表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不可視の密室(The Invisible Spectrum)  作者: 冷やし中華はじめました


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/12

捕食者のドローン

 ヒュンッ!  空気を切り裂く鋭い風切り音とともに、黒い塊が真壁の顔面を掠めた。


「っとぉ!」


 真壁は反射的に鉄パイプを振るったが、手応えは虚空を切る感触だけだった。  速い。  人間が操縦している動きではない。東山の指はコントローラーの上で遊んでいるだけだ。ドローンは搭載されたAIチップで自律判断し、真壁の筋肉の動きを先読みして回避行動を取っている。


「無駄だよ」  東山の冷ややかな声が響く。 「その機体には、対人制圧用の回避アルゴリズムが実装されている。君のような老いぼれた反射神経で捉えられる相手じゃない」


 ブゥゥゥン……!  ドローンが空中で静止ホバリングし、複眼のようなカメラレンズを真壁に向けた。  まるで獲物を品定めする捕食者の目だ。


「……ハエが。鬱陶しい羽音だぜ」  真壁は荒い息を吐きながら、鉄パイプを構え直した。  額から冷や汗が流れる。  相手はただの機械じゃない。学習する兵器だ。さっきの一撃は、こちらのリーチ(攻撃範囲)を測るためのテストだったに違いない。


『真壁さん、気をつけて』  イヤーピースから九条の切迫した声が届く。 『そのドローン、民生用の改造じゃない。制御ロジックが軍用だ。LiDARライダーセンサーで空間を3Dマッピングしながら、障害物を利用して死角から攻撃するパターンを構築している』


「軍用だ? 随分と物騒なオモチャを持ってやがる」 「私の最高傑作の一つだよ。……さあ、学習終了だ」


 東山がコントローラーのスイッチを押し込んだ。


 刹那。  ドローンの挙動が変わった。  直線的な動きから、予測不能な三次元機動へ。壁を蹴るように跳ね回り、天井の梁の裏側から急降下してくる。


 バチッ!  青白い閃光。  ドローンの下部から伸びた電極が、真壁の左肩を掠めた。


「ぐっ……!」  強烈な衝撃が走り、真壁の左腕が痺れて動かなくなる。  スタンガンの高電圧。直撃すれば心停止もあり得る威力だ。


「惜しいな。次は心臓を狙わせよう」  東山は笑みを浮かべ、指揮者のように指を振る。


 真壁は背後の壁に背中を預けた。  逃げ場はない。  狭い通路。障害物だらけの倉庫街。ドローンにとっては最高の狩り場だ。  真壁は鉄パイプを右手に持ち替え、脂汗を拭った。


「……おい、レン。まだか」  小声で相棒に呼びかける。 「こちとら、もうすぐ黒焦げだぞ」


『待って。……セキュリティが堅い。制御信号が暗号化されている上に、周波数を毎秒ホッピングさせている。ジャミング(妨害電波)が追いつかない』  九条の声には、珍しく焦りの色が混じっていた。 『あと三十秒……いや、一分ください。プロテクトを食い破る』


「一分だと? カップ麺も作れねえよ」


 ブンッ!  ドローンが再び襲いかかる。今度は正面からではない。足元だ。  真壁は無様に地面を転がり、またしても電撃を紙一重でかわした。  床のコンクリートに電極が触れ、火花が散る。


「無様だな、元刑事」  東山が一歩、また一歩と近づいてくる。  その顔には、サディスティックな愉悦が浮かんでいた。  彼は楽しんでいるのだ。  自分を脅かした「不潔な野良犬」が、自分の作った「美しいシステム」によって駆除される様を。


「君の負けだ。……大人しくそのデータを渡せば、楽に死なせてやったものを」


 真壁は膝をついたまま、荒い呼吸を繰り返した。  左腕は感覚がない。体力も限界に近い。  だが、その目は死んでいなかった。


「……へっ、負け? 誰がだ?」  真壁は血の味のする唾を吐き捨てた。 「俺たちは便利屋だ。……時間稼ぎも、料金チャージに入ってるんだよ」


「強がりを。……終わりだ」


 東山が親指を振り下ろす。  ドローンが空中で停止し、最大の出力をチャージする高周波音が響き渡った。  狙いは真壁の眉間。  回避不能の距離。


 絶体絶命。  その時。


『……解析完了クラック・ダウン


 九条の、氷のように冷徹な声が聞こえた。


『真壁さん。……視界を捨てろ』


 バチュンッ!!


 突然、倉庫街を支配していた全ての照明が、破裂したように消え失せた。


「なっ!?」  東山の狼狽した声が響く。


 完全なる暗闇。  自分の手のひらさえ見えない漆黒の世界。  中野ブロードウェイが、昼間の顔を捨て、本来の「魔窟」としての姿を現したのだ。


「停電か? ……いや、まさか」  東山の動揺が手に取るように分かる。 「ふん、悪あがきを。……光などなくても、僕のドローンには赤外線カメラがある! 熱源探知でお前を見つけることなど造作もない!」


 暗闇の中で、ドローンの駆動音が再び高まる。  東山の言う通りだ。機械の目にとって、闇は障害にならない。  だが。


『……残念ですがCTO。あなたのドローンの「目」は、今潰しました』  九条の声が、真壁の脳内に直接響くようだった。 『制御権は奪えませんでしたが、カメラの入力信号にノイズを流し込んで、ホワイトアウトさせました。……今、そのドローンは「盲目」です』


 ガガッ、ガガガッ!  ドローンが制御を失い、壁に激突する音が聞こえた。  目隠しをされた猛獣が、檻の中で暴れている音だ。


「くそっ、何をした! 映像が映らない!」  東山の叫び声。


「……形勢逆転だな」  真壁はゆっくりと立ち上がった。  闇の中で、目を閉じる。  視覚情報はノイズだ。今の彼に必要なのは、九条(相棒)の声だけ。


『真壁さん、リンク開始コネクト


 真壁の意識が、空間に張り巡らされたWi-Fiの波と同期する。


『敵、二時の方向。距離四メートル。……ドローン、頭上一・五メートルを旋回中。制御不能でふらついています』


 見えた。  目ではなく、脳で。  九条が送ってくるCSIデータが、暗闇の中に青白いワイヤーフレームの輪郭を描き出す。  狼狽して後ずさる東山の姿。  そして、羽音を立てて暴れる黒い悪魔の姿。


「……さあ、ダンスといこうか、エリートさん」


 真壁は鉄パイプを短く持ち直し、音もなく闇の中へ踏み出した。  ここからは、アナログの領域だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ