scene8 カレー
某日、某所。
暗い部屋をモニターの明かりだけが照らしている。
画面には先日の馬並とコジレモノ、そして忍者の現れた戦いの映像が繰り返し流れている。
「濃度は薄いが邪気を出せているな。たった数回の戦闘で、シノビでもない素人がここまで……」
つぶやきながら、手元の用紙に数値や式、用語などを殴り書きしていく。
液晶の光が眼鏡に反射して顔の上半分を隠している。見えている口元は、不気味なほどに笑みを浮かべていた。
映像に夢中になっている男の部屋にノックが響く。
「旦那ぁ!入りやすぜ!」
「ちょっと、ヤコ、親分の返事待たなきゃダメだって」
「あ?ジコてめえ、細けぇこといってんじゃねえぜ。旦那はこれくらい気にしねぇはずだ!」
バタンと大きな音を立てて扉が開く。
騒がしい2つのシルエットが入室して、男のデスクの前に並んだ。
片方がデスクに書類をのせる。
「ありがとう、後で読ませてもらおう。思ったより深化の進みが早いんだ、次からは君たちにも出てもらおう。灯弥炬、凍迩瑚、お願いできるかな?」
「やっとですかい、オレぁ現場仕事のほうが性に合ってるんでさぁ」
「ジコは現場に出ても暴れるだけ。無能」
「あぁん!ヤコ、テメ表出ろや!」
互いに文句を言い合っていた二人を見送り、男は画面に独り言ちる。
「ここからが本格的な実験だ。期待しているよ、勇者くん」
__________
「さて、馬並くん。君は自分の性癖はきちんと理解しているかい?」
唐突に問われた内容に、僕は即答できなかった。
僕の性癖って何だろうか。J〇、人妻、コスプレ、素人。いろいろなジャンルにお世話になって来たが、これといったこだわりはなかった。考えていると部長がさらに続けた。
「どうやらまだ、見つけられていないようだね。じゃあ有名な題材を挙げようか
君は巨乳派かい?それとも貧乳派?
あくまで嗜好を知る一歩だからね。じっくり考えてくれ、決まったら教えてくれたまえ」
部長に提示された題材のスケールに慄く。
これは気軽に答えていいものじゃない、下手をすれば戦争になりうる。そして、勝敗もなく正義も悪もない、悪魔の問いだ。
しかし、ここに敵はいない。これは僕の中の嗜好を理解するための一歩。自分の感性に正直になって、考える。
巨乳。
大きいことは良いことだ。大は小を兼ねるともいう。
大きさはあふれる母性の象徴、癒しと安らぎを与えてくれる。触れてよし、挟んでよし、吸ってよしの三拍子。楽しみ方の幅が広く、エロスの入門……いや乳門として申し分ない。
しかし、柔らかく大きなものは時に安定さを欠く。乳の大きさは、それだけでなく他の要素も含んでいる。例えば乳輪のサイズや乳首のサイズ、そして色彩と形状。
僕がいま想像したような完璧な乳比率の巨乳は現実には滅多に存在していないというジレンマ。
そう、だからこそ我々は巨乳を夢見て、妄想を重ねるのだろう。
貧乳。
常々思うが、この名称はおかしい。慎ましやかな胸部は決して貧しくはない。
可憐で庇護欲をそそるような愛らしさ。無限の可能性を感じさせてくれる。確かに巨乳と比べてしまえばできることは少ないかもしれない。だからこそ、応援したくなるのだ。
ある意味で完成された機能美、乳首などのほかの要素を存分に生かすことができるエンジェルサイズ。
主張しないことで全体のバランスを整えているんだ。
そして比較的身近にいてくれる安心感がある。ゆえに想像しやすく、僕たちのインスピレーションに常に存在している気がする。
今、僕が好きなおっぱいは__________
「巨乳です」(低音ボイス)
長い思考の中、無意識に息を止めていたのか鼻から目一杯酸素を取り込む。
己の中に、小さな火種が宿るような感覚。これをかがり火にして、真の性癖を見つけられると、そう思える一歩だ。
みんな拍手をして、その一歩を祝福してくれた。
「おめでとう」
「めでたいなぁ」
「……おめでとう」
部長と盗撮魔君が何役もおめでとうと繰り返す。
それをやるならもっと人を集めてほしかった。
「いやいや、本当にめでたいと思っているよ?巨乳派、いいじゃないか!君はそうじゃないかと思っていたんだ」
「そうですか、ちなみに部長はどうなんです?」
見透かされてたのだろうか、この人には謎が多すぎる。
少しでも知りたいと、部長の嗜好も聞いてみた。
ニヒルに笑って、部長が続ける。
「僕かい?個人的にはね、巨乳は【カレー】貧乳は【出汁】のようなものだと考えているんだ」
「カレーと出汁……ですか?ちょっと意味が分からないです」
「人間はね視覚から8割以上の情報を得ているんだ」
話題が急に変わって戸惑う。部長はいったい何を?
「急になんだ、と思うかい?単純な話さ。巨乳相手と貧乳相手、どちらのほうが視覚の情報量が大きいか。巨乳だよね。そう、巨乳なんだよ!相手がほかにどんな様相をしていても、僕たちの目には『巨乳』という情報が入ってきてしまうんだ。さながらどんな料理にもカレー粉を入れればカレーになってしまうようだとは思わないかい?」
「貧乳は逆に視覚の情報量が少ないんだ。だから、というわけじゃないが相対的にほかの要素が際立って見える。和食の繊細な風味をお出汁が引き出しているようにね。国民食の巨乳、上品な貧乳。日を変えてどっちもいただきたいね」
独特の観点で語られたものを咀嚼する時間が必要だった。
しかし、なんと欲張りなんだろう。そしてこれが我が部の長。
謎は深まるばかりだけど、部長との距離が一歩だけ近くなった気がした。
自分はお出汁のほうが好きです。
2025年もお世話になりました!
年内最後の更新になります。
勢いで書き始めた作品ですので、どこまで行けるか……
エンディングはぼんやり決めているので、そこに向かっていけるように頑張ります。
来年もよろしくお願いします!




