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不可視の密室(The Invisible Spectrum)  作者: 冷やし中華はじめました


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暗闇の舞踏

 漆黒の闇。  通常なら恐怖の対象でしかないその空間が、今の真壁には「舞台」のように感じられていた。


 彼は目を閉じ、意識を聴覚に集中させる。  東山の荒い息遣い。衣擦れの音。混乱した足音。  そして何より、鼓膜を震わせる相棒ナビゲーターの声。


『……リンク良好。解像度、最大』  九条の声は、氷のように冷たく、かつてないほど澄んでいた。 『真壁さん。あなたの脳内イメージと、僕の観測データを重ねてください。……見えますね?』


「ああ、見えてるぜ」


 真壁の脳裏に、青白いグリッドラインが走る。  Wi-Fiの電波が描く、倉庫内の3Dマップ。  その中心に、赤く脈打つ光の塊がある。東山だ。恐怖で心拍数が跳ね上がり、全身から「怯え」のノイズを撒き散らしている。


『敵、三時の方向へ後退中。壁を背にするつもりです』


 真壁は音もなく右へステップを踏んだ。  東山の退路を塞ぐように、大きく回り込む。


「くそっ、どこだ! どこにいる!」  東山が闇雲にスタンガンを振り回す。青白いスパークが、一瞬だけ彼の歪んだ恐怖の表情を照らし出す。 「僕に近づくな! このドブネズミが!」


『右斜め前、距離二・五メートル。……右腕を振り上げました。大振りです』


 九条の予告と同時に、真壁は上体を低く沈めた。  ヒュンッ!  頭上数センチを、致死電圧を帯びた電極が通過していく。  真壁は避けながら、さらに一歩踏み込んだ。


『一歩前へ。……どうぞ、隙だらけです』


「もらった」


 真壁の鉄パイプが、東山の持っていたスタンガンを正確に叩き落とした。  ガシャッ!  硬質な音が響き、凶器が床を滑っていく。


「ひいっ!?」  武器を失った東山は、無様に尻餅をついた。 「な、なぜだ……なぜ見える!? 暗視ゴーグルもつけていないのに!」


 真壁は答えず、ゆっくりと追い詰める。  その足取りは、まるでダンスのステップのように軽やかだった。  九条という「目」が、東山の筋肉の収縮、重心の移動、次の行動の予測まで、すべてを先読みして伝えてくるからだ。


「……終わりじゃねえぞ、CTO」  真壁の声が闇に響く。 「まだ『切り札』が残ってるだろう? あのハエを使えよ」


 その言葉に、東山は弾かれたようにコントローラーを操作した。  視界を奪われ、壁に激突して床に落ちていたドローン。そのローターが再び唸りを上げる。


「そ、そうだ! まだ終わっていない!」  東山が絶叫する。「行け! 自爆モードだ! こいつごと吹き飛ばせ!」


 ブゥゥゥン!!  暴走したドローンが、床を擦りながら真壁の足元へ突っ込んでくる。制御を失った特攻。


『真壁さん、六時の方向! 低空特攻!』


「チッ、往生際の悪い!」  真壁が避けようとした、その時だ。


『……させない』


 九条の短い呟きが聞こえた。  直後、ドローンの甲高い駆動音が、ブツンと途切れた。  慣性で滑ってきた機体は、真壁の足元で力なく転がり、沈黙した。


「な……?」  東山がカチカチとコントローラーを操作するが、反応はない。


『フライトコントローラーのファームウェア、書き換えました』  九条の声には、微かな優越感が混じっていた。 『あなたの玩具は、僕が管理者権限をいただきました。……真壁さん、ダンスパートナーは丸腰です。フィナーレを』


「了解だ。……いい仕事だぜ、相棒」


 真壁は鉄パイプを放り捨てた。  こんな細工物はもういらない。ここから先は、もっと原始的で、確実な痛みが必要だ。


 真壁は東山の胸ぐらを掴み、引きずり起こした。 「ひっ、やめろ、金ならやる! いくらだ! 一億か!? 十億か!?」


「金じゃ買えねえもんがあるんだよ」  真壁の右拳が唸りを上げる。 「俺たちのプライドと……あんたが殺した男の無念だ!」


 ドゴォッ!!


 鈍い打撃音が倉庫に響いた。  東山の身体がくの字に折れ、吹き飛ぶ。彼は埃まみれの床に転がり、呻き声を上げて動かなくなった。


 その時。  パパパパッ……!  倉庫街の照明が、順次点灯していった。  九条がシステムを復旧させたのだ。


 眩しい光の中、真壁は目を細めた。  足元には、鼻血を出して気絶している高級スーツの男。  そして、破壊されたドローンと、転がるスタンガン。


 真壁は腰から手錠を取り出し、東山の両手にかけた。  冷たい金属音。  それが、この長い夜の終わりを告げるゴングだった。


「……終わったな」


 真壁が荒い息を整えていると、イヤーピースから九条の声が届いた。  いつもの事務的なトーンだが、そこには隠しきれない安堵があった。


『お疲れ様です、真壁さん。……心拍数、正常値に戻りましたね』 「うるせえ。……お前こそ、少しは休め。目が充血してるぞ」


 真壁は天井の隅にある監視カメラに向かって、親指を立てて見せた。  カメラの向こうにいるであろう、不器用な天才ハッカーに向けて。

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