十四封印目 ヤメタ
……陰陽師の我には、人の心が読めたり読めなかったり。
普段はあまり機能しないその能力が、クロスプレーが起こった瞬間、発動した!
「父さん母さん……僕は負けてしまった!」
心の中で叫ぶ狩崎。
「透、ナイスファイトだ。頑張ったな」
「父さん! ……でも僕は……」
そして、狩崎の回想が始まった。
覗き見? いやいや、能力なのだから仕方ないのである。
◇
狩崎の記憶の中。
「僕ね、将来プロ野球選手になるんだぁ」
狩崎透。当時六歳。
「頑張ってね」
「はは。透は野球上手いもんな」
彼が夢へと進んでいくのを、両親は優しく見守っていた。
狩崎透はどんどん頭角を現し小五にはリトルリーグを制覇、雑誌にもちらほら載るほどの選手になっていった。
何もかも上手くいっていた。世界が自分の為に存在していると、本気で思えるような人生だった。
だが、複雑で完璧な歯車ほど、狂った時のダメージが大きなものになる。
狩崎の人生の歯車も、この時激しく痛んでしまった。
「今日は透が休みの日だな。プロ野球の試合を見に行くか」
「透、どうする? まぁ行くに決まってるわよね」
「行くよ。楽しみだなぁ」
いつもの日常。
順風満帆だったはずの未来が、その瞬間、崩れ去った。
「――――――――――――――――――――――――」
轟音が、未来と今を絶った。
球場に向かう途中。曲がり角でトラックが車に突っ込んできたのだ。
後部座席に居た狩崎透は無事だったが、両親の出血は酷いものだった。
肉の音。紅い色。ヒトというカラクリの故障。
生。死。家族。車。道路。臭。臭臭臭臭血血血血。
「あ……あああああああ!」
血の臭いが、ゲロに上書きされていく。
透の傍に、血にまみれた真っ赤なボールが転がってきた。
家族にとってはどんな宝石よりも輝きを放っていた宝玉。……透が全国制覇した時の、ウイニングボール。
「……野球……が」
震えが止まらない。……血染めのボールを握った右手が、罪に思えた。
両親を殺してしまった。そんな錯覚。……あながち間違いではないのかも知れない。
――だって、野球が……!
「野球が……父さんと母さんを……!」
生と死の混じり合ったような、強烈な臭いが鼻を突く。
そうだ。もし野球がこの世界に無ければ。
そうすれば家族が球場に向かうことはなかった。こんな事故……起らなかったはずなのに!
「……透、大丈夫か……?」
父親が、透に手を差し伸べる。
「と、父さん。喋っちゃダメだ……」
「大丈夫そうだな……。良かった……」
それが、父親と交わした最後の会話だった。
ほどなくして、彼等は緊急搬送された。しかし父は出血が酷く、搬送中に死亡。
そして、
「……透。今まで……本当にありがとう」
母親も治療中に亡くなった。
その後、透は孤児院で二年ほどの時を過ごし、中学二年生になった時、実家に戻って一人暮らしを始めた。
だが、傷は癒えない。
心の傷を、時間が癒してくれることはなかった……。
◇
……ある日の河原。
「ここで死のう。父さん、母さん。今会いに行くよ」
絶望した彼に、死ぬことは恐怖でも何でもなかった。
むしろ、両親と再び会う唯一の手段。透は包丁を腹に刺した。
しかし、なかなか意識が遠のかない。狩崎は再び、腹に包丁を刺した。何度も、……何度も。
苦しいよ。…………僕は何故生まれたの?
覗き見中の我、号泣。
おいおいおいおい聞いてねぇぜ! 我が名は安倍晴明って、こんな悲しい小説だったっけ!
おっと、我としたことが妙なことを言ってしまった。反省しなければ。
と、そんなことはさておき。
――透は走馬灯を見た。
家族と一緒に食事に行ったこと。
ケンカして家出した時、泣きながら母が探してたこと。
初めての遊園地でジェットコースターに乗れなくてすねた日。
リトルリーグで優勝した時に初めて父さんがはしゃいでたのをみた日。
微かに機能していた目が、道行くカップルを捉えた。
……それが、若かりし両親にでも見えてしまったのだろう。
意識が朦朧としてる中、透は全身全霊の力を込めて叫んだ。
――そこから病院で目が覚めるまで、透の記憶には空白があった。
生と死の堺目。……記憶など、する暇がなかったのだろう。
「大丈夫か狩崎……」
入院した狩崎の病室に、龍安中学の監督が入ってきた。
こやつら、我を差し置いてあんなことやこんなことをしていたのか……!?
「大丈夫かって……。そんな訳無いじゃないですか。僕は病んでいる。おかしいんです」
「そんなことはない。若さとは病のようなものでな。おかしいのはお前じゃない。未熟な心が、お前の境遇についてこれていないだけだ」
「……ありがとうございます。一応、精神は大丈夫なつもりですよ。もう死のうなんて考えていませんから……。あ、それから、このことは部員のみんなには内緒にして下さい」
「分かった。……元気になったら帰ってこいよ」
「……僕は転校します。動けないエースがいつまでもいたんじゃ、チーム全体に迷惑がかかりますから。……それに僕は、安部のような打者と戦ってみたいと常々思っていました。これも良い機会かと」
「……お前のような選手を手放してしまうのは惜しいが、決意は固いようだな」
「ええ。龍安中学、いや……遅ければ高校になるかも知れませんけど、あいつらには負けませんよ」
戻れない。
エースだったからこそ、戻れない。
どうみんなに顔向けしていいのか分からない。
だからみんなとは会わない。
部室に爆弾を仕掛け、みんなのエロ本をどさくさに紛れてパクった。
ついでに犬のフンを同級生の鞄に塗り付けた。
大丈夫。同級生のオッサン陰陽師なら、何とかしてくれるさ。
サヨウナラ龍安中学。
覗き見中の我、再び号泣。
そんな我の顔を面白がるように、狩崎が笑っていた。
……ここはこいつの心の中ぞ? 自分の心の中に姿を現すとは、こいつ、只者じゃないと言いたいところだが結構普通のことだ!
「安部……」
「狩崎よ、すまないが、勝手に覗き見しちゃったゾ(ハート)」
「爆ぜろ」
怒られちゃった。テヘペロ。(CMで知ったにわかだが何か?)
「まず、謝るよ。……今まで何も言わなくて悪かった」
……予想外デース。我が謝らなければならないところを、逆に頭を下げられてしまった。
「……どうしたのだ」
「すまない。今までずっと……信じられなかったんだ。俺はあの日から、誰も信じてこなかったから」
「……自分の存在さえ、信じられなかった。だから死のうとしたんだろう」
「ああ。……居場所が無いから」
「ばかぁん!」
「な、何でオカマキャラなんだ」
狩崎は我の顔を押しのけた。痛い。顔面を掌で押されるのは結構痛い。痛いって。
「狩崎よ……我は、お前にどうしても言わなければならんことがある……」
「な、何だよ」
我は息を飲み、言った。
「……顔面を押されるのは痛いのだ!」
「知るか」
今度は蹴られた。酷いぜ、酷過ぎる……屈辱的だ!
パチン。我の中で、何かが弾けた。
「うぉおおおおおおおおおおおおお!」
「な、何! 安部の戦闘力が八万……九万……まだ上がるのか!」
「喰らえぇぇぇ破壊光線んんんんん!」
「ぐわあああああぁぁぁ! 大塩杭夢はひょっとして破壊光線が好きなのか!? 自作の方でも使ってたよな!」
ここまで茶番である。
「狩崎よ……。我は、冗談抜きでお前に言わねばならんことがある」
「お前から『顔押すなー』とか言い出したんだろうが間抜け」
「お前は写楽や今のチームメイトを信じてやれ! お前は……もう、一人じゃないだろ!」
ガーン。
ガーン。ガーン。ガーン。ガーン。ガガガガーン。
くらい感動したに違いない。
「……一人じゃない、か。笑わせるなよ、安部」
ガーン。我の方がショックを受けた。
「な、我の説教が通じないだと!?」
「……人間はな、生きる時も死ぬ時も一人だ。そして……その事実を紛らわせるために仲間を集め、楽しさに堕ちて行く。だけど俺は知ったんだよ。人が死ぬ瞬間を。『息子がいる』という幸せなのかどうかもよく分からない死に方をした二人の、悲しく孤独な死を」
おいおい、今回はヤケにシリアスであるな。
「だから俺は、二人の存在が意味のあるものだったということを、この身を持って表さなければならないっ! 慣れ合っている暇なんか無いんだ! 俺は皆と同じような生き方をして、二人の人生を無駄にしたくないんだ……!」
「……それは違うな、透」
だ、誰であろうか。我と狩崎の二人しかいなかった心の空間に、三人目が現れた。
「……と、父さん?」
「え? あ、狩崎のお父さんであるか? 初めまして」
「ん、ああ、初めまして。いつも息子がお世話になっております」
「お世話になってるだなんてそんな……この前なんてね……かくかくしかじか」
「へぇ、そんなことが。だけどこいつ、今でこそこんなですけど昔はねぇ……かくかくしかじか」
三十分後。
「……おっと、透。そろそろお別れの時間だ」
「おいほとんど安部との世間話で潰れてるじゃねーかクソ親父!」
「お前の人生はお前が決めろ。決して父さん達の為に生きようなんて思うんじゃないぞ」
「……もう頼まれてもアンタの為になんか生きるかバーカバーカ!」
こうして、透のお父さんは去っていった。
「……息子を放っておいて、初対面の者と世間話とは。あの者、どうかしているな」
「お前のせいだろうが」
否定は出来なかったので舌を出したら怒られた。
……透。お前は気付いていないかも知れないが、あのお父さんは自ら汚れ役を演じてくれたんだぞ。お前が親に愛想を尽かしたその時こそ……
……本当の自立の時だ。
◇
ランナー狩崎、アウト。
試合は、引き分けに終わった。
だが、狩崎透は、かけがえのないものを手に入れたのであった。
試合編、完。
みてくれてありがとう(´・ω・)