夢の人
初めての短編です。よろしくお願いします。
まず私は今これを書いている時、体調は良く精神的にも良好であることを明言しておく。
さて、ここからが話の本筋だ。
現実の出来事であったか、夢であったかはっきりしない出来事が極々稀に私には起こる。
そういう時は、とりあえず疲れているのだろう。
夢か現実か判断する方法は、大抵は起承転結がでたらめであったり突拍子もなかったり、 また現実味に欠けているということではっと気付かされるのだが、この方法ではどうしても夢か現実か納得のいかない思い出が一つだけある。
その記憶を整理するために今ここに、私は自分の字で書き留める。
納得のいかない記憶とは、数年程前に「あの子」に出会った時の事だ。
「あの子」との出会いは私を変えた。
けれど、あの子のことを思い出そうとすると何もかもがはっきりしない。
ただ、あの子は優しくて、たぶんあの時初めて出会ったのだが私はそんな気がしなかった。
時間が経つにつれて少しずつ、大切な出来事だったとは思いながらもあの時の記憶は廃れてしまった。
だから、その出会いを出来るだけ鮮明に思い出いだすためにゆっくり、そして丁寧に思い出そう。
数年前といえば数えて遡ってみると、丁度黒板の前に座って勉学に励んでいたはずの時期だ。
あとはただ、学校の至る所に漠然と顔のない制服を身につけた人達のイメージが浮かぶ。
当時の私は、どんなだったかな。
不幸せでは無かったし、辛くはなかったと思う。
なんだか冴えない日々で、大体いつも同じような学校生活だったと思うけれども。 どうだったかな。
学生であったことは、さっき数えたから間違いない。
けれど、はっきりと思い出そうとしてもそう思いだせないから驚きだ。
とりあえず、私はあの子のことを思い出したい。
当時の学校生活のことを細かく思い出したいというわけではないんだ。
ただ、私の学生時代はこんなにも、記憶に残らないものだったか。
さて、一度整理するためにここまで読み返してみたが、自分で書いておきながら全く要領を得ない。
あの子と出会った時を思い出したいのに、今まで思い出そうともしなかった学生時代の記憶だけが一つ思い出し始めるとまた一つ、ふつふつと蘇ってきてしまった。
班のメンバー決めで一人残ってしまったことや文化祭で照明のボタンを押し間違えて血の気が引く思いをしたこととか、そんなことばっかりが。
どんどん、どんどん溢れてくる。
僕はそうだ。
「あの子」の顔を覚えていなかったのではなくて、僕は見ていなかったのだ。
なぜならその時の僕は、一人で蹲っていたから。
目を閉じて、自分の膝に顔を埋めたまま、きっと白でも黒でもグレーでもない場所に僕は居た。
もし、僕があの時に目を開けてみたとしても目の前がチカチカと点滅しなような感じだけを覚えて、結局何も見えなかっただろう。
あの時に居た場所を今、言葉に表すなら「虚無」だと思う。
その場所にどれくらい長い間僕は居たのかもう分からないが、突然あの子は現れた。
そして、話し始めたんだ。
その時の僕自身は、あの子になにも言わなかったと思う。
何も言わなくても、あの子には僕の気持ちが痛い程きっと伝わっていた。
なんでそんな事が分かるのかと聞かれても、僕にとってはそうであるのが当たり前に思えたのだ。そうだったのだ。
あの子の突拍子もない言葉は僕の頭を大きく揺さぶり、かち割ってくれた。
では、その時あの子が言っていた事を僕の記憶そのままのニュアンスで書く。
君も僕も、ひとりぼっち。
ねえ、世界の全ては間違っているんだ。
だって、人によっては正義だと思っていることがまた別の人にとっては悪だって思われていることがあるから。
何をしたって、何を言ったって、何を考えたって全部が全部間違い。
でも、それってさ逆に言えば、この世の全ては正しいって言ってることと一緒なんだよ。
僕らは不思議で仕方がない。
こんなんじゃあ、何を僕たちは信じれば良いんだって思った。
だから僕と君が出会うこの時まで、ずっと一人で考えてたんだ。
ずっとずっと考えていて、いつの間にか声の出し方とか笑い方を忘れちゃったけれど。
ずっと、考えてた。
そうやって、一度辿り着いた答えは「自分は何もしない」ってこと。
だれとも話さないし、だれとも協力しない。
何も起こらない、安定した所に居れる。
だってこんな世界で何を信じれば良いのか分からないんだから、これが一番だって思ったんだ。
そうやって一度答えを見つけた僕らだったけど、それでもいつの間にか考え続けてた。
けれど本当は、この答えは間違っているんじゃないかと思い始めたんだ。
だって、こんなのを信じて生きてみたけどこれっぽっちも幸せじゃあなかった。
このことに気づいて、僕の考え方はふと変わった。
幸せじゃないのがこの世界の当たり前だっていうんなら僕は、ここに座り込んでいるだけなんて嫌だ。
進んでいきたい。
考えてみても分からないなら、進んでみたいんだ。
うん、君は驚いているね。
さっきまで何を信じれば良いのか分からないって、言ってたじゃないかって。
そうなんだ。
心は進みたいって叫んでいても、結局は信じるものが分からなくて、進んでいく勇気なんてなかったんだ。
今の、今までは。
でも、今君と出会って新しい信じる答えを見つけたよ。
世界は全て正しくて、全て間違っていると思っていた。
でも、ただ一つ誰にでも当てはまる、これだけは信じていいと思えることに気づいた。
「誰かを傷つける正義なんて絶対、だめだって。」
けれど、もしも傷つけようと思っていなくて傷つけてしまった時のことを、僕らはずっと恐れている。
進もうとすることも、どんなことであろうと傷つけてしまう可能性がどうしてもある。
でも、何かしなければ変わらない。
進めないんだ。分かってる。
傷つけることは、もちろんいけないことだよ。絶対に。
でも、傷ついたその心は一生傷ついたままなのか?
違う。人間ってのは、本当はそう弱くないんだ。
傷っていうのはやがて治って、新しくなる。
そして、もっと強くなって進む力に変わっていくんだろう。
もし、もしもその傷がとても酷いもので治りそうにもなかったら、それは一人じゃ治せないものなんだろう。
一人じゃ無理なら、二人で。二人で無理なら三人で。
友達がきっと側に居てくれる。
助けてくれる。
僕に必要だったのは、世界はそんなに弱くないってこと。世界はいつだって支えあっていけることを信じることだったんだ。
「僕は、進みたい」
ここまでをもう一度最初から読み直したが、その時の気持ちを思い出せた気がする。
そして、あの子との出会いは夢か現実かということだが、この出来事は現実味なんてこれっぽっちもなくて突拍子もないな。
やっぱり、この思い出は夢だったのか。
いや、結局どっちだって構わない。
あの子がこの世界を私が好きになれるよう、導いてくれたことは事実なんだから。
私はあの日のあの夢のような人に、またいつの日にか会いたいんだ。
「夢の人」を読んで頂き、
ありがとうございます。
物語を書くことは難しいと改めて痛感させられた作品です。
この作品が少しでも皆様の前を向く力になれれば、これほど嬉しいことはありません。
感想などお待ちしております。
では、またお会いしましょう。