危ない扉にご案内
あ、という小さな声を最後に、カティが動けなくなって数分後。間に合わせのボディでようやく動けるようになった彼女は思った。――目線が、やけに高く感じると。
それも当然である。
偶然手元にあったボディは、青年型だけだったのだ。
今の彼女は、むしろ『彼』と呼ぶべき見た目をしている。ドールには明確な性別というものが存在せず、女性的、男性的、と言われる程度しかない。そして女性的に区分されるカティのようなドールが男性型のボディに入っても、体格の差異から来る違和感しか抱かない。
元々、ボディはいくらでもすげ替えるということがすでに認識にある。
男性型のボディは初めてだが。
――悪く無いですね。
カティは、わりと気に入っていた。
問題はセドリックである。このボディ、実は彼よりも背が高い。頭一つ分以上の差があるために、カティからはしっかりとセドリックの頭の頂点が見える。普段は見えない場所だ。
「……セドリック、小さいですね」
「う、うるさいなぁ……別に身長なんてどうだっていいじゃないか」
「わたしのボディがいつも華奢で小柄なのは、つまりセドリックに合わせていたわけだったのですね。……まぁ、そうだろうとは思っていましたが。改めてそれを実感しました」
改めて違う目線で見ると、セドリックは華奢だ。
カティが普段使っているボディ――現在修理中のそれよりは、体格はいい。だがインドアが服を着ているようなライフスタイルのせいで、肌は色白で筋肉もなく、かなり細身だ。
そう、それこそいつものボディと、変わらないような。
「……」
はた、とカティは気づいた。
そしてそれを、青年の腕力を駆使して、実行してみた。
■ □ ■
これはこれは、とカティは目の前の『美少女』を眺め感嘆する。
クローゼットから引っ張り出した、ふりふりで可愛らしすぎてめったに着ない服。それの中で一番似合いそうなものを引っ張りだして、無理やりセドリックに着せたのが数分前の話。
フリルたっぷりのワンピースはお人形のように愛らしく、カティの好みではないのでずっとクローゼットの奥にしまわれていたものだ。少女趣味で乙女チックで、ついでにピンク。
仕上げに軽くメイクなども施し、アクセサリーなどもつければ。
「かわいいです、すごくかわいいですよ、セドリック」
「……う、うぅ」
ソファーに座ってしょんぼりする、憂い顔の美少女の誕生だ。いや、元々女顔だとは思っていたのだが、ここまで似合うとは予想外だった。普段のカティの目線からは、セドリックはやはり少年としか見えず、ボディの違いでこうも見え方が変わるのかと不思議な感覚を味わう。
一方、青年の腕力で服をひん剥かれて着替えさせられたセドリックは、この世の終わりが来たかのような絶望的な表情をしている。まぁ、そう見えるのはカティだけだろう。
傍目には、どこか悲しげにしている美少女でしかない。
セドリックは当然、すぐにでも今の服を脱ぎたがっているのだが――。
「わたしのボディが戻るまで、いっそそのままでいてくれませんか」
「はぁ?」
「かわいらしいセドリックは見ていて楽しいです。新しい扉も開くかもしれませんし」
「い、嫌だ、ボクはそんな扉開きたくない……」
さめざめと泣き出すセドリックは、やはりどこから見ても美少女そのもので。さすがに少しだけかわいそうになったので、カティはとりあえず口にした計画を忘れることにした。