魔法使いは喪失を忌避する
稀代の人形師セドリック・フラーチェの自宅があるのは、適度に発展したある大国の、適度に寂れて人の少ないある貴族の領地だ。もっともその貴族との縁はなく、というよりこの国のあらゆる国家的権力者との縁はない。必要のない縁は、縁ではなくただの枷である。
おそらく誰も、セドリックが魔人であることすら、気づかないだろう。
当然だ、それを口にしたこともなければ名を明かしたこともなく、調べるきっかけすら与えないように策を巡らせているのだ。この地に住んで数百年――その隠蔽は盤石である。
適度な大国にいるのは、その中でも寂れている場所ならたかが知れているから。その中でも交通的な意味で便利な場所を選んだ。ちょうどかの有名な大陸横断鉄道が着工する直前の話だったので、当然、その路線予定図なども考慮している。最寄りの駅まで一時間もかからない。
そんな好条件の立地に、セドリックはまず自分の屋敷をこしらえる準備をした。
魔人である、という身の上がバレることだけは避けたい。魔人や魔女の中にはその身分を貴金属か何かのようにひけらかし、ついには爵位を、それどころか歴代王の愛人にすらなったという猛者がいる。逆に、その一生を日の当たらないところで、ひっそりと過ごす者もいる。
セドリックはどちらかというと後者だが、適度な日当たりを望んだ。
そうでなければ金が手に入らず、カティという理想を磨くこともできない。
しかし、だからといって地位や爵位などという面倒なものを得るのはごめんだ。そういうものが我が身を滅ぼすのだと、セドリックはよく知っている。近くでそれを見ていたから。
よって、住む場所と家を建てる計画がまとまったその次に、彼は隠蔽を始めた。
彼の屋敷があるのは人口がそう多くない田舎町。寂れた、と住民が聞けば気を悪くしつつも認めざるをえない、そんな場所だ。なので隠蔽そのものは今も昔も、とても楽である。
それに使ったものは、ある魔人が作った特別な道具だ。それにより集落の住民は決してセドリックの存在を気にしない。そういう少年が暮らしているらしい、としか。それは住民のみならず、集落に立ち入った全てに対して刷り込まれるものだ。旅人だろうと稀に王都から帰ってくる領主一家だろうと。魔人や魔女でさえ、その刷り込みに抗うことは難しい。
こうして彼は住まう場所を確保した。
お陰で気に食わない魔人に、あれこれと便宜を図ることになったが、ここで彼を頼らねば後々自分を殺しにきたくなるほど後悔するのは明らか。それだけ彼の《魔法》は素晴らしい。
数多を叶える《万能万色の魔法使い》。
彼は決して本名を名乗らず、常にそのアダ名を口にした。
魔人や魔女の中には《魔法使い》がいる。物語よろしく無から有を作り出す存在だ。彼もまたその一人であり、こと結界に関しては今も昔も左右に並び立つ存在はいない。
その技術を用いて彼が守っているものを、セドリックは一度だけ目にしたことがある。
素晴らしいだろう、と彼は語った、それは。
――思い出すのも忌々しいほどボクによく似た行為で。
部屋の壁を覆い尽くす、血管のような赤い管。それは心臓のように脈動し、部屋の中央で眠るその存在へ何かを送り込み続ける。元々色の白い肌だったのだろうそれに血の気はない。
瞳は長いまつげを持つまぶたの向こうに隠され、衣服も白く。
赤色の中に埋もれる黒髪は、まるで闇のようだった。
魔法使いは、どこかはにかんで。
こうすることでずっと一緒にいるのだと、語った。
ただの人間でしかない、ヒトでしかないあの子はいつか朽ち果ててしまう。自分の世界から欠落して喪失して消え去って、二度と戻ってくることがない上に記憶からも褪せてしまう。
しかしこうして繋げばずっと忘れない、タマシイの有無はどうでもいいこと。器さえあればいくらでも思い出せるから。器が鍵だった。これさえあれば声も何もかもすぐに思い出せる。
――だけど君も同類じゃないのかと、問われ。ボクは確か、そう、確か。
同意は、しなかった。
返事をしなかった。
無言の拒絶。返答拒否。
しかし――理解は、しないわけにはいかなかった。カティの身体を暴き、心を覗きこむたびに感じている感情を解決する方法を知っていて実行しない彼は、それを実行している彼を否定することなどできるわけもない。だが行わないという一点で、同意だけは返せなかった。
だからこそ、セドリックはその《魔法使い》を毛嫌いしている。
――同類嫌悪? どうとでもいえばいい。
だけどカティに言われると、少しだけ傷つくが。