八封印目 奴の影
「練習試合を組みたい人!」
監督が声高らかに叫んだ。担任として教室にいた時よりも表情が活き活きしているのは何故だろう。女とは言え、この監督も野球に特別な思い入れがあるのだろう。
「はーい! したいでーす!」
榎本と炎山覗く男共全員が答える。我も含む訳だが、何と言うか全員馬鹿である。
「よし、するわよ!」
「やだー、するだなんて監督、大胆」
「シバくわよ安部!」
「監督にシバかれるのもそれはそれで……いや、マジで半年くらい入院しそうだからやっぱ無理」
「甘いな、安部!」
大国天先輩が言った。
「ワイは例え三年入院しようとも、喜んで監督にSMプレイを申し込むぞ!」
「うおおお先輩、アンタこそ漢……!」
「シバくって言ってんのよ! それに私はMじゃ!」
……大胆なカミングアウトに五秒ほど全員が黙り込んだが、
「我は思う! 今話すべきはそういう話ではないのではないかと!」
我は格好良く言った。
「いやアンタのせいでこういう話になったのよ!」
性癖まで発表しろとは言っていないが。
「……えーと、話を元に戻します。練習試合の相手は花梨桃学園。去年までは弱小校だったけど、何故か突然強くなった高校よ。多分、去年の一年生が当たりだったんでしょうね」
去年の一年生ということは、今年の二年生。我と同級生だ。補足しておくと我と炎山以外の二年生野球部員が極端に少ないのは、強くなった花梨桃学園に皆が転校してしまったことが原因である。
「うちも今年は当たりくじを引きまくったから戦力は整っているわ。でも、選手の層があまりにも薄過ぎる。あと経験不足」
「つまり圧倒的不利ということであるな」
「安部くん、シバくわよ?」
鋭い眼光が素敵な早乙女監督ちゃん。どこがMなんだ。
「言っておくけど、確かにウチと花梨桃との試合となると、ウチの圧倒的不利は覆せない事実だわ」
「我の言ったことは正しいではないか!」
「けどね、不利と負けは違うの。不利なのはむしろ武器。この試合、向こうは絶対にウチを舐めてかかる。……つまり、レギュラーが出ない可能性が高い」
確かにそうだ。勝つ必要のない練習試合は、控えのテストに丁度良い。
「だから目標は、圧倒的大差でレギュラーを引きずりだす! そして勝つ! 良いわね?」
「おー!」
いや、「おー」じゃねー!
「それって、舐められっぱなしの方が良いのではないか? 来月の公式戦で本気を出されては困る」
「まあまあ。私にも色々と考えがあんのよ。それに、花梨桃には彼がいるから……」
「誰だ彼って! 監督、アンタは私情を野球部に」
「シバくわよ安部! 彼って言っても別に恋人じゃねーよ!」
もう、いっそシバいてくれ。
「それじゃあ、後は自由に練習! 明日の練習試合に向けて頑張って!」
……おう。……って、あれ?
「明日だとおおおおおおおおおお!」
そして翌日。
「……くそう、一日ってこんなに早かったっけか……」
「どうしたの?」
何やかんやでマネージャーが板についてきた桃咲さんが声をかけてくれた。
「いや……何だか、昨日から今までの約半日が、文章たった一行分くらいの価値しか無かったような気がして……」
「大丈夫よ。安倍晴明はしっかり休んだんだから、きっとあの半日はダイヤモンドよりも価値があると思うよ!
テレビを見ていたけどつまらないから風呂に入って、何かモヤモヤというかムラムラというか何かそんなんなって一人暴走モードしてたから大丈夫! いぇい!」
我は目を潤ませる。うう、桃咲さん……アンタという人は……!
「何故、我の昨夜の動向を全て把握しているんだああああああああああ!」
「え? 隠しカメラに気付いてなかったの?」
……桃咲さんが怖い。
「ちなみに今日は安部晴明の朝ご飯におまじないをしたから、安部晴明のバットもきっと絶好調だよ!」
「我のバットって何だあああああああ」
「え、野球で使う道具だけど……? ご飯にいりこを混ぜたから、安定したスイングが出来るよってことよ」
「え」
……何だか、とんでもなく恥ずかしい勘違いをしてしまったような気がする。
「全員集まった? それじゃあバスに乗るわよー」
少人数だから、数えなくても大体分かる。
「ちなみに運転は私だけど気にしないでねー」
「監督ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
「大丈夫、普通の免許持ってるから!」
「普通じゃ駄目だろおおおおおおおおおおおおおおおお!」
冗談だと思って漫才のようなノリで突っ込んでいたら、この人本当に出発しやがった。
いや、大丈夫なはずだ。監督は何やかんやで色んなこと出来るし、熊と戦ったとか地雷原を無傷で走り抜けたとかいう武勇伝があるし、メンタルケア関連の資格とか色々持っているし、多分実は大型二種免許くらい持っていたり……。
「いやあああ! バスって案外やばいわよおおおおおおお!」
バスは何故か学校前の崖から落ちた。いや、ハンドルで曲がることくらい、幼稚園児でも知ってることだろ!
バスは真っ逆さまに落ちていき、
「こうなったら、陰陽師ワープ!」
どこかのグラウンドに停まった。ベンチには野球のユニフォームを着た男達が沢山いて、もう一台、バスが止まっていた。
「……い、一体何があったの? 私の運転技術のタマモノ? キャー!」
キャー! じゃないだろ。それよりもここは一体……。
「……おお、早乙女さん! どうなさったのですか亜空間から登場とは!」
早乙女……? 監督の知り合いか?
「え……? あ、ビクトル監督! みんな、花梨桃学園の監督に挨拶しなさい!」
「……ということは、上手く目的地に運べたということか」
我の陰陽師奥義もまだまだ捨てたものではないな。ハッハハ……。
「おい、そこの腐れ陰陽師」
何か無礼な言葉が後ろから飛んできた。
「何奴! 腹を切る覚悟は出来ておるのだろうな!」
あれ、平安時代ってまだ武士がいたかいないか際どいけど、まあ和風だからいいか。
「腹を切るのはテメーの方だよ。……つーか安部。お前、俺の顔をよく見ろ」
……我を知っている、だと? 振り返ると、
「ああああ! 何故お主がここに!」
「……よう、安部晴明。久しぶりだな」
三年前に我を裏切った男が、そこにいた……。