第二話:後悔
今から10年前
俺達のバイト先であるゲームセンター「GIOCO」は、2階建ての中途半端な田舎にしては中々大きい建物で、この近辺の10代の殆どはここに集まってくる。
普通に考えればいくら22時にバイトが終わるといっても、女性は危険だとわかるはずなのに…
ましてや見た目だけは可愛いあずさ
何かあると注意するべきだった
あの日も22時に仕事が終わり、裏口から出て、そこであずさと別れた
GIOCOからあずさの家はゆっくり歩いても10分以内で、安心しきっていた
「じゃぁまた明日ね。ばいばい」
そう言って手を振りながら歩いていくあずさ
俺も笑顔で振り返し
「バイト遅れんなよ〜。じゃあな」
そう言って、自転車であずさとは逆方向に向かって走った
だがその次の日、あずさはバイト先には来なかった
店長に聞いても連絡はなく、無断欠勤だと怒っていて…
何度電話やメールをしても、返事はなかった
次の日もバイト先にあずさの姿はなく、あずさに会えたのは、それから2週間後のこと
「お疲れさまでーす」
学校が終わり、そのままバイト先に来た俺は制服に着替えバイト先の人に挨拶をして、帰り支度をし、来週のシフトを聞こうと事務所に向かい扉を開けると、店長と話すあずさがいた。
「迷惑をかけてすいませんが、今日限りで…」
その声には力はなく、ずっと下を向いている
「…。」
何かを考え、無言の店長
「…。」
返答を待っているのか、あずさもまた、無言だった
「…週一でも無理かな?」
常日頃人手不足を嘆いている店長としては、従業員が辞めてしまうのは困るのだろう。
あずさは店長の言葉に力なく顔を左右に振る
「すいませんが…」
消え入りそうな声
「そっか。じゃあ仕方ないね。1年間御苦労さま」
そう言って優しく微笑む店長が、いつも以上に大人に見える
店長に深く頭を下げると、俺のいる入口の方へあずさが向かって歩いてきた
「あっ」
呼びかけようとした俺を無視し、あずさは裏口へ向かう
何がなんだかわからなかった。
あんなに明るかったあずさ
いつも笑顔で、悩みなんてなさそうで、人を笑顔にしてくれた。
「…所…田所!どうした?」
何度か店長に呼ばれ、考え事をしていた俺は現実に連れ戻された
「あっ…シフトを見に」
そう言う俺の目は入口を見つめる。
「あ〜シフトな…ちょっとすまんが、今週5日間無理か?川村が辞めたから人が足りなくなって」
店長もショックなのか、少し曇った表情で俺に問いかけてくる
「あっ…大丈夫ですよ。じゃあ決まったら電話もらえますか?俺あがりますんで。お疲れさまです」
入口に向けていた視線を店長にむけ、頭をさげあずさを追いかけた
裏口まで一直線に走り扉を開けたが、そこにあずさの姿はなく結局話す事はできなかった。
久しぶりに見たあずさは頬が痩せこけ、生気のない顔をしていた…
頭を撫でている手をとめ、あずさを見ると、机に頭を置き気持ちよさそうに寝息をたてている
「またか…」
溜息をつき、小さいあずさを抱きかかえベッドへと運ぶ
家にくると必ずと言っていいほどあずさは寝る
「誰かがいないと眠れない」
今では暗黙の了解だが、昔はそう言って俺の家にきていた
信頼されている。そう言えば聞こえはいいが、男として意識されていない。
その現実が悲しくも嬉しい。
小さな子供みたいに眠るあずさに布団をかけ、思い出をおかずに残ったビールを飲む。
あずさがバイトを辞めた日から2ヶ月後
やっとメールが返ってきた。
[心配かけてごめんね〜。実は期末テストがやばくてさ(-公-)親に怒られて塾に通う事になったんだぁ〜]
そのメールを見た瞬間安堵した俺は、なんて浅はかで愚かだったのだろうか
「だからバイト辞めたのか。ちゃんと勉強しろよ!」
そんな返信をした
バカだった。
あずさがそんな事で何週間も休み、辞める性格でないのは知っていたのに…
気持ちよさそうに眠るあずさを見て、過去の自分の愚かさと悔しさで涙が溢れた
「ごめんな…ごめん」
そう呟きながら流れる涙を止めず幸せそうに眠る横顔を見つめた。
あのまま寝てしまったのか、ベッドにもたれた姿勢で目が覚めた。
「おはよ〜」
台所からあずさが顔を覗かせる
寝起きにこいつの声はキツイ
「あぁ。おはよ」
まだぼやけたままの脳を無理やり起こし、洗面所へ向かう
台所を通過すると、食欲をそそる香りに思わず立ち止まる。
「へへへ…良い匂いでしょ〜」
得意そうな顔で味噌汁を注ぐ
「…それ食えんの?」
笑いながら聞くと
「毒盛るよ?」
笑顔なのに怖い…
それ以上言葉を発する事はなく、俺は洗面所へ逃げ込んだ