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建安五年 一月 劉備玄徳
短いですが勘弁して下さい。
敗れた兵の足取りは重い。その中で一人、憤懣やるかたないという顔をしている男がいる。劉備だ。字は玄徳。年は曹操や袁紹より少し若い。四十くらいだろう。手が異常に長く、耳は肩にとどきそうだ。
劉備は
「泣いて天下をとった。」
と評されているが、実際は気性は荒かった。軍事能力はかなり卓越していた。
劉備は悔しい。
「まさか孟徳が自らくるとは…
そうと知っていれば…」
と歯ぎしりをした。
徐州で曹操と敵対していた劉備は袁紹とにらみ合う中自ら軍を率いてきた曹操に大敗を喫したのだ。これにより曹操は後顧の憂いを断つことに成功したのだ。この後劉備は臥龍、すなわち諸葛亮を得て、益州と荊州の一部を領すことになるのだがそれはまた別の話。いつかまた別のときに語るとしよう。
決戦の前の重大な一幕であった。
次は田豊公達の予定です。