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それだけで充分だと、彼は泣くように笑う

 セドリックは人形師であり、そして同時に調律師だ。

 これはドールのコア、音色を調整する技術者のことである。彼らはコアの中に溜め込まれた音色を紐解き、それを整理し最適化し、雑多に詰め込んだがゆえの濁りを排除する。

 そして時にコアを自作することもあり、どちらかと言うと技術職になる。

 だがセドリックの場合は、同時に人形師でもあった。

 こちらはドールに関する全般を、ある程度こなすことができる者のことだ。よって彼は感嘆なメンテナンスなら、コアのみならずボディにも施すことができる。さすがに本職には遠く及ばないが、日々のチェックぐらいならばセドリック程度の腕でも特に問題はない。


 ――程度で済まない腕なのは、自覚もないのでしょうが。


 胸元を暴かれたまま、カティはそんなことを考える。

 今日は週に一度ぐらいの頻度で行われる、全身メンテナンスの日だ。調整する時に横たわる診察台のようなものに寝転がり、彼女はその身体の中身をセドリックに晒していた。

 セドリックはいくつかの器具を手に、中を調べて様子を伺っていた。

 その評定から、今のところ特に問題がないのを理解する。まぁ、問題が起こりかねないような無茶はしていないので、これと言って心配もない。だがそれは身体を大事にしているというよりも、この身体が割高なので壊すと面倒という損得勘定の方が優位にあった。

 カティが使用するボディは、ほぼ人間を模している。

 例えば人間でいうところの心臓であり、あるいは脳でもあるコアは心臓の位置。音色の処理を補佐するセドリック特製の部位は、代わりに頭のなかにある。これは見た目すら脳を模しているらしいのだが、さすがに見たことはない。……正直、見たいとも思わなかったが。

 そして全身を支える骨格も、人間のそれに近い形で組み上げた。筋肉の役割を果たすパーツも人体のそれと同じようにつけてあり、当然同じようにしか動かない。ドールの多くがそういうものを無視した構造をしていて、セドリックはゆえにオーダーメイドにしたという。

 更に彼女のボディは、消化器官を有していた。当然、食道から始まって、胃も腸など完璧にヒトの身体と同じ位置に並べてある。これは摂取した物から動力を得て、どういう仕組なのかカティは知らないが排泄等まで完璧に再現された、最新式のボディパーツである。

 そう、これが恐ろしいほどの高値だった。

 素人でもまぁ、高値であることはわかるだろうが。

 値段も気にせずこのボディを作り上げたセドリックの悲願。それはヒトと見紛うドールを作り出すこと。彼は生まれた瞬間からドールでしかないカティを、人間にする気なのだ。

 そうまでしても、この身体は未だ無機物。

 体液はなく、涙を流すこともない。

 柔らかく感じる肌は人間よりは硬質で、刃物ぐらいなら握っても問題はない。本気で力を入れたなら、人間の腕ぐらいの硬さのものなら、いともたやすくへし折って砕くことが可能だ。

 そして感情もない。

 それらしいものはないこともない、だけど感情とは呼べないだろう。


 ――それでも、彼はわたしにヒトになることを求める。


 なぜなら、それが彼が叡智を手にし魔人に至った理由だからだ。彼は理想の中にある存在をカティとして世に解き放ち、更にそれを高みへと引き上げることを望んでいる。

 それはある種狂ったような考えであり、だが彼はわかっていて気にもしないのだ。

 狂信の果てに、望んだ未来があると信じて疑わないゆえに。

「カティ、もう少しで終わるよ」

 右足を元に戻しつつ、セドリックが言う。

 やはり、いや当然のことであるが、今回も特に不具合はなかったらしい。セドリックは次に左足を覗きこんでから戻し、両方の腕も元通りになって、最後に胸元が残された。

 鼓動はしないが、音色を奏でているというコア。

 それを見て、セドリックが笑みをこぼすのをカティは見る。

「どうか、しましたか?」

「いや……きれいな音だなと、思っただけ」

 丁寧な手つきで胸が閉ざされて、同時にセドリックがのしかかるように接近する。動くということを考える間もなく、カティは自分の唇が塞がれたのを知った。

「カティはかわいい。すごく」

「ありがとうございます」

「ボクは人間そのものになってほしいと、カティに願う。だけどね、ボクはこの綺麗な音色を持ったキミを、濁らせて変質させてまでその高みは望まない。ボクはキミをヒトにしたい」

「……」

「ボクの理想はキミだよ、カティ。いつまでもボクに、あの音色を聞かせて。誰よりキミはキミらしく、キミのままでいて。だけど古くならないでもほしい。いろんなものを、たくさんのことを知ってどこまでも成長してほしい。たくさんの音色で、コアを満たしてほしいんだ」

「わがまま、ですね」

「そうだね……でも大丈夫。どんな音色を集めても、ボクがそれを整えて、綺麗な音色にしてあげるから。だからカティはそのままで、感じるままに感じ続けていてくれればいい。確かにボクには悲願がある、だけどそれ以上にキミがキミとして在ってくれる方が嬉しいんだよ」

 わかったかい、と問われ、カティは小さく頷く。

 彼の声はどこか震えているようだった。

 相変わらず無茶ぶりが酷い主だ。破顔の笑みでのしかかって抱きつく彼の、その背に腕を回しながらカティは思う。どうしてあんなふうに笑うと、すごくかわいく見えるのだろう。

 普段はあんなにも傍若無人で、自分の興味が及ばなない相手はどうでもよくて。明らかな被害者であったとしても、気が向かなければ救おうともしない。

 だけど、時々、とてもかわいく見える、幼く見える。

 実年齢はともかくとして、見た目は十七歳か十八歳ぐらいに見えるのに。


 ――まぁ、童顔ですし仕方がないですね。中身も割りと幼いですし。


 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるセドリックを抱き、カティはされるがままになった。こんな気まぐれなヒトの傍にいられるのは、きっとそれを気にしない自分ぐらいだ。

 ならば一緒にいよう。そしてたくさんの音色を心に刻み込もう。

 それをさらけ出すことを、カティは嫌いではない。コアを暴かれる度に彼に自分のすべてを手に取るように知られてしまって、だけどそれがむしろ心地よかったりするのだ。


 ――この『思い』は昔から変わらない、わたしはずっと、そう思っている。


 急にそうしたいと考え、カティはセドリックを抱く腕に力を込める。

 その口元には、優しい笑みが浮かんでいた。

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