3、給食事件(吉田君)
翌日から本格的に1学期が始まった。教科の授業は翌日からだが、まずは学級体制づくりのために学級活動の時間が設定され、1学期の委員会や学級の係決め、給食や清掃などの決まりごとの確認を行った。学級委員を決めて、委員会は立候補制、係活動も立候補制だふぁ、重複した場合はくじ引きにした。大概の場合はすんなり決まっていくが、幼い女子は負けて泣く子が出てきたりする、気まずい思いをすることも過去には会ったが、さすがに中学3年生ではなく子はなかった。しかしもっと大変だったのは怖れていたように松山君だった。彼は図書委員に立候補したが、残念なことに重複立候補者がいて、くじ引きになり負けてしまった。すると負けを受け入れる事ができず、廊下へ飛び出してしまった。教室の後ろで見ていてくれた吉沢先生が追いかけてくれた。彼がいないまま係決めは進んで行ったが、残りは社会科係だけになってしまった。何とか彼が社会科係を承諾してくれると良いのだがと思いながら、その時間は終了した。
休み時間に特別支援学級の教室に行くと吉沢先生と松山君が膝を交えて話していた。彼はかなり落ち着いた様子だったので安心したが彼に話しかけた。
「松山君、図書委員残念だったね。本が好きなのかな。でも負けてしまったことも受け入れられると良いね。ところで、社会科係はどうだろう。先生が社会科担当だから社会科の授業の前に連絡事項を聞きに着たり、準備物を運んだりするんだけど、どうかな。資料室から地図を探したり、年表を運んだりするんだ。」と言うと下を向いていた彼が急に頭をあげて私の方を向いた。
「資料室? 2階の図書室の向こうの?」と言ってくれた。彼の声を初めて聴いた。声変わりはしているようだ。大人の男性の低い声だった。ただ天文や生物学が好きだったという事もあり、社会科の資料集なども興味はあるみたいだった。その瞬間、彼の興味を引くことに成功したと感じた。彼は普段は鍵がかかっている資料室にふかいきょうみがあったようで、資料室をエサに社会科係を承諾してくれて、学級組織造りは無事終了した。
初めての事件はその日の給食の時間だった。ソニ日のメニューはパンとスープときのこパスタ。給食初日と言えば給食室の叔母さんたちも顔合わせ初日のメニューなので比較的簡単なカレーとバナナくらいが手尾番だったが、この学校では初日からに妙なメニューだった。パスタは人気だが、きのこパスタは嫌いな生徒にとっては拷問のようなメニューだ。給食当番の中には初日という事もあり、マスクを忘れる生徒もいて、手が足りてなかった。森下主任や吉沢先生も助っ人に入り、配膳が進行した。全員の配膳が終了し、係が合唱の合図をした。ここまでは順調に言ったのだが、ここから事件が発生した。
松山君は教室後方の廊下側の班で5人が集まって食べ始めた。その中に吉沢先生もいてくれたのだが、食べ始めるうちに同じ班にいる吉田君という男子が手をあげた。どうしたのか聞くと
「先生、松山君がきのこを皿から出して食べません。残すつもりです。良いんですか?」と発言した。吉沢先生が吉田君に向けて小声で松山君は食べられないからいいのよと耳打ちしている。しかしその声が聞こえた生徒の中から
「僕もキノコ嫌いです。残していいなら残しますよ。」という声がした。私は少し考えたが松山君に嫌いなキノコを食べることを強要することは出来ないと思い
「松山君は食べられないんだ。わかってやってくれ。」と言うと言い出しっぺの吉田君が口をとがらせて
「先生。贔屓ですか。松山君は天才的な領域があるから贔屓されるんですか。僕だってキノコ嫌いです。でも食べます。先生、初日から贔屓をするんですか?」といたいところをついてきた。私は吉田君が能力的に高くなくて、まだ幼いという事も聞いていたことを思い出した。幼いからこそ彼との違いを理解できないのだろう。中学校と言うのは全員を指導するために昔から平等に扱う事で、高速を守らせてきた歴史がある。個人の違いを認めていたらみんな、決まりを守らなくなってしまうという理屈で全員に同じように決まりを守ることを強要してきたのだ。しかしこの松山君の場合はどうだろうか。松山君に出来るだけ食べることを指導しても、共用することは得策ではなさそうである。
「松山君は食べられないんだ。でも出来るだけ食べてもらったらどうだろうね。他の人も全部食べろとは言わない。努力してくれればいいさ。どうしても無理なら周りの友達に協力してもらってもいいんだよ。」と返答した。しかし生徒たちからは「なんで松山君だけ?」とか「なんかずるい」という声が漏れた。その時、松山君が椅子を倒して大きな音を出し、急に立ち上がっラロ思ったら廊下に飛び出した。生徒たちはいつもの事なのでさほど驚かなかったが、私は気が動転してしまった。
彼が廊下に出て行くと後ろにいた吉沢先生が彼が向かった特別支援教室の方にが知っていってくれた。彼にとってパニックが起きた時の安息の場が特別支援教室の一番奥の戸棚の中であることも先生方の会議で聞いていたのだ。おそらくその戸棚の中に頭を突っ込んで、目の前を暗くして気持ちを落ち着けているのだろう。しばらくするときっと落ち着いて飛び出していったことを私か吉沢先生に謝るのだろう。その後は彼と吉沢先生のの給食の残りを特別支援教室に運び、2人で食べてもらった。3年1組は何事もなかったように全員が給食を食べ、後始末迄平和に済ませた。
昼休み、私は職員室に行かず特別支援教室に行って彼の様子を見に行った。すると彼は吉沢先生と向かい合わせでまだ給食を食べていた。私が
「きのこは食べられないんだよね。」と声をかけると下を向いてしまった。R地区説的な聞き方で悪夢を思い出させたようだ。
彼はせっかく落ち着いて食べ始めた給食のスプーンを投げだして、壁に当たって大きな音をさせた。吉沢先生はさほど驚く様子もなかったが、彼に慣れていない私の驚きはすさまじかった。とにかく彼が落ち着くのを待たなければと思い、吉沢先生に目で合図して一人で職員室に戻った。
職員室には森下主任と野村先生がいたので、事情を話すと森下先生は
「初日だったから驚いたでしょう。でも周りの子供たちも吉沢先生も慣れているから落ち着いていたでしょい。子供たちは長い生徒だと10年彼と一緒に過ごしているから、どう接すればいいか、よくわかっているの。ただ中学校までは周りのみんなが理解してくれるけど、高校に行くと周りはみんな知らない人ばかりになるのよね。特に彼は能力が高いから、進学校に行くとクラスに知り合いが誰もいない環境に置かれることになりそうで、心配なの。だから最後の一年でソーシャルスキルを身につけさせたいと思っているの。きっと今頃、吉沢先生は彼に今日のトラブルの場面を思い出させて、次同じような場面ではどうすればいいのかを教えていると思うわ。彼は相手の気持ちを考えたり想像することが苦手だから、あの場面でどうしたらよかったかを考えさせようとしても難しいの。教えてあげて覚えるしかないのよ。覚えるのは誰よりも得意なんだから。」と教えてくれた。私は大変な努力が必要なんだと思うと、途方に暮れた。しかし主任の説明で彼に対する接し方の真髄に触れた気がした。社会に出るためのソーシャルスキルは確かに彼にとっては、数学や英語よりもはるかに大切な子世なのだろう。これから彼が遭遇する社会に適応するために。
それにしても彼がいる場所で、昔のような音率のルールで全員を従わせよう与する指導の仕方では無理な時代なのだろう。そんなことを思い知った事件だった。




