指導主事訪問
体育大会も何とか無事に終わり、3年生たちは7月の中学校体育連盟の各種競技大会に向けて運動部は全力を挙げる時期になっていく。陽が長くなるこの時期は部活動の練習時間も延長して夕暮れ時まで、体育館やグランドに大きな声が響き、中学校の最も活気がある時期と言える。ただ、教職員にとっては5月末から6月に掛けて、指導主事訪問という面倒な行事が控えている。津室中学校の場合は今年は6月20日、金曜日。津室町教育委員会から指導主事がやってくる。指導主事とはベテラン教員の中から教育委員会に派遣され、行政の一員として学校の指導監督にあたる職員である。普段は県教育委員会から来る文書を各学校に回したり、各学校からの回答文書をまとめて県教委に回答したりする仕事を主に行う。毎月校長会や教頭会にも出席し、町教委からの伝達事項を知らせたりもしている。その指導主事が前期と後期2回に分けて、各学校に直接やってきて、全教員の授業を参観し指導をするのである。午後は若手の教員が代表で研究授業を行い、全教員と指導主事が一時間じっくりと授業風景を参観する。しかも校長が他の町内の学校に案内を発送して、参観希望の先生方を募集することもやっている。しかも毎回、時間があれば、教育長も参観して研究会に参加することもある。
今回、研究授業に抜擢されたのは私だった。他の先生方はほとんどこの2,3年で研究授業経験があり、今年来たばかりの私に白羽の矢が当たったのだ。先月から指導案作成に当たり、6月後半の3年生の社会科という事で、題材は公民の「基本的人権」を選び、中でも「人権と公共の福祉の関係」について考えさせる単元を研究授業にあてた。2週間前に全体研究会があり、その場に指導案を提出し、いろいろチェックされたものを修正し、1週間前に指導主事あてに指導案を提出した。午前中に参観してもらう一般授業に先生柄の指導案もいっしょに冊子にして提出するので、その巻頭には校長の学校指導計画や研究主任の研究全体計画なども含まれている。とにかくばたばたと指導案を仕上げて提出し終わると、その日までに3年1組の社会科がちょうどその単元迄進んでいることが重要になる。そこで教務主任と打ち合わせて、その日までの3年1組の社会科の授業時間を確保してもらった。
いよいよ6月20日を迎えると、朝から私はそわそわして、指導案を見返していた。いつもより少し早く正装の音楽が鳴り、お客様を迎えるための清掃が始まった。この学校の清掃は無言清掃が徹底されていて、清掃前に送辞場所で横並びに正座して静かな音楽に合わせて黙想し、音楽終了と同時に10分間の無言清掃を行う。素早く動くので真冬でも頭に湯気をあげながら、全力で清掃に取り組む。教員も生徒に模範を示すように雑巾を持ち、冷たい水のバケツで絞って、廊下を水拭きする。職員室で座ってお茶を飲んでいるような職員は誰もいない。私も気持ちは焦っていたが、いつものように清掃活動をしているうちに、気持ちは落ち着いてRきたように思う。10分過ぎると再び静かな音楽が鳴り、清掃道具をかたずけ、最初の場所に正座して黙想の音楽を待つ。ショパンの音楽に合わせて全校生徒が黙想に入ると、校舎内には物音ひとつしなくなる。静寂の中で目を閉じているといろんなことを考えてしまう。今日の清掃はどうだったのか、きちんとできたのだろうか。今日の授業に向けて忘れていることはないだろうか。いろいろ考えていると30秒過ぎて音楽が変わる。班長が反省事項を述べると全員で挨拶して終了である。生徒も先生もすがすがしい気持ちで教室に戻って行く。
私はまず職員室に向かった。職員朝礼で校長から話があり。教頭から今日の連絡事項が通達された。メモを取り朝礼が住むと学年スタッフで簡単に打ち合わせる。森下主任からは5時間目の3年1組の研究授業で参観者用の椅子を生徒に運ばせるように指示があった。打ち合わせが終了して教室に向かうと、生徒たちは自分たちで朝の会を進行していて、あとは先生からの連絡事項ですと伝えてくれた。私は教頭からの連絡事項と森下主任が言っていた椅子運びを数人の生徒に頼んだ。生徒たちも今日がお客さんが来る日だと知っているので、張り切っているようだ。小学校の頃から年2回、この行事を経験してきているのだ。研究授業も知らないお客さんがたくさんいるところでも物おじせずに挙手できるだろうと安心した。
1限目は1年生の授業をしいぇいたが、そのあいだに指導主事と教育長が来たようだった。休み時間に職員室に戻ると、2時間目の一般授業の先生たちが授業準備のために早めに職員室を出て行った。事務の先生は冷たいお茶を3人分準備して校長室に持って行っていた。静かな雰囲気で2時間目と3時間目は3人ずつ、6人の先生が一般授業を終えた。4時間目は参観された一般授業の先生方が順番に校長室に入り、指導主事からの指導を受けていた。私は2年生の授業をしていたが、教育長はとりあえず教育委員会事務局に戻って、食事をされるようだった。
給食がすみ、昼休みには頼んでおいた生徒たちが空き教室から椅子を運んでくれていた。早めに3年1組に行くと、生徒たちも気分が高揚しているのか若干興奮気味だった。校内の先生方が授業記録のためにビデオカメラを設置するために教室内に入ってきた。その先生は部活動で指導している生徒に向かってだろうか、親し気に
「頑張って手をあげろよ。」と励ますと、素直な生徒が
「わかってます。頑張りますよ。」と話している。微笑ましい光景に心が和んだが、すぐに多くの先生たちが階段を上がって教室の後ろに入ってきた。後方の用意された座席の中央には指導主事と杉下校長、そして中山教育長がすわった。中でも中山教育長は私からすると話したこともなく、どんな人か見当もつかなかった。しかも座りながら表情が険しく、怒っている様にしか見えない様子で、威厳を漂わせている。
他校の先生方など入りきれない先生たちは、廊下の窓を外したところから、教室の中を覗き込める場所を確保している。私は教卓の前に立ちながら生徒の方を向いていたが、緊張をほぐす為に今日の給食の話を近くの生徒にしていた、
程なくチャイムが鳴った。生徒たちは座ったままで背筋を伸ばして、「授業前の黙想」に入り数秒すると学級委員が
「姿勢を正して」と言って全員が再び背筋を伸ばし、学級委員の
「お願いします」という掛けR越えに合わせて全員が
「お願いします。」と言って座礼をした。周りで見ている先生方も生徒たちの声に合わせて挨拶してくれていたように感じた。
授業は個人の基本的人権と公共の福祉がぶつかった時にどのように解決するのかというテーマで、北陸新幹線をryる窯で延伸するにあたり、福井市内で計画されている建設予定地の住民たちに立ち退いてもらわなくてはいけなくなったが、立ち退きを拒否する住民と店舗があったという設定で、生徒たちが双方に分かれて意見を戦わせた。強制立ち退きに至らないように、話し合いで解決したいが、どうしても解決できない場合は強制的に退去させる公権力が働くことも学習した。生徒たちは大活躍で、ディベートのように意見を戦わせてくれた。
授業は時間通りに終了し、生徒も私も達成感を持って終わる事ができた。生徒たちはすぐに帰りの挨拶を済ませて下校になり。校舎内に生徒がいなくなるとすぐに校内研究会が校長室で開かれた。他校の先生方は感想を用紙に書いてそれぞれの学校に帰って行ったようだった。本校の教員が座り、正面の席にはにこやかな表情の指導主事と苦虫をつぶしたような表情の中山教育長が座っている。
全員が揃い、お茶が配布されると司会の先生が校長の挨拶を促した。杉下校長はいつもは挨拶が長いほうだが、今日は比較的短めに来てくれた指導主事と教育長にお礼を述べ、本校の学校教育目標の具現化のために全員の力を結集することを述べた。続いて研究主任から本校の研究体制や研究の方針、進展の具合などを説明し、いよいよ話題が研究授業についてに移った。
「では授業者の坂本先生から反省と感想をお願いします。」と司会から言われると私はたどたどしく話し始めた。
「本日は未熟な授業を参観いただき有難うございます。学習指導要領の改訂で新しい学力として提言された『主体的で対話的な深い学び』にアプローチして彼らの思考力、問題解決能力を育成するために、設定する問題を身近な問題として北陸新幹線の延伸に伴う用地買収問題に設定し、対話的に進めるためにばうしゅうされる側と北陸新幹線利用者側の両者に分かれて、対立させることを仕組みました。しかし今回、対立構造を作ることは出来ましたが、用地を買収される側に立つ生徒の数が少なく、やや弱かったように思います。中部縦貫道路で考えれば、自分の家の山林が買収された経験を持っていた生徒がいたかのしれません。感想としては生徒はよく考えて発言してくれたと思います。課題を自ら考えるところには至る事ができませんでしたが、公共の福祉と個人の財産権の難しい接点を考える機会になったように思います。ただ、特別支援学級に在籍する松山君がどう考えていたかは彼が立場を表明しなかったので、よくわかりませんでした。参観していた先生方で彼の様子を見ていてくれた先生からの観察結果を教えていただきたいと思います。」と言うと司会の先生が
「感想や意見、質問などみなさん一回はご発言をお願いします。」と提案してくれた。すると吉沢先生が手をあげて口火を切ってくれた。
「松山君について観察結果を報告させていただきます。彼はADHDとASDを併発していますが、能力的には非常に高く、今日の授業についてもかなり深く考えていた模様です。彼が得意な分野は生物学や天文学でその分野は大学生レベルです。だから難しい専門書を読み解く読解力も備わっています。それも相当な速読で。だから坂本先生が示された今日の課題について、最初に配布されたワークシートに字分の考えを書く欄がありましたが、枠に収まり切れないくらい書いています。彼のワークシートをもらって来たので読ませていただきます。」と言ってA4の紙を両手で持って読み始めた。
「問題の新幹線用地はこの住民の店舗が建てられている場所であり、この住民はこの場所で30年以上焼き肉屋を営業してきた。住宅だけなら近くに用意された敷地に移動すればよいかもしれないが、店舗の場合は常連のお客さんがいて、そのお店の場所が変わってしまうとお客さんに浸透するまでに時間がかかってしまう。立ち退きをしり込みするのも仕方がない。しかしこの1軒のために新幹線を50mずらすことは今更できない。また北陸新幹線の計画をやめてしまったら、福井県民、さたには北陸全域の発展にストップをかけてしまう。解決策は他の住民の立ち退き料が1㎡あたり10万円だったらこの店舗には1㎡あたり倍の20万円出して納得してもらうしか方法は考えられない。しかしこの店主を場所の移動もさせずに納得させるには、新幹線が出来上がって高架が出来たらその橋桁の下にお店を作り、その近くの高架下の空き地に駐車場10台分を確保する約束をしたらいいと思うと書いています。」と報告してくれた。聞いていた先生たちは少し笑いながら松山君のことを頭に浮かべていた。私は
「彼は素晴らしい考えを持っていたけど、みんなの前で発言することは出来なかった。しかし主体的に考え、深い思考力を発揮して板と思います。机間巡視して彼の考えに気が付いていたら、取り上げあっれたのではないかと思います。」と言った。
その後は様々な質問や意見、感想が述べられ、総じて楽しい授業だった、生徒たちが生き生きと思考力を発揮して考えていた、対話的だったなど肯定的な意見が多かった。指導主事からの指導も新しい学力観にアプローチするすばらしい実践だったので、他校でも拡散していきたいというお褒めを頂いた。
最後に司会が教育庁からのご指導をお願いしてしまった。その瞬間、私はあててくれなくてもいいのに、このまま終わってくれた方が穏便なのにと考えてしまい、表情を曇らせた。しかし指名された教育長はわずかに表情を緩めて話し始めた。
「今日は、先生方。よく準備された授業を見せていただき、ありがとうございます。特に坂本先生には先生が主人公ではなく、生徒が主人公の対話的な授業を設計され、これからの新しい授業を見せてもらった気がしました。町内の全部の学校の先生に今日の授業のビデオを見てもらいたい。そんな気すらしました。一人一人の先生方を褒めたいのですが、それは指導主事にお任せして、私は行政的な発言をさせていただきます。津室町の最大の問題点は少子化と人口減です。基幹産業だった繊維産業が衰退化し、若い人の就職口がありません。だからみんな都会に出て行ってしまいます。これは福井県内すべての町で同じことが起きています。だから町長は産業の育成に力を入れようとしていますが、どの企業も東京一極型です。利益を上げるには東京に事務所がないといけないそうです。しかしみなさん、発想を変えてください。大きな会社に着てもらうのではなく、大きな会社を創設するような優秀な人材を育成することができたら、すべての問題は解決するのではありませんか。ソニーの井深大のような天才的な技術者がこの津室中学校から出て、この町に本社を置いて、世の中を変えるようなすごい製品を作り始めたら、この町は豊田や浜松、日立のような企業城下町を作れると思いませんか。そのためには今日の話題になった松山君のような優秀な人材を、大切に育てて行ってもらいたいんです。スティーブ・ジョブスも高機能自閉症でした。でも好きなことにはとことんのめり込む性格だったそうです。希望を失わず、育成してやってください。」と言って発言を閉じた。
その後、杉下校長が指導主事と教育長に謝辞を述べ、私にもねぎらいの言葉を発して研究会を閉じた。私はようやく終わったという安堵感で疲れがどっと出た感じもしたが、職員室のテーブルに戻ると野村君が
「ご苦労様でした。今日は“居酒屋はる”予約してあります。飲んでください。」と声をかけてくれた。久しぶりの片町だと思うと少し疲れも吹き飛ぶ感じもした。そうこうしているうちに指導主事と教育長がお帰りになると言う知らせが来た。校長室から出てくるところだったが、私たちも職員室を出ると、玄関に向かって歩きながら教育長が私の所に近づいて来て私の肩に手をやって
「これからもよろしくね。」と言って玄関に向かった。玄関から出て行く2人をお礼をしながら見送ると職員全員、一日が終わったという安堵感と片町の居酒屋まで行く車の分乗方法で話が一気に盛り上がった。




