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十四封印目 ヤメタ

 ……陰陽師の我には、人の心が読めたり読めなかったり。

 普段はあまり機能しないその能力が、クロスプレーが起こった瞬間、発動した!


「父さん母さん……僕は負けてしまった!」


 心の中で叫ぶ狩崎。


「透、ナイスファイトだ。頑張ったな」

「父さん! ……でも僕は……」


 そして、狩崎の回想が始まった。

 覗き見? いやいや、能力なのだから仕方ないのである。



 狩崎の記憶の中。


「僕ね、将来プロ野球選手になるんだぁ」


 狩崎透。当時六歳。


「頑張ってね」

「はは。透は野球上手いもんな」


 彼が夢へと進んでいくのを、両親は優しく見守っていた。

 狩崎透はどんどん頭角を現し小五にはリトルリーグを制覇、雑誌にもちらほら載るほどの選手になっていった。

 何もかも上手くいっていた。世界が自分の為に存在していると、本気で思えるような人生だった。

 だが、複雑で完璧な歯車ほど、狂った時のダメージが大きなものになる。

 狩崎の人生の歯車も、この時激しく痛んでしまった。


「今日は透が休みの日だな。プロ野球の試合を見に行くか」

「透、どうする? まぁ行くに決まってるわよね」

「行くよ。楽しみだなぁ」


 いつもの日常。

 順風満帆だったはずの未来が、その瞬間、崩れ去った。


「――――――――――――――――――――――――」


 轟音が、未来と今を絶った。

 球場に向かう途中。曲がり角でトラックが車に突っ込んできたのだ。

 後部座席に居た狩崎透は無事だったが、両親の出血は酷いものだった。


 肉の音。紅い色。ヒトというカラクリの故障。

 生。死。家族。車。道路。臭。臭臭臭臭血血血血。


「あ……あああああああ!」


 血の臭いが、ゲロに上書きされていく。

 透の傍に、血にまみれた真っ赤なボールが転がってきた。

 家族にとってはどんな宝石よりも輝きを放っていた宝玉。……透が全国制覇した時の、ウイニングボール。


「……野球……が」


 震えが止まらない。……血染めのボールを握った右手が、罪に思えた。

 両親を殺してしまった。そんな錯覚。……あながち間違いではないのかも知れない。

 ――だって、野球が……!


「野球が……父さんと母さんを……!」


 生と死の混じり合ったような、強烈な臭いが鼻を突く。

 そうだ。もし野球がこの世界に無ければ。

 そうすれば家族が球場に向かうことはなかった。こんな事故……起らなかったはずなのに!


「……透、大丈夫か……?」


 父親が、透に手を差し伸べる。


「と、父さん。喋っちゃダメだ……」

「大丈夫そうだな……。良かった……」


 それが、父親と交わした最後の会話だった。

 ほどなくして、彼等は緊急搬送された。しかし父は出血が酷く、搬送中に死亡。

 そして、


「……透。今まで……本当にありがとう」


 母親も治療中に亡くなった。


 その後、透は孤児院で二年ほどの時を過ごし、中学二年生になった時、実家に戻って一人暮らしを始めた。

 だが、傷は癒えない。

 心の傷を、時間が癒してくれることはなかった……。



 ……ある日の河原。


「ここで死のう。父さん、母さん。今会いに行くよ」


 絶望した彼に、死ぬことは恐怖でも何でもなかった。

 むしろ、両親と再び会う唯一の手段。透は包丁を腹に刺した。

 しかし、なかなか意識が遠のかない。狩崎は再び、腹に包丁を刺した。何度も、……何度も。


 苦しいよ。…………僕は何故生まれたの?


 覗き見中の我、号泣。

 おいおいおいおい聞いてねぇぜ! 我が名は安倍晴明って、こんな悲しい小説だったっけ!

 おっと、我としたことが妙なことを言ってしまった。反省しなければ。

 と、そんなことはさておき。


 ――透は走馬灯を見た。

 家族と一緒に食事に行ったこと。

 ケンカして家出した時、泣きながら母が探してたこと。

 初めての遊園地でジェットコースターに乗れなくてすねた日。

 リトルリーグで優勝した時に初めて父さんがはしゃいでたのをみた日。


 微かに機能していた目が、道行くカップルを捉えた。

 ……それが、若かりし両親にでも見えてしまったのだろう。


 意識が朦朧としてる中、透は全身全霊の力を込めて叫んだ。



 ――そこから病院で目が覚めるまで、透の記憶には空白があった。

 生と死の堺目。……記憶など、する暇がなかったのだろう。



「大丈夫か狩崎……」


 入院した狩崎の病室に、龍安中学の監督が入ってきた。

 こやつら、我を差し置いてあんなことやこんなことをしていたのか……!?


「大丈夫かって……。そんな訳無いじゃないですか。僕は病んでいる。おかしいんです」

「そんなことはない。若さとは病のようなものでな。おかしいのはお前じゃない。未熟な心が、お前の境遇についてこれていないだけだ」

「……ありがとうございます。一応、精神は大丈夫なつもりですよ。もう死のうなんて考えていませんから……。あ、それから、このことは部員のみんなには内緒にして下さい」

「分かった。……元気になったら帰ってこいよ」

「……僕は転校します。動けないエースがいつまでもいたんじゃ、チーム全体に迷惑がかかりますから。……それに僕は、安部のような打者と戦ってみたいと常々思っていました。これも良い機会かと」

「……お前のような選手を手放してしまうのは惜しいが、決意は固いようだな」

「ええ。龍安中学、いや……遅ければ高校になるかも知れませんけど、あいつらには負けませんよ」


 戻れない。

 エースだったからこそ、戻れない。

 どうみんなに顔向けしていいのか分からない。

 だからみんなとは会わない。


 部室に爆弾を仕掛け、みんなのエロ本をどさくさに紛れてパクった。

 ついでに犬のフンを同級生の鞄に塗り付けた。

 大丈夫。同級生のオッサン陰陽師なら、何とかしてくれるさ。

 サヨウナラ龍安中学。



 覗き見中の我、再び号泣。

 そんな我の顔を面白がるように、狩崎が笑っていた。

 ……ここはこいつの心の中ぞ? 自分の心の中に姿を現すとは、こいつ、只者じゃないと言いたいところだが結構普通のことだ!

「安部……」

「狩崎よ、すまないが、勝手に覗き見しちゃったゾ(ハート)」

「爆ぜろ」

 怒られちゃった。テヘペロ。(CMで知ったにわかだが何か?)

「まず、謝るよ。……今まで何も言わなくて悪かった」

 ……予想外デース。我が謝らなければならないところを、逆に頭を下げられてしまった。

「……どうしたのだ」

「すまない。今までずっと……信じられなかったんだ。俺はあの日から、誰も信じてこなかったから」

「……自分の存在さえ、信じられなかった。だから死のうとしたんだろう」

「ああ。……居場所が無いから」

「ばかぁん!」

「な、何でオカマキャラなんだ」

 狩崎は我の顔を押しのけた。痛い。顔面を掌で押されるのは結構痛い。痛いって。

「狩崎よ……我は、お前にどうしても言わなければならんことがある……」

「な、何だよ」

 我は息を飲み、言った。

「……顔面を押されるのは痛いのだ!」

「知るか」

 今度は蹴られた。酷いぜ、酷過ぎる……屈辱的だ!


 パチン。我の中で、何かが弾けた。


「うぉおおおおおおおおおおおおお!」

「な、何! 安部の戦闘力が八万……九万……まだ上がるのか!」

「喰らえぇぇぇ破壊光線んんんんん!」

「ぐわあああああぁぁぁ! 大塩杭夢はひょっとして破壊光線が好きなのか!? 自作の方でも使ってたよな!」


 ここまで茶番である。


「狩崎よ……。我は、冗談抜きでお前に言わねばならんことがある」

「お前から『顔押すなー』とか言い出したんだろうが間抜け」

「お前は写楽や今のチームメイトを信じてやれ! お前は……もう、一人じゃないだろ!」

 ガーン。


 ガーン。ガーン。ガーン。ガーン。ガガガガーン。

 くらい感動したに違いない。


「……一人じゃない、か。笑わせるなよ、安部」

 ガーン。我の方がショックを受けた。

「な、我の説教が通じないだと!?」

「……人間はな、生きる時も死ぬ時も一人だ。そして……その事実を紛らわせるために仲間を集め、楽しさに堕ちて行く。だけど俺は知ったんだよ。人が死ぬ瞬間を。『息子がいる』という幸せなのかどうかもよく分からない死に方をした二人の、悲しく孤独な死を」


 おいおい、今回はヤケにシリアスであるな。


「だから俺は、二人の存在が意味のあるものだったということを、この身を持って表さなければならないっ! 慣れ合っている暇なんか無いんだ! 俺は皆と同じような生き方をして、二人の人生を無駄にしたくないんだ……!」


「……それは違うな、透」


 だ、誰であろうか。我と狩崎の二人しかいなかった心の空間に、三人目が現れた。


「……と、父さん?」

「え? あ、狩崎のお父さんであるか? 初めまして」

「ん、ああ、初めまして。いつも息子がお世話になっております」

「お世話になってるだなんてそんな……この前なんてね……かくかくしかじか」

「へぇ、そんなことが。だけどこいつ、今でこそこんなですけど昔はねぇ……かくかくしかじか」


 三十分後。


「……おっと、透。そろそろお別れの時間だ」

「おいほとんど安部との世間話で潰れてるじゃねーかクソ親父!」

「お前の人生はお前が決めろ。決して父さん達の為に生きようなんて思うんじゃないぞ」

「……もう頼まれてもアンタの為になんか生きるかバーカバーカ!」

 こうして、透のお父さんは去っていった。

「……息子を放っておいて、初対面の者と世間話とは。あの者、どうかしているな」

「お前のせいだろうが」

 否定は出来なかったので舌を出したら怒られた。

 ……透。お前は気付いていないかも知れないが、あのお父さんは自ら汚れ役を演じてくれたんだぞ。お前が親に愛想を尽かしたその時こそ……



 ……本当の自立の時だ。



 ランナー狩崎、アウト。

 試合は、引き分けに終わった。

 だが、狩崎透は、かけがえのないものを手に入れたのであった。



 試合編、完。

みてくれてありがとう(´・ω・)

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