きもい。っていうか、別にまだ私再婚に賛成してないし、あなたと家族になるつもりもないし・・・でも、私が名前呼びするのも何か嫌だから・・・そうね、一応、『兄貴』って呼ぶことにする。」
((兄貴・・・か。お兄ちゃん呼びの方がよかったけど、まぁ、兄として大きな進歩と思おう。))
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広がる夜の大草原の中に、徐々に小さな森がぽつぽつと見え始めるようになった頃、サナが声を上げる
「あ、兄貴!明かり、明かりが見えるよ!」
「ホントだ!あれは・・・村・・・?なのか?」
2人の目線の先にあったのは、白い円形のテントのような形状の家。その数およそ30ほど。レンとサナにはその形状に見覚えがあった。モンゴルの遊牧民が使う移動式住居のゲルにかなり類似している。近づくと、それぞれの家の前に繋がれているこの世界に来て2種類目となる生き物の姿を発見した。
「これは・・・シマウマ?いや・・・ラクダ?どっち?」
首を傾げるサナ
その生物は、地球に生息するシマウマのように体中が縞で覆われていたが、ラクダのようなコブも三つ背中に付いている。地球では見たことがない動物だ。
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ラシマ
〖レベル〗5
〖種族〗 動物
〖ユニークスキル〗〇運搬・・・長距離の運搬ができる
〖使用可能魔法〗なし
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レンの視界にその動物のステータスが表示される
「おぉ・・・『ラシマ』って動物らしいぞ。にしても、この『統率者の眼』ってスキルいいな。」
「どうでもいいよそんなの。それより兄貴、どうする?この家の中入ってみる?明かりが漏れてるから、中に誰かがいるとは思うけど。」
「そうだな・・・なるべく友好的な感じで行こう。さすがにいきなり攻撃されるようなことは無いだろ・・・と思いたい。」
恐る恐るドアの前に近付くと、レンはコンコン、と扉をノックした。果たしてこの異世界でドアをノックするという行為が通じるかどうかは不明ではあるが、そうするしかなかった
ガチャ
「誰だい?こんな夜遅くに・・・・。」
現れたのは、濃い緑色の服を纏った初老の女性
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ロジョ
〖レベル〗8
〖種族〗 人間
〖ユニークスキル〗なし
〖使用可能魔法〗 なし
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レンの眼に『ロジョ』という名前の女性のステータスが表示される。
((日本語・・・!!それに、種族は人間。良かった、話は通じそうだ。))
レンはサナに目で合図を送り、『大丈夫そうだ』ということを伝える。するとサナは、さっそく交渉を始めた
「夜分遅くに申し訳ありません。私たち、遠い異国の地から来た旅をしている者ですが、どうか今晩だけ泊めてもらえないでしょうか・・・?」
「あらあら、こんな所まで?大変だったわね。いいわ、入って。ろくなおもてなしはできないけど、スープくらいは出せるわ。」
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「ここは、モーコル大草原。大陸の西端に位置する広大な地域よ。私たちは、季節に合わせて家畜と一緒にこの草原を移動しなが暮らす民族なの。」
スープを温めながら説明をするロジョ。家の中には地球で見るような家具も多くある中、見たことない形状の食器等もある
「それにしても・・・あんたたち、変な格好してるわね。とくにそっちの彼女、そんなに脚出して寒くないの?」
「あぁ・・・これ、学校の制服・・・・そ、それより!兄貴、聞かないといけないことあるんじゃなかったけ?」
「そ、そうだった。俺たち、『魔族』について調査しているんですよ。」
家に入る前、レンとサナは住人から何を聞き出すかを相談していた。まずは、この異世界において『魔族』とはどういった存在なのかについてだ。
ロジョは不思議そうな顔をしながら質問に答える
「魔族・・・?あなた達、本当にいったいどこから来たの?魔族なんかここ数十年見てないわね。私が小さいころ、森の中で見たのが最期・・・。200年前の魔王討伐を知らないわけないわよね?それをきっかけに今じゃめっきり見なくなったわ。王都の方へは行ったのかしら?あっちの方では、生き残りの魔族は奴隷以下の扱いを受けてるそうよ。まぁ、当然よね。」
『奴隷以下の扱い』
この言葉を聞いたとき、レンとサナは同時に沸々と体の奥から『人間』に対する殺意が沸き起こるのを感じた。
((_______我が同胞を・・・・よくもっ・・・・!!))
((根絶やしにしてやる・・・・人間どもめッ!!!!))
「どうしたの?二人とも怖い顔をして。」
ロジョの声に、はっと正気に戻り、お互いに顔を見合わせるレンとサナ。2人は突如沸き上がったこの感情が、とてつもなく恐ろしく思った。
「す、すみません・・・!なんだか俺たちちょっと疲れているみたいで!な、サナ!」
「・・・そ、そうだね兄貴!」
「大丈夫かい?ほら、スープが温まったわよ。たんとお食べ。私はちょっと外の家畜の様子見て来るから。」
ロジョは両手に持ったスープが入った皿を2人に差し出すと、外へと出て行った
「わぁ・・・おいしそう!いただきます!___________ウッ・・・・」
「なん・・・・だ・・・?これ。」
スプーンでスープを口に入れた瞬間、レンとサナの表情が歪む。思わずスープの中身を確認するが、牛乳のような乳白色の液体と、何かの肉と野菜の入った特に何の変哲もないスープ。それが、何故かこの世の物とは思えないほど不味い。これは、スープがおかしいのではない、レンとサナの味覚がおかしいのだ。
「兄貴、これって・・・」
「あぁ、サナ、お前もか。それに、さっきの急に湧き出したとんでもない殺意も・・・俺たち、マジで人間じゃ無くなったのかもしれない・・・!!」