空想科学:けらちんとかす
「ふぉっふぉっふぉ」
博士がふいに笑い声を上げる。またなにか変なことでもひらめいたんだろう。
「どうかされたんですか?」
こういうときはちゃんと聞いてあげないと、後がうるさい。
「おお、薫くん。よくぞ聞いてくれた」
博士は自慢げにコンピュータのモニタをぼくに見せた。そこには、複雑な化学式と、いつもの可愛らしいベンゼン環のイラストが映されていた。ベンゼン環ってなんかかわいいよね。顔みたいで。
「これはなんですか?」
勉強の足りないぼくは、博士に正直に聞いてみる。
「まったく薫くんは勉強が足りないなぁ」と言いながらも、博士はこうしてぼくに語ってやるのが楽しいらしく、顔を綻ばせていた。
「これは水酸化ナトリウム水溶液に、ちょっとした細工をほどこした化学式じゃよ。そしてその横にくっついているのが、ケラチンを表したものじゃ」
「ケラチン、ですか」
「そうじゃ。爪の主な成分じゃな」
「ふぅむ。それで、爪に水酸化ナトリウムを反応させて、どうするんです?」
ふぉっふぉっふぉ。博士はまた高らかに笑い声を上げて、ぴんと指を立てた。特に意味はない。
「実はケラチンというたんぱく質はな、ヒトの皮膚全体を覆っておる成分なんじゃ。ケラチンがコーティングされることで、皮膚は丈夫になっているのじゃよ」
「はあ」
「そこで、そのケラチンを水酸化ナトリウム水溶液で溶かしちゃる」
「すると、どうなるんですか?」
「まず生きるのは困難になるじゃろう。たとえばなあ、プール場にいる人間のケラチンを溶かしてやるじゃろ? するとその人間がホップ・ステップ・ジャンプしてプールに飛び込んだり普通にゆっくりプールに浸かったりしたときに、ケラチンで守られていない肌は浸透圧でプールの水が体内に容赦なく入り込み、そのまま体がふくらんでばばん! と破裂してしまうのじゃ」
「へえ。そうですか」
「まあそれ以前に痛くて痛くてプールに入る余裕なんぞないじゃろうがの」
話聞くのつかれたなぁ……。
「ふぉっふぉっふぉ。というか薫くん。きみ、首都高速道路みたいな顔をしとるのお」
「あ、よく言われます。ベンゼン環みたいでしょ」
ベンゼン環かわいい。