支え
やっと手に入った本。
鞄に大事にしまって、優しくバッグを見つめた。
我が子を大切におもう親みたいに。
まあ、我が子なんていないけど。
でも、そろそろ結婚しないといけない歳なんだよなぁ。
両親は、結婚だけが人生じゃないって言ってくれてるけど…同僚たちがどんどん結婚していくと、なんだか罪悪感みたいなものがでてくる。
結婚をほのめかしてくる女性は、今までに多々いた。
しかし、オレは結婚どころか交際すらできていない。
莉菜が、どうしても忘れられないなんて莉菜に言ったら、きっと冷たく
「そう」
って返されるだけなんだろうな。
それでもいい。
莉菜に会いたいな…
目頭が熱くなって、思わず部屋に入る前に涙が溢れそうになってしまった。
慌てて家のドアをあけて、一粒こぼれ落ちた涙を拭った。
その涙を誤魔化すように、鞄から本を取り出して、ビリビリと包み紙をあけた。
さっきまで、大事に鞄にしまっていたくせに、あけるときは意外と雑にあけた。
早く…早く…
表紙をみると、懐かしいタッチの絵が描かれていた。
おお、これだよ!
パラパラとめくると、莉菜がよく読んでいたシーンが蘇ってきた。
莉菜は、元気かな。
本から元気をもらい、本をバッグに入れて出勤した。
休み時間にベンチに座って本を読んでいた。
のどかだなぁと、風に揺られる木々を眺めていたら、緊急用の携帯がなった。
慌てて飲み物をもち電話に出ながら、急いで院内へ戻った。
それから数時間後、本をベンチに忘れたことを思い出した。
ベンチに向かう前に、受付で本の忘れ物が届いていないか試しに聞いてみた。
受付の女性は、
「あ、届いていますよ。この本先生のでしたか。届けてくれた女性も、この本が大好きだとおっしゃっていましたよ」
と、笑顔で本を差し出してきた。
その言葉にオレは、取り乱すように
「それは、だれです⁉︎名前は⁉︎」
と聞いたので、受付の女性が目を丸くしながら、
「すみません。名前…聞きそびれました」
と、申し訳なさそうにオレを見た。
…
「あぁ、そうだよね。本…ありがとうございます」
と、本を受け取り受付を後にした。
…
そっか、本を届けてくれた人もこの本が好きなのか。
この前ベンチに座っていた人かな。
次の日もベンチで読書をした。
「その本わたしも好きです。」
後ろから聞こえてきたその声は、優しく耳に伝わった。
この優しい声は、どこか懐かしく感じる声だった。
ご注文は、いかがいたしますか?と、よく喫茶店できいていた声に似ていて…
ってさ⁉︎
この声、まさか…
まさかそんなわけ…って信じられなかったけど、振り向いた先にいたのは…
「莉菜…」
「久しぶりだね、透」
莉菜は、白いパジャマに包まれていて、以前から細かったが今はもっとやつれていて、少し疲れた顔をして、パジャマがよりキャシャなイメージを引き立てている感じだ。
「え、莉菜…って今…」
「海外に行ってるってことになってるの。両親に心配かけたくなくてさ。わたし胃の病気でさ」
…
「そうなんだ…。あ、オレ医者になったんだ。だから、今後の治療とか、薬についてとかなんでも相談してよ?」
「うん、ありがとう。透かわったよね」
「えっ、ほんと?それは老けたってこと?」
「違うよ。いい意味で」
その言葉を聞いたオレは、心がポカポカになった気がした。
ふと、左手の薬指に視線をおとすと…指輪は、はめられていなかった。
莉菜は、オレの視線に気付いたのか、
「わたしね、大学入ったと同時くらいに石野くんとは、別れたの」
と、話してくれた。
「そうか。」
「うん」
まさかこの病院で、この中庭で莉菜と再会するとは、思わなかったな。
しばらく会わないうちに、莉菜の表情もかわった気がする。
前は、もっとオレを見る時はけいべつするみたいに見てきていたのに、今はあまりその視線は、感じない。
次の日から、どちらかが言い出したわけでもないのに、オレたちはよく中庭で会い、本の話をしたり、病気について話したりした。
治療法が、いくつかありさまざまな選択肢がある。
莉菜は、一生懸命治療の話を聞いた後に
「胃袋つかまれるっていうのは、こういうことなんだね」
って笑った。
莉菜が…あの莉菜がオレに向けて笑っくれるなんて…。
「莉菜…、それは意味が違うよね」
って、笑い返したけどほんとはあの時、涙が出そうだったことは、秘密にしておこう。
莉菜の治療は、とても辛いものだった。
副作用で吐いてしまったり、髪が抜けてしまったり。
それでも莉菜は、弱音をはかずに治療に専念した。
莉菜は、よく頑張った。
そしてオレは今日も中庭で、あの本をひらいて莉菜を思い出す。
空を見上げると、莉菜の笑顔を思い出す。
莉菜、今日も早く帰るからね♡と携帯に連絡して、笑みがこぼれた。
おしまい