10話目
狼とルークはしばらく対峙したままだ。けれど違う。
狼には緊張が走り、ルークはいたって自然体。
推測だが、狼はかなり強い。が、現状、えさに気負わされている。
そのことが先程の余裕を消えさせた。
狼がルークに飛び掛る。ユナとの戦いは遊びだったことが身にしみて分かる速さ、殺気。
だが、
ルークは先程と同様に手を狼へと差し向ける、それだけ。
鋭い爪がルークに切り裂こうとする。
瞬間、例の音と共に狼は、ルークに傷を負わせることなく横に反れていく。
ユナは唖然とした。
訳が分かったからだ。
パーリング、という技術。簡単に言えば相手の攻撃を受け流すこと。
そして冒険者なら大半の人が取得している技術。
だがその技術は対人間用で魔物との戦闘に使うなんてきいたことが無い。
更に素手だ。普通なら腕がなくなるか、ボッキボキに骨が折れるだけだ。
後にきいた所によると手のひらに魔力を集中させ、魔物が自分に触れそうになる瞬間に小爆発をおこさせるらしい。
パーリングをするにはタイミングが一番重要だ。そしてそのためには相手の攻撃を見続け、見極めなければいけない。人間ならまだしも魔物にそれを行うには並みの精神力では無理だ。
話をきいた後、タイミングが尋常じゃなく難しいのでユナは断念した。
がそんなことを初見で見抜けるはずも無く、ルークの腕、なんかすごい硬いのか?とユナは思った。
そしてルークのパーリングの精度が高いため、先程のよう勢いそのままに激突という事態になったのだろう。
つまり、単なる技術なのだ。
狼は横にそらされる、が、すぐさま前足を地面につき、方向転換。
狼の口が開く。中で白い冷気が構成されていく。
魔法だ、ユナが気づいたとき、白い冷気は空気に溶けるように消えた。
ルークが狼に人差し指を向けていた。
「強制シャットアウトだよ」ルークが笑いを含ませた声で狼に告げる。
狼が口をあけたまま固まり、目におびえが混じる。
ルークが始めて狼に走り出した。
慌てたように氷のつぶてを繰り出そうとするが、
「はい、むりー」
軽い声と共に氷のつぶてはルークに届く前に霧散する。
狼は無意味に足踏みをする。ルークをとめるすべが無いのだ。
そして狼に逃走の二文字が浮かんだときには遅かった。
ルークの手のひらが狼の脳にあたる部分に触れる。
意識が混濁して狼は体を動かすことが出来ず、横に倒れて、気を失った。
ルークが狼を倒した。その事実。圧倒的な強さ。どう見たってルークは遊びだった。本気を出していない。
ユナは頭の隅に追いやっていた、今のルークへの恐怖を思い出した。
ルークが周りを見渡していたかと思うと、私が狼に投げた剣を見つけて、拾い、また狼に近づいていく。止めを刺す気だ。
ふと、ユナはルークが何かの境界線に居るような気が居た。
あの狼を殺してしまえば、もうルークは元に戻れない。
それは殺しが目的になる道。
それは何かとても怖いことのように思えた。
分からないが今まで、ルークが強いという話は学園できいたことはない。なら、あの力をルークは封印していたのではないだろうか。
根拠も無くそんなことを感じた。
それにそっちの道に進んだら、ルークはルークではなくなる。
それは、嫌だ。
ルークを失いたくなくて私はここまで来たのだ。
ユナは、自分も獲物であるということを忘れていた。
だから、
「ルークっ!止めろ!」と叫んでしまっていた。
ルークは今にも私の剣で狼の喉を突き刺す手前。
ルークがいらだったのがすぐに分かった。
殺意の目、それが私に向けられる。
「そんなに、死にたいの」平坦な声音がどれだけ、怒っているかをあらわしていた。
僕はね、殺す時に水を差されるのが一番嫌いなんだ。そういいながらルークは剣を引きずりながらユナに近づいてくる。
そうか、自分も獲物。これだと、私から狼という順番になっただけだ。ユナは自分の失敗を悔やんだ。
ルークが境界を超えてしまうのは変わらない。
でも、本当にどうすることも出来ない。そのとき、ポツリと冷たいものがユナに触れる。
雨だ、と思ったときには、かなりの量の雨が降り出した。
びくりっと倒れていた狼の体が動く。たぶん冷たい雨に当たって、気がついたのだろう。
意識をすぐさま覚醒させ、逃げ出した。
ルークが唖然としたふうに一連の流れを見ていた。
今から、追い駆けるのは遅い。
やった。
もしかしたら、2つを殺すより、まだ1つのほうがまだ、ルークはこちらに踏みとどまるかもしれない。
私のそんな気配に気づいたのだろう。「おまえ!何がおもしろい。」そうとつぶやく。
違う、そんなつもりじゃない。そういおうとしたが、私は震えるばかりで何も返すことが出来ない。
ふーん、無視か、ため息のように言葉を吐く。
ルークは「楽には殺してやらないから」また、つぶやくと迷い無く、ユナが死なない程度にきりつけていった。
ユナは無抵抗に立ち尽くすだけだった。
雨に体温を奪われ、冷たい体。それを暖めるかのように流れ出す赤い血。
ルークは返り血を浴び、それを雨が流していく。
意識が朦朧とし、余計な考えは削がれ、一番強い思いが残るだけ。
痛い。でも、何が?。心が?体が?、分からない。
なにかの衝撃。
そして自分が倒れたことを把握した。
頭上から「とどめだよ」とルークの声。
死ぬのか、やっと死ねるのか、
私はおぼろげに考えた。
・・・・。
死を待っていたのだがいつまでたっても死んだ気がしない。
いや、気づかないだけか。
だが、身体がこんなに重いというのはどうもおかしい。
私が目をおそるおそる、開けた。
そこには剣を上段から振り下ろそうとして、固まるルークの姿が在った。
ルーク、と私がつぶやくと、ルークが苦悶の表情を浮かべ「何をした、おまえ!」と憎憎しげに言う。
状況が飲み込めず私がボー、としていると「おまえが、魔法で俺の体を縛っているんだろ!!」と叫ぶ。私は何もしていない。何なんだ。ルーク、私は本当に何もしていない。
ふと、ルークの目から険が取れ、「ユナさん、大丈夫ですから」とだけ言う。
前の、ルークに戻ったのか。不思議な心地よさが私を包み込む。わたしがルークを見上げた。
と、ルークがその場に崩れ落ちた。剣は私の側の地面に突き刺さった。あれがもう少しで自分にと思うとふと、恐ろしくなった。
ルークは倒れたまま動く様子が無い。
助けに行こうとするが疲労か、痛みのせいか体が動かない。
もしかして前のルークが私を殺すのをとめていたではないか。ぼんやりとそう思ったが、意識がかすれていく。遠くで「あそこに居たぞ!」と叫び、何人かの声が聞こえて、水たまりをばしゃばしゃと蹴飛ばしながら急いでこちらに来る。
そして私も意識を失った。
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