彼女は理想の海から作られた
始まりの彼女は、とても粗悪な素材で作られていた。そこらの店で市販されていたボディとコアのセット。容量も少なくて、単純な音色しか組み込めない、オモチャのようなものだ。
ボクはそれをこっそりと購入して、ヒマを見つけては調律していた。
用意された音色を、説明書にあわせて繋ぎ合わせる。
本格的な調律をやるなら、それなりの設備や機会が必要だ。……もっとも、そうなると市販しているコアではなく、自作のコアの方がいいだろう。とはいえ基本は、どれも同じだ。
音色を調律し、譜面と呼ばれるデータに変える。
それの反応をうかがいながら、さらに細かく調律を施す。自分が望む音色へと生まれ変わるまで、何度でも何度でも繰り返していく。完成なんて、ないのかもしれないと思いながら。
ボディはある程度カスタマイズできるタイプ。とはいえ、せいぜい髪の色と目の色ぐらいしかいじるところがないけれど、それでもボクの心は弾むように踊っていた。
まだ、両親が存命だった頃から、ボクの中には理想があった。
黒髪の女の子だ。
どことも分からない場所で、彼女はボクに背を向けて佇んでいる。
そんな光景が、ふとした瞬間に頭の中に浮かんでいた。
何年か経って振り返ってくれた彼女は、金色の瞳を少し細めて僕を見ている。
ボクは、彼女に会ってみたいと願うようになった。
そのための手段として目をつけたのが、ドールという存在。少しでも『理想の彼女』に近づくように、ボクはできる範囲で素材を選りすぐった。その時間は、とても楽しかった。
同じ黒でもいろんな種類が存在している。できるだけ彼女の黒にしたい。偶然にもパーツの品揃えがいい店があったからいいけど、もしもあの店がなかったらボクは自作しただろう。
でも仕方がない。本当に簡単なセットだから、他にこだわる場所がなかった。それにある程度は割り切らないといけない。ボクの最終目的の第一段階は、まだまだ先なんだから。
瞳は、シトリンを使ったモノをチョイス。店にある瞳の中で、それが一番金色の色合いが綺麗だったから。少し高い買い物になったけど、やっぱり『彼女』の印象的な部分だからね。
そして、ボクの初めてのドールが完成した。
丁寧にパーツをボディに取り付け、最後に調律がすんだコアを胸部に収める。
起伏のない胸元を閉じ、白い簡素なワンピースを着せる。ボディの大きさはボクの膝の高さぐらいで、女の子が――たとえば義妹ぐらいの子が抱きしめるのに、ちょうどいい大きさだ。
黒髪を肩につく程度の長さに切りそろえ、ボクは『彼女』を目覚めさせる。
ぴくん、と身体が震えた。
ボクの身体もそうだったけど、彼女の身体も小さく震える。ゆっくりと、そのまぶたが上へと動いた。長いまつげの向こう側から、ボクが選りすぐった月の瞳が現れ始める。
彼女はただ小さく。
「こんにちは」
と、言った。
作られた感情さえ宿らない瞳。抑揚の乏しい声。絵に描いたようなドールのそれに、けれどボクの心はどうしようもなく高鳴った。硬い肌に指を這わせ、何度も同じ言葉を言わせる。
何度も何度も彼女の声を、ボクは聞いていた。
まっすぐにボクを見つめてくる、その瞳の前に抗う術などない。それ以外に何もできないとわかっていても、ボクは、彼女を愛した。一目で、声を聞いただけで、愛してしまった。
■ □ ■
――何百年も経った。
ボクはそれなりに成長して、すでにヒトではなくなって。毎日、仕事で頼まれたコアを作ったり調律したり、あるいは読書に耽ったりという気ままな生活を送っている。
初めて作ったドールは、もう手元にはない。
だけど彼女の音色を受け継いだ、カティがすぐ傍にいた。今は調律中だから、彼女は夢を見ているところだ。ボクの傍のベッドに、身体から力を抜いて無防備に横たわっている。
音色を操作しつつ、ボクはふと彼女の手に触れてみた。
あの時のボディとは違う、ヒトのようなやわらかくて温かい肌。
「ねぇ、カティ。ボクはキミを愛しているよ」
だから少しだけ自惚れても、いいのかな。眠るキミの指先が、ボクの手を握るように動いたという事実に。キミが、ボクの思いに答えようとしていると、自惚れてもいいのかな。
愛してる、と囁きながら、ボクは眠り姫にキスをする。同時に調律を終えて、彼女を夢の世界から引き上げた。もうじき彼女は目を覚ますけど、ボクは唇をふさいだままでいる。
寝こみを襲うのは最低です、と少し恥ずかしがる彼女に怒ってほしいから。