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一封印目 始まりの鐘

2日1回の更新を目安に頑張ります!

 桜も散り、鯉のぼりが登り始めた四月下旬。我の恋は相変わらず燃え上がっていた。

 我とあの人はただのクラスメイトという間柄でしかなかったが、我にとって、あの人は特別な人だ。

 教室に彼女がいるというだけで、いつの間にか我は学校に行くことが楽しくなっていた。あの人といるだけでこんなにも自分の世界が変わるなんて思っていなかった。


 なのに我は、彼女の名前を思い出せない。ずっと話していたい。ずっと一緒にいたい。それなのに、呼んであげることもできない。それは我の恋愛において、最も大きな問題であった。


 そんなある日のことであった。


「俺、……(我には認識できない)のことが好きなんだ……」


 教室の向こう側で、そんな声を聞いた。一瞬頭に火花が散る。今聞いたのは明らかにあの人の名前だった。


 ……だが、暗示の効果は絶対だ。肉体的に名前を聞いたとしても、精神が彼女の名前を認識出来ないのだ。


 いや、それよりも聞き捨てのならないことを聞いてしまったんじゃないのか我は。

 弁当など食っている場合ではない! セパタクローのイメージトレーニングをしている場合でもない!

 三十二年間生きてきて、このような感情を抱いたことはなかったが……。


 この感情は嫉妬、だろうか。彼女のことを好きな人間は、我だけではないのだ。


 久遠怜治も、我がライバルの一人であった。サッカー部の次期キャプテンと噂される、冷静沈着な人気者。

 褒めるところを探せばキリがないが、彼の一番すごいところは百人一首を一字一句間違えずにいえることだ。



 我はあいつと戦うことを決めた。久遠に先を越される前に、我自身が行動しなくてはならないのだ。



 しかし、女性をオトすテクニックなど何も知らない我である。初心な我はいきなり遊びに誘うなど不可能だった。


 仕方がないので校門の前で偶然を装いつつ、違和感が生まれないよう慎重に彼女に話しかけた。


「おはよー」

「おはよ、安部晴明。というか、安部から挨拶してくれるのは珍しいね」


 和やかな空気。自然と言葉が出てくる……のは、最初だけだった。

 徐々に押し寄せる緊張感が喉を絞める。少しぎこちないまま教室に着いてしまった。

 後悔が押し寄せる。失敗した嫌われた死にたい恥ずかしい……。そこまで酷い印象は与えていないと心のどこかで思っていても、ネガティブな感情は消えてくれない。


 授業中も彼女のことで頭がいっぱいだった。何も手につかない。

 ……昼に挽回しないと。


 そして昼。都合のいいことに、彼女は一人で弁当を食べている。

 朝のようにならないようにしなければ。しかし朝なら「おはよう」の一言で出だしは大丈夫だ。しかし昼に「こんにちわ」は少し不自然ではなかろうか。


「どうしたの?」


 心臓が爆発して封印していた妖怪が溢れてしまうかと思った。


「いや、一人だったからどうしたのであろうかと思うてな」

「今日は友達が風邪で休みなの」


 風邪……疾風の化身、「あzwsぇdftvgふn」の毒にやられたのならその友達の命はないが、今は彼女が一人で弁当を食べていることの方が重要であった。


「一緒に食べようではないか」

「いいよ?」


 我は心の中でガッツポーズをした。


「最近、勉強はどう?」


 ……? その時、何か不思議な気を感じた。何だこの感じは。「zくぁwせdrftgy」が現れたのだろうか……。


「私が勉強出来ないと思う?」


 彼女が言った。……明らかにいつもと雰囲気が違う。

 まさか、憑依……いや、それにしては精神が彼女の体と定着し過ぎている。それに先程の気、妖怪などの発するオーラよりも人間の脳波に近かったような……。


 あ! そういえば彼女は二重人格だったんだ~!


 彼女は普段は大人しく上品だが、もう一つの人格は全てを切り裂く毒舌キャラなのだ。


「あ、あの」

「……え? 何、何かあった?」


 どうやら戻ったようだ。彼女自身は二重人格に気付いていないらしく、何故かそのことを誰も突っ込まないままでいる。

「えっと……いや、特に何もなかったよ」

「……そう」


 とりあえず、この凍りついた空気を何とかしなくては。と、その時だった。


「やあ、仲良く二人でお食事かい?」


 あたかも偶然だというような態度で、久遠が現れた。

「久遠、どうしたのだ」

「いや、ちょっとね。僕も今日は友達が休みだから、一緒に食べていいかい?」

「うん、いいよ?」


 食事は三人で和気藹藹と……するはずもなかった。

 久遠は巧みな話術で我を空気に変え、見事に自分と彼女だけの温かい空気を作りだしてしまった。


 ……心が痛い。これが恋なのか。胸の中に何かドロドロしたものが巡るような感覚。


「……悪い。後は二人で食べてくれ」

「え、安部……?」


 彼女が不思議そうに声をあげた。久遠の声は聞こえなかったが、きっと心の中でクソ喜んでいるに違いない。

 勢いで教室を出て、向かう場所もなくてうろつく。空は青い。遠くに見える町では、今も妖怪が暴れているのだろう。……今はどうでも良い話だ。


 風が優しく我を撫でる。そこに一人、我と同じく黄昏れている男が一人。


「人は巡り合いの中で生きている」


 よく見れば同級生だった。確か、炎山猛といったか。

「炎山、お前もか」

「ああ。そういう君もか?」

「まあな。……悪い。今は一人になりたいから、また今度な」


 そういって我はその場を後にした。

 ……ある一定の技術を身に付けた人間には、何かしらのオーラが現れる。例えば陰陽師の道を極めた我や、臭いの道を極めたドリアンなどがそれだ。


 今思えば我は……何故、あの炎山のオーラを感じ取ることができなかったのだろうか。

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