4、5月体育大会事件(高梨君
地球温暖化は学校の年間行事計画にも大きな影響を与えている。3月までは寒くて震えているが、5月の連休が終わるともう夏のような陽気で、9月いっぱいまでグランドで生徒の活動をさせるのは注意が必要になる。かつては夏休み明けの9月第1週か第2週の週末が学校祭として、文化祭と体育祭を行っていた。しかし9月初めの残暑が厳しすぎて、グランドで応援団の練習をするのは、熱中症を育成しているようなものなので、各校とも5月の中旬に体育祭は済ませているところが多くなってきた。
津室中学校も2年前から5月の第2週に体育祭を行い、9月は文化祭のみを行うようにしているらしい。
私のクラスである3年1組も5月の連休が終わると、体育祭に向けて応援団が結成された。応援団長と応援団員を誰にするかは学級会で決めるのだが、またここで大きなトラブルが発生した。
連休明けの学級の時間に学級会が開かれた。学級委員が司会をしながら応援団をし指揮することになった。司会が
「まず応援団長を決めたいと思います。立候補者はいませんか?」とお決まりのセリフを発したが、誰も手をあげようとしない。私はみんなやりたいと考えているのに、牽制しあっているのかなと思っていた。そのまま様子を見ていると司会者は
「では誰か適任の人を推薦してくれませんか?」と問いかけた。教室はしばらく静寂に包まれ、下を向いて顔をあげない人や、周りをキョロキョロ見回す人がいたが、一向に進む様子がなかった。私もその静寂が続くことに耐えられなくなり、何か助言をしようかと考えていたその時、一人の男子生徒が手をあげた。4月の学級会で松山君も得意分野があるのかと私にやや批判めいた意見を述べた高梨君だった。少し嫌な気もしたが司会の委員長は彼の名前を呼んで、発言を許した。
「能力が高いので、松山君が良いと思います。」高梨君は少し笑いながら、数人の男子生徒と目を合わせて話した。私はいじめかもとその瞬間考え、高梨君が誰かに言わされているのか、高梨君が自分から言っているのかどっちかを判断できなかった。言われた松山君は一番苦手な分野に駆り出されそうになっていることに気づき、頭を抱えながら少し声を殺しながら唸り始めている。司会の学級委員はまずい雰囲気を察し
「松山君はそういうことは一番苦手だと思うよ。別の事なら得意かもしれないけど。」と意見してくれた。しかし高梨君は怯むことなく
「でも坂本先生は先月の学級会で、『松山君も高い能力を発揮する分野があるって言ってたqじゃないか。そうですよね、先生』と私を攻めてきた。高梨君が誰かに言わされているのではなく、自分から松山君を阻害しようとしているし、私に対して反抗していることを感じた。ここは担任の出番だと感じて
「高梨君は誤解してますね。人は誰でも得意とする分野があると言ったんです。高梨君には高梨君の得意分野があるし、松山君にも松山君なりの得意分野がある。でも小学校の頃から長い付き合いの委員長の考えでは、応援団長は松山君の得意分野ではないと感じると言ってるんだ。もう少し考えてみたらどうだろうね。」と言うと高梨君も引かなかった。
「先生、松山君だけを贔屓している様に感じるんですが」と言い張ってきた。私はここで引いてはいけないと感じ
「高梨君がいやがる松山君を応援団長にどうしても推薦するとなれば、それは彼をいじめていると感じてしまう。言われた本人がいじめだと感じたら、それはいじめと判断されるんだ。そうならないように気を付けなさい。」ときつく言うとその場は収まった。でも高梨君は納得していなかったようだ。下を向きながらも近くの生徒の方を見ながら目で合図している様に見えた。とりあえず応援団長は野球部でキャプテンをしている大柄な男子生徒におさまってその場は収まった。
数日後から応援練習が始まった。午前中は通常の授業だったが、午後はグランドに出て全員で並んで大声を出す練習だった。6月初旬だが昼はすでに30度を超えて、あまり長い時間居られる温度ではなかった。全員水筒を持って出て、20分に一回給水タイムを取った。紅組も白組も気合を入れて声を出していた。私は白組担当の教員の一人として、そして応援団の担任として、まだ頼りない応援団長の相談に乗っていた。あまり前面に出てしまったら誰が応援団長か分からなくなりし、助け舟を出さなかったら団長が孤立して途方に暮れるかもしれない。前には出ない程度に援助しているときに目に入ったのが、集団の中に入れずサッカーゴールのポストに背中を預けて座っている松山君だった。彼にとって集団行動は最も苦手な分野なのだろう。みんなが仕方ないと認めてくれていれば問題はなさそうだった。しかし中学生はまだそこまで大人ではなかった。そんな彼の行動を許せない生徒も存在する。幼い吉田君もそうかもしれないが、反抗心がある高梨君たちは絶好の獲物に見えたのかもしれない。
高梨君を見ていると、普段から仲の良い嶋崎君や渡辺君に目で合図しているのがわかった。合図された嶋崎君と渡辺君は白組の列から離れて松山君の方に近づいて行った。そして何か話しかけると松山君の手を取って、起こそうとしている。立ち上がらせて応援団の列に加わらせようとしているのだろう。しかし松山君は激しく抵抗し始めた。そしてついには彼らの手をはねのけて、大声を張り上げて校舎の入口の方に走って行ってしまった。大声がしたのでみんながその様子を見ていた。
特別支援クラス担任の吉沢先生はすぐに松山君の方に走って行った。私は嶋崎君と渡辺君に何があったのかを聞いた。
「何があったんだい。」と穏やかに話すと嶋崎君は
「応援練習だからみんなと一緒に参加しようって連れて行こうとしたんです。そしたら急に怒り出して、暴れて向こうに行ってしまったんです。」と自分たちの正当性を主張した。確かに彼らのいう事には一理ある。みんなが熱い中応援練習を我慢しながらやっているんだから、全員で声を出すために松山君も参加する義務がある。松山君だけ参加しなくていいのなら、自分たちだって熱さを我慢できないから参加したくない。そう言いたいのだろう。らかなしくんが目で合図していたことを見て居なかったら、納得したかもしれない。でもこの2人は高梨君に指図されて松山君の所へやってきたのだ。しかしその証拠はない。一連の行動の首謀格と思われる高梨君にたどり着くことは出来そうもない。仕方ないのでその場はそのまま見逃すしかなかった。しかし高梨君は見過ごしはしなかった。
「先生、また松山君だけ特別扱いですか。そんなことが許されるんなら、僕らも練習なんかしたくないです。いつも松山君だけ特別扱いじゃないですか?」と食って掛かってきた。私はどう答えていいか少し悩んだ。まだ全生徒の前で松山君は発達障害があると公言しているわけではないのだ。そこで
「松山君は集団で行動することや、自分の考えを言葉で表現することが苦手なんだ。お互いに理解し合いながら付き合っていってほしい。」と中学生には少し難しい言い方をしてしまった。するとそこで団長の平尾君が
「俺は小学校の頃から松山君と同じクラスだけど、あいつはみんなで一緒に行動することは苦手なだけで、さぼっているんじゃない。俺たちが苦手な知的なことはすごく得意で、俺はいつも助けてもらって来たよ。高梨君、君は小学校が違うから分からないかもしれないけど、人には得意不得意があるんだ。わかってやってくれ。」と全員の前で演説してくれた。私は平尾団長のその姿にリーダーとしての素質を感じた。さすがに野球部でキャプテンをしているだけのことはある。毎日の練習でもキャプテンとしてひとこと言わされてきたのだろう。私の話なんかより、全員が聞き入り納得した表情を浮かべた。教員の上から目線の強硬な言葉よりも、仲間からの包括的な言葉の方が共感できるのだと感じた。
翌日放課後、応援団はグランドで練習。応援小物制作の生徒は教室で応援ボードやポンポ作り、衣装担当は被服室で応援団の衣装造りをしていた。それぞれの部屋を激励して回ると、生徒たちは教室では見せない生き生きとした表情で目を輝かせていた。最後に向かったのは美術室で大看板づくりのグループだった。体育祭のあいだ応援席の後に設置して、仲間意識を鼓舞する縦4m、横3mのパネルに白い紙を貼って、その上に勇壮な絵を描くのだが、例年はアニメのキャラクターが描かれる。美術室の扉を開けると担当の生徒5人が、白い紙を貼り終えたパネルを壁に横にして立てかけて、プロジェクターで下絵になる画像を横向きにして投影して、鉛筆でその下絵をなぞっている。その中に松山君を見つけた。松山君は教室での役割分担で何もやりたくなさそうだったから、学級委員が気を効かせて
「松山君、大看板かかりなら出来るかい?」と声をかけてようやく承認したのだ。だから誰も彼が一生懸命やるなんて考えていなかった。しかしこうやって除きに来たら一生懸命やっているのだ。私は係の女子に
「この下絵の製作は誰の意見なの?」と聞いてみた。すると彼女は
「松山君です。私たちはかわいいアニメのキャラクターが良いって主張したんですが、彼が了承せず自分で家で作ってきて、カメラで撮影してコンピュータに取り込んで投影して、勝手に始めてしまったんです。でもプロジェクターを使いなんて私たちもびっくりしました。しかも高いところには登れないから画像を回転させて横にして、作業できるようにしてくれたんです。彼ってすごいですね。」と感心しながら手を動かしている。そこで私は松山君に
「ところで、この絵は何を描いているんだい?」と聞いてみた。すると彼は手を止めずに鉛筆で線を描きながら
「未来です。」と意味深な言葉を残した。そう言えば今年の学校祭のテーマは“人類の未来に向けて”だった。彼はそのテーマについて考え、この画像制作をしてきたのだろう。鉛筆画の段階ではまだ分からないが、天体を描いている様に見えた。
体育祭迄あと2日、差し迫ってきてどの係も手が足りず、必死の形相で練習や製作に取り組んでいる。衣装担当は間に合わずデザイン変更で、既成の安いTシャツにテープやフリルを取り付けるだけのものになったが、実は毎年の事らしい。応援団も振付が揃っていなくて、必死に努力している。ただし帰宅後に夜の講演に集まって練習することは固く禁止されているので、出来る範囲でやろうと言っている。いちばん遅れていたのが大看板チームだった。下絵の段階から進んでいなかった。聞いてみると松山君のこだわりが強すぎて、メンバーたちの意見を無視して細かい箇所にこだわっているらしい。私が美術室に行ってみると吉沢先生もいて
「どうですか?」と問いかけると
「松山さんが細かいところを描き込んでいて、色を入れるところに進んでいないらしいです。どうしましょうか?」と言うので私は阿津山君に話してみた。
「松山君、明日が最終日だよ。このままでは完成しないから、もう一度プロジェクターで投影して、それを見ながら全員で色付けを始めたらどうだろう。」と言うと彼はぽかんとしているが、了承してコンピュータとプロジェクターを作動させ、再び鮮やかな下絵が出てきた。
「これを見ながらなら色付けは出来るよね。看板の下の方から絵付けしようか。」と提案すると呆気なく頷いた。
そこからは人海戦術だった。作業がようやく終わった小物制作グループに声掛けして美術室に来てもらい、松山君が色を調合して容器に作ると、それを手にした生徒たちが刷毛を手にして丁寧に塗り始めた。細かい作業に取り掛かっていた松山君が時々みんなの作業を眺めて、線からはみ出ないように丁寧な作業を指示している。そして彼の指示に従って多くの生徒が目を輝かせながら手を動かしている。
彼はと言えば、他の生徒たちの色付けの指示をすると、またパネル上部の天体部分の細部にこだわって細い筆で綿密に描き込んでいる。その目は一点に集中し強いこだわりを持っていることを示していた。全体の仕上がりを考えるとそろそろ松山くんが描いている部分も色付けをしなくては間に合わないと思い私が彼に
「松山君、その細かいところは小さすぎて遠くから見ると何を描いているのか分からないと思うけどな。そろそろ色塗りをみんなに頼んだらどうかな。」と話しかけた。しかし彼は何の反応も示さず筆を動かして描き続けた。まるで私のことを無視しているかのように。その様子に少しイラっとしたが特別支援が必要な生徒に怒っても仕方ないと思い、その場は平静を装った。彼は結局、下校時間まで言葉も発せず黙々と描き続けた、
翌、体育祭前日、普通なら出来上がったパネルを外に出す準備をするはずだったが、最終の色塗り作業に全精力をつぎ込むことになった。最後の方は応援団も衣装係も全員体勢で松山君の描き上げたパネルを色塗りする作業を手伝った。みんな始めはまだできていないのかと不平不満を言っていたが、パネルを見るとなぜか一生懸命色塗りを手伝い始めた。作業は結局最終日の下校時間ギリギリで完成した。
翌朝、体育祭当日、パネル製作係だけでなくクラス中の生徒がパネルのことが気になって朝早くに美術室に集まった。応援団長の平尾君が音頭を取って。全員で慎重にグランドに運び出している。私も気になって早めに学校に行ったのでその様子を見ていたが、松山君の姿は見えなかった。結局彼は始業時間ギリギリに登校し、みんながパネル設置を終えて、教室に戻ってから教室に顔を出した。
私は改めて壮大なパネルが立ち上がっている姿を見上げた。今までは横に寝かせて作業していたので気が付かなかったが、サッカーゴールに立てかけて縦にして倒れないとうに結びつけるとそのはlく力に圧倒された。
パネルの下部にはテーマである“未来”という文字がゴシック体だが斜め上の方向に向かって小さくなっていて、まるで右奥の方向に立体的に進んで行くかのようになっている。遠近法を利用してみる人の目をパネルの奥に吸い込ませる感じがした。また“未来”の文字の背景には地球と思われる惑星が描かれ、さらにその奥には火星、木星、土星などの惑星と小さな星が幾千も描かれ、地球からそれぞれの惑星にロケットが飛んで、人間を運んでいたり、惑星通しをつなぐトンネルがあったりする。しかもそれらが、計算しつくされたような遠近法で画面の奥の惑星は小さく細かく描かれている。その細かさは見る人に近くに行ってその細かい描写を見て見たいという気にさせる。
私は松山君が全体の構成を考える段階で、ここまで計算しつくしたんだろ直感した。そして彼が最後まで画面の奥の細かい作業にこだわって小さな絵や文字を描き続けた理由が何となくわかった気がした。それと同時に私が彼に言った
「松山君、その細かいところは小さすぎて遠くから見ると何を描いているのか分からないと思うけどな。そろそろ色塗りをみんなに頼んだらどうかな。」という言葉を思い出し恥ずかしくなった。もしかすると一番素人は私で専門家の松山君に最低の助言をしていたのではないか、そんな気がしてこれからは言葉を選ぼうと考えた。
体育祭は無事に終了し我が3年1組を主力とする白組は競技の部、2位。応援の部2位、美術の部、優勝という結果だった。2位というのは聞こえはいいが、赤と白しかないので2位は負けたという事だった。応援団長の平尾君は応援団の解団式で声を詰まらせながら敗戦の弁を語った。
「みんな、負けちゃったけど、僕の掛け声によく答えてくれました。有難う。応援は負けたけど、僕の中fでは大成功で、みんなの大きな思い出になったと思います。また、」このでっかいパネルは僕たちにすごい勇気をくれました。みんなで色塗りをし、みんなで運び出し、みんなで設置した。そしてこのパネルを設計してくれた松山君の才能にはみんな気が付いたと思います。僕は小学校から同じクラスだったからよく知っているけど、小さいころから人とは違う絵を描いていたんだ。彼がこれからどんな風に才能を発揮するか分からないけど、このパネルの前で全員で写真を撮っておいて悪いことはないと思うよ。全員で写真を撮ろう。」と言うと全員が大きな声で叫び声をあげてパネルの前に集合した。そして
「先生、写真撮ってください。」と言って私の方を見ている。私は手に持っていたデジタルカメラを携えて、パネル正面に走り、カメラを構えた。すると他の先生方もスマホを取り出して写真を撮りだした。思いは同じだったのだろう。周りで見ていた保護者も一斉に走り出してパネル正面はアマチュアカメラマンでいっぱいになった。
笑顔でパネルの前に立つ生徒たちの中で当の松山君は、みんなの中にはいたが何食わぬ顔で隣にある大きなお寺の境内を見つめていた。




