四封印目 べぃすぼーる
春過ぎの太陽が我を照らす。五月は運動をするには丁度良い季節である。
校舎の窓からグラウンドを覗く。青春を謳歌する学生達を見ると、何故か切なくなってしまう。
彼等の姿が、十五年前、まだまだ見習い陰陽師だった自分と重なって見えるからかも知れない。
「君は……心に深い傷を持っているようだね」
背後から声がした。体操服を着た炎山がそこにいた。
「ユニフォームはまだないし、一人で部室には入り難かったからね」
「張り切っているのだな。野球に思い入れがあるのか?」
「君に僕の過去を詮索する権利はないはずだよ」
していない。
我がその時どのような顔をしていたかは分からないが、炎山は我の顔を見るとまるで老人のような温かい笑みを浮かべ、歩き出した。
「今日は風が哀しいね……。行こうか」
マイペースでカッコイイ。我はこの時、彼のブロマイドを発売して売ったら結構儲かるのではないかと思った。
部室前。既に準備を終えた後輩達が、我に元気な挨拶をぶつける。言霊は時と使い方によっては暴力的な飛び道具にもなるが、彼等はひょっとしてそれを理解しているのかも知れない。
「血ィーッス!」
「お疲れ様death!」
「お前ら止めろぉぉぉ! 心が悪霊に奪われてしまうぅぅぅ!」
「先輩、今日はどんな練習をしますか?」
後輩の一人、一ノ瀬が言った。ちなみに我が龍安野球部は、色々あって一年生中心で構成されている。
女監督の早乙女さんがショタ好きだったとかいう噂が立ったこともあるが、真相は謎に包まれている。
「……そういえば、今宵、監督はおらぬのか?」
「はい。早乙女監督は失踪中です。あとまだ昼です」
「そうか。なら今宵は我がお前達に呪殺ノックをしようではないか」
「昼ですってば。今宵って……」
我々の掛け合いを横で見ていた炎山の表情は、温かかった。
「安部……。このメンバーで甲子園を目指すのかい?」
甲子園。高校球児にとっては、大学野球選手の神宮のような場所である。いや。甲子園の方が有名か。
このメンバーで甲子園。……行きたい。神宮よりも行きたい。もっと言うなら陰陽師バトルスタジアムくらい行きたい。でもやっぱりセパタクロー世界大会の方がいい。
「君達の野球部はいいね……。……僕も……」
炎山はそこまで言うと、急に辛そうな表情になって口を閉ざした。
その後、結局呪殺ノックは中止となり、各々が好きな練習をするという自由な時間が訪れた。
我は呪殺出来なかった悔しさに涙を飲みながら、炎山と共に遠投をしていた。
「そぉぉらよっと……」
バッシィィィン………。
グローブの音がグラウンド中に鳴り響く。こう見えても肩は割といい方なのだ。
「いい球投げるね、ならこっちも………」
そう言って炎山はボールを投げた。
すると、ボールは風と一体化し、幻のように消えた……かと思うと、次の瞬間には我の遥か後ろに転がっていた。
「……まるで桁違いだ。何だ今のは」
これはつまり……。妖怪qwせdrftgvyふn……いや、違う。
炎山が、相当な実力者だということだ。
「……実は肩を一度壊したんだ。僕は物心がついた時から野球をしていて、中学になってからは全国的に有名な選手になることが出来た。
……だけど、三年になった夏の全国大会の決勝戦に肩を壊したんだ。それから一度も野球はやっていない」
「肩を壊した……? 今の球、順風満帆に上り詰めた名選手でもなかなか投げられる球じゃない……」
「……野球を諦めきれなかった僕は、リハビリを受けながら徐々にボールを投げれるまでになったんだ。そして努力を重ね、ここまで来た。……でもやっぱり皆とやる野球の方が楽しいよ。僕はこのメンバーで、甲子園に行きたい」
この時、確信した。この男となら、甲子園に行ける……。
「炎山!」
「何だい?」
「行こうぜ、甲子園。そして陰陽師バトルスタジアム、最後に行きつくのはセパタクロー世界大会だ!」
「甲子園にしか行きたくないなぁ……」
我の、疎外感との戦いが幕を開けた。
「練習も一段落したし、休憩するごっふぉぉ」
天才的な我の脳細胞を全て殺しかねない勢いで、頭に何かがぶつかった。……サッカーボール。
「誰だぁぁぁ! 我の三十二年間の歴史を粉砕しようとした悪徳陰陽師は!」
「おっと、ごめんよ。シュートが外れてしまった。あと僕は陰陽師じゃないです」
「久遠か……シュートってお前、こっちにサッカーゴールは無いじではないか!」
「フ、細かい事には触れないでくれよ。……それより、あれを御覧」
久遠が指をさした先には、制服を着た女子二人がいた。よく見たらあの人と桃咲さん。……何か、喧嘩をしている? 互いにそっぽを向いているように見える。
「……待てよ? あそこにあの二人がいるということは……ひょっとして……まさか」
「何だか僕の意図しない方向へ話が進んでいるような気がするが、良いだろう。言ってみなよ」
「まさか……まさか……! あそこにあqwせxdrftvgyふが……!」
あqwせxdrftvgyふは、嫉妬する女の顔と言われる般若の面と深い関係にあるという噂が正しいとされる説が濃厚と我が師匠が寝ながら言っていたと師匠のお母さんから聞いたと昔の日記に書いてあったが真相は謎である。
「ぼ、僕には君のトーキングセンスが分からない……。いや、そんなことはどうでも良いよ。僕はただ、僕の想い人である……さんと君のファンである桃咲さんがセットでいたから君に声をかけた。ただそれだけだよ」
そう言って久遠は去っていった。
「何が言いたかったのだ、奴は……」
「きっと彼は君にペースを崩されたんだと思うよ……。彼の周囲の風が泣いていた……」
我のせいなのか。いや、あの人が見ている今、奴のことを気にしている暇は無い。
「炎山! あの人に最高のパフォーマンスを見せるため、我と一打席勝負をしてくれ!」
「……ああ、構わないよ」
バッシィィィイィィィィィイイイイイイン。
何と、炎山はジャイロボーラーだった。
「……聞いてねぇよ。でも、これが……ジャイロボールか」
二球目。我のバットは清々しいくらい見当はずれな振り方をした。ツーストライク。野球でのストライクとは、一球毎の打者の敗北回数ととることが出来る。
これが三つでアウト。バッターの負けだ。マッチ戦で負けるようなものだと思えば良い。
「あと一球で負けちまう……。ぶっちゃけあの人はもう帰ってるけど、勝負には負けられない!」
三球目。フルスイングしたバットは、確かにボールを叩いた、が……。
真上。キャッチャーフライでアウト。
「三振しなくて良かった……」
「危なかった……。もう少しで……」
「先輩、俺らは先に帰りますよー」
「……え」
見ると、とっくに帰宅時間は過ぎていた。