オープニング
ゆったりと更新していきます。
では、どうぞ。
辛うじて城だったと思われる、瓦礫の山。
そこに、一人の青年と人ではない筋肉の塊が睨みあっていた。
吼える。
「勇者アアアアァァァ!」
おおよそ人とは言えない、筋肉の塊が。
「ォォオオ!」
緑茶髪の青年へと、俊敏な動きで肉薄する筋肉。
その動きに合わせるように、青年はゆらりと動く。
「くっはは!面白いぞ、魔王よ!」
「貴様ハ、我ガ妻ヲ!息子ヲ!」
「殺る覚悟が出来てたんだろう?なら、殺られる覚悟も……なぁ?」
青年はその目で筋肉を問う。
--それで良いのか?魔王よ。
目は口ほどにモノを言う。それが正しく。
「黙レ!」
「黙らぬよ、魔王よ」
魔王と呼ばれた筋肉が振るいし剛拳。されど当たりはしない。
その身は流れる水のごとく、腕を差し出そうと止まることはない。
それこそが、青年が使う人が編み出した技術。
--武術 《流水》。
「強いのだよ、お前は。だがな魔王よ……強すぎたのだ」
流れる水のまま、握りしめたその拳。
魔王の放った剛拳そのまま、練り込まれたその一撃。
振り切られた腕を這うように滑っていく。
そして、水が止まる。
穏やかな水面に鏡が生まれ、映された己自身が繰り出す拳。
--武術 《明鏡止水》。
「グゥッ---!」
「時として、最もなるモノは全てを停滞させる」
穏やかだった水面を穿つ、気紛れな滴。
その滴は水面に波紋を呼ぶ。
「最強。それ則ち諦めの極致」
幾度も幾度も、一粒の滴が水面を穿つ。
「最弱。それ則ち諦めの極致」
波紋はいつしか大きくうねり、強大な波となりて襲い続ける。
「なればこそ、人は不完全にできている」
声をあげることすらできず、ただただ奔流に飲まれていく。
「なれば……。魔王よ、魔の人は完全か?」
「イ、否!」
「そうだ!魔王よ!故にこそ!魔は、人を襲う。自らが強者だと、声高らかに喚き散らす!」
そして、水面が爆ぜる。
--武術 《波涛》。
「ユ、ユウシャアアアァァァ!」
吼える、吠える。
最強と謳われた魔王。
魔の人を束ね、静かに暮らしたかった魔王。
--何故、何故……。
無念は憎しみに染まるが、ぶつける相手などいない。
何故ならば、魔王自身が事の元凶。
--ヨクモマァ、親バカナコトヨ。
魔王は自身を嘲笑する。
娘が人に拐われただけで、人の国を一つ潰したのだから。
魔王は己の膝に土をつけた、目の前にいる青年を見る。
何処までも、何もない青年。
魔王は青年が正しいと、間違っていないと理解している。
--故に。
「今一度、貴様ニ呪イヲカケル」
「……」
青年は気付いていた。
この茶番劇の黒幕が、魔王ではないことを。
だからこそ。
青年は魔王の妻と息子を、殺した。
心優しき魔王の障害。その腹心を。
「魔王よ、やめろ」
「今更ニ止メラレルカ!私ハ、私ハ!」
「/それ《禁術》は止めろ」
「……止メラレン!」
「……」
「私ガイナクナラナケレバ、貴様ハ解放サレヌダロウ」
「……」
魔王の目は迷いがない。
「貴様トハ、モット違ウ形デ会イタカッタ」
権力を目当てに嫁いできた魔の人が、魔王の嫁であった。
自身に興味がない女など、興味を持てる訳がない。
息子も、何処の馬の骨とも知らぬ男と作ったのだろう。
そんなものには、一片たりとも愛を注ぐことはできない。
「魔王よ……」
「--禁術 《輪廻転生》」
願わくば、魔王は今一度やり直したい。
一度きりの時を、無為にして過ごした日々を。
--ダカラコソ、私ハ勇者ガ愛シイ。
数日間の、熱もが覚めぬ憎み合い。
全てをぶつけられる、強敵《友》。
「阿呆が……--秘術 《袷鏡》」
青年は魔王の後悔を、無念を、自らに重ねた。
感じる心は何もない。自分は誰だ。
誰何は誰も、答えることなく虚しく響く。
--ああ、そうか。だから私は、魔王が憎い。
魔王は個。絶対の存在である。
しかし、自分は人。無数の中の、何かでしかない。
なればこそ。青年はもう少しだけ、心を持とうと目を閉じた。
願わくば。また、私たちは会えるように。
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次の更新は一週間後くらいです。