メイドとご主人様
セドリック・フラーチェという名前の《魔人》は、基本的にひきこもりだ。依頼は直接自宅まで届けさせるし、よっぽどの理由も無い限り自宅から出ることは無い。
逆に言えば、彼が自宅から出る場合は、何かしら深い事情があるということだ。
今日も、彼はいつものだぼだぼした衣類とコート、丈夫なブーツといういでたちで。
「ただいまー」
帰宅したところだった。
金髪を乱雑にかき上げながら、彼は慣れ親しんだ自宅に入る。二人暮しのこの屋敷は、一階部分が応接やら研究やらに使うスペースで、ドアを入ってすぐのところに階段がある。
階段の先には生活スペースが広がり、キッチンからリビングから、あとちょっとした作業を行うための部屋に、もちろん風呂の類や寝室だってある。生憎、客間は存在しない。
「あぁ、疲れた……カティを抱きたい」
無論『抱きしめる』という意味で、である。
どこに行くにも、カティをつれていくセドリックではあるが、場所によっては渋々、仕方なくおいていくことも少なくは無かった。世の中、ドールが受け入れられているわけではない。
彼女と離れることは、セドリックにとって耐え難い苦痛だ。
しかし、それ以上に彼女に害が及ぶこと。
それを思えば、己が感じる苦しみも痛みも、そう問題ではなくなる。
それに、とセドリックは階段を上りつつ、にやりと笑っていた。幸いにも、今回の出張仕事のお陰でかなり蓄えができた。しばらくの間は、のんびりと家に引きこもれるだろう。
何よりカティと一緒にいられる。いろいろ土産も買ってきた。
普段は無表情な彼女も、動物のぬいぐるみなどには目を輝かせるし、服の好みには主以上にうるさかったりする。そんな彼女を『甘やかす』のが、セドリックにとって最高の趣味だ。
「ただいまカティ」
階段を上った先の扉。
その向こうにはリビングがあって、カティは普段そこにいる。
あぁ、この向こう側に彼女がいると思いながら、扉を勢いよく開くと。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
メイドがいた。
思わず扉を閉めて数秒待って、それからもう一度開く。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
やっぱりメイドがそこにいた。
絵に描いたような、清楚な膝丈のメイド服に身を包む、最愛のドール。
その頬は少しだけ恥ずかしそうな色が滲み、金色の瞳はふらふらとさまよう。主を直視できないようで、いつもよりずいぶん自信のない雰囲気があった。
「えっと」
セドリックは記憶を漁り、そういえば自分が買ってきたのだと思い出す。その時は『最低ですね』の一言でバッサリと切り捨てられ、着用どころか受け取りすら拒否されたはずだ。
いつの間にかなくなっていて、てっきり処分されたのだと思っていたのだが。
「……なんですか。着てほしかったのでは?」
「いや、うん。そうだけど……なんで?」
「疲れて帰ってくると、思ったので。少しは癒しになるのではないかと」
どうですか、と尋ねるカティに、セドリックは何も言えない。
癒しどころではなくなった。
いや、確かに癒されはしたのだが、それ以上のものを感じてしまう。
目の前にいるカティを、今すぐに――。
「とりあえずお持ち帰りで。むしろ今すぐ食べたい。あぁ、でもやっぱりね、お持ち帰りがいいと思うんだよ。ほら、ソファーだとゴロゴロできないから、ベッドの方がいいよね、うん」
「は?」
何を言ってるんですかバカですか、といつもの調子でカティは主を睨んでいる。
その腕を掴んで、セドリックは荷物も放り出して寝室へ。さすがに顔色を変化させた彼女を腕の中に収めて強く抱きしめたまま、倒れるように二人でベッドへと沈んだ。
もぞりとカティはもがいて、自分を拘束するセドリックを睨む。
「セドリック、何を」
「何って、そんなの決まってるじゃないか」
ただの昼寝だよ、と彼は少しかすれた声で囁いた。