或る模倣演者の矜持
わたくし――ミスティ・ラディは魅惑の舞台女優である。
遠い昔から小さな町の劇場に立ち、いかなる役も美麗にこなして見せた。金色の髪はとても長く、赤い瞳は妖艶さと可愛さを点し、老若男女を問わず魅了することだって出来る。
だって、ミスティはそのためだけに今の姿をしている。
いかなる役も、物語も演じる、最高にして永遠の舞台女優であるために。そのためならいかなる努力も惜しまない。だってそれがミスティ・ラディという名の、女優のすべてだから。
そんなわたくしの前に、その『彼』は現れた。
わたくしのように、金髪に赤瞳の――見目麗しい少年とも青年とも言える人物。自身に勝るとも劣らぬ色気を孕む彼は、さも当然のようにミスティの本名を、誰も知らぬ名を口にする。
――ミュイル・シルスヴァーナ。
かつてこの町にいた、女優志願の少女。
女優となり、ミスティとなった彼女の本名。
もはやわたくし以外は、誰も知らないはずなのに。
いいえ、それよりも目を奪われるのは、彼の少し後ろに立っているその少女。死人のように白い肌に黒い髪、そして月のような金色の瞳。あぁ、なんて美しく整えられた造形だろう。
尋ねた少年ではなく、わたくしは彼女に視線を奪われる。
「……あなたは」
わたくしは、驚いた。
いきなり尋ねてきた彼に、ではない。
その傍らにいる、彼が時間を注ぎ込んでいるであろう、ドールの娘に。見ているだけでゾクゾク感じる、そのコアからもれ聞こえる、芳醇にして膨大な、ヒトに迫らんとする音色を。
あれだ。
あれが必要だ。
少年がなにやら何やら言っているようだけれど、わたくしには関係がない。
わたくしにとって、必要なのはあの子だけ。
「……ミュイル?」
少年が近づく。わたくしは頭の中で、《彼女達》に声をかけた。
声――いいえ命令を。
二人が上を見上げるころにはもう、すべてが終わっていた。
いくら魔人であろうとも、物理的な攻撃に抗えるとは限らない。魔人も人形も、あっというまに捕らえることが出来た。わたくしはその現実を前に、思わず身体をふるりと振るわせる。
あぁ……これは『歓喜』だ。
魂の奥底へと刻まれた感情が、するりと身体へと伝わっていく感覚。
けれど、この少女の形をしたドールは、わたくし以上のものを抱いている。
あぁ、早くそのココロを紐解いて、すべてをすすり上げてみたい。
「彼はあの部屋へ。彼女は――いつもの場所へ」
部屋からわたくし以外がいなくなって、もうすぐ舞台が始まる。
わたくしはミスティ・ラディ。
かつてミュイル・シルスヴァーナだったもの。
永遠の舞台女優となるために、《わたくし達》はここにいる。