中庭
オレは勉強を頑張っていたら、みんなからすげ〜って言われる大人になれた。
どんな大人ですか?って?
医者です。
ほんとは、医者と弁護士で迷いました。
しかし、弁護士はならなくても法律のそこそこの知識があれば、それなりに弁護士さんにあとは頼って、対策をさぐれるって思ったんです。
医者は、医師免許がなければ主治医にもなれないし、手術もできない。
でも…医者になっても莉菜には、どうか健康であって欲しい。
これは、いざという時の保険みたいなものだ。
どうか元気で
そう願い、オレはいつのまにか…もうすぐ三十歳目前。
莉菜は、とっくに結婚しているんだろうな。
あの頃のオレは、ほんとうにばかげていた。
若いって…無知って…
情けないな。
大人になって改めて思う。
もう一度、このままの記憶で昔をやり直せたら、なにかがかわっていたのだろうか?
そう考えながら、病院を後にした。
中庭では、ポツンとベンチに座った女性が読書をしていた。
随分と姿勢がいいな。
なんだか莉菜を思い出してしまう容姿だ。
思い出すというか、いつもおもっているというのが正解だろう。
でも、あの人は莉菜じゃない。
だって、莉菜は今海外にいると両親から聞いている。
詳しくは聞いていないが、結婚して旦那さんの海外出張にでもついていったんだろう。
夜勤明けは、なかなか寝付けない。
さっき中庭で読書をしている女性をみて、いつも莉菜が読んでいた本をふと思い出し、本屋へと足を運んだ。
しかし、もうどこにも置いていない。
でも、どうしてもあの本が読みたかったオレは、店員さんに取り寄せできないか聞いてみた。
すると、まだ在庫があるとのことだったので、お取り寄せすることにした。
なんだか、莉菜に少し近づけた気がして少し胸が熱くなった。
フッ…バカだなぁ。
昔は、あんなに近くにいてアピールできる時間がたくさんあったのに、散々な姿しか見せることができなかったなんてさ…
そりゃ、笑うしかないよ。
喜んだり、肩を下げたり、忙しい大人になったもんだなぁ。
…
本屋から出て、家に帰り布団に入ったが…
なぜか落ち着かない。
布団からガバッと起き上がり、いつのまにか病院へと向かっていた。
病院から家は、それほど遠くはない。
いるかな?どうか、まだいてくれ!
中庭にいたさっきの女性が、どうしても気になって仕方なかった。
もしかして莉菜なんじゃ…
海外に行っていると聞いていたので、そんなはずはないのだろうけど…でもなんだか胸騒ぎがするんだ。
どうかまだいますように。
早歩きは、慣れている。
いつも急患の連絡があると、命を救うために急ぐから。
でも、今は命を助けるためじゃなく莉菜に会いたい一心で、早歩きした。
…
でも、すでにベンチの辺りは薄暗く、そこに誰もいなかった。
…
そうだよな。
いるわけないんだ。
何時間も外出できるわけもないし、そもそも莉菜は、海外にいるんだし…。
さっきの早歩きとは違い、オレはノロノロと家に戻った。
家に帰っても、やっぱりなかなか眠りにつけなくて、困っていたがいつのまにか寝ていたみたいだ。
目が覚めると、涙が溢れていた。
いい大人が夢をみて泣くなんて…
夢は、高校生の頃の夢だった。
喫茶店で莉菜がエプロンをして、いらっしゃいませって、お客さんに笑顔を向けていた。
オレには、よく幼い頃に笑顔を向けていてくれていた。
…しかし、いつからかオレには笑顔を向けてくれなくなったんだよな。
オレのせいだけどさ…。
あまり眠れなかったので、ブラックコーヒーを流し込んで、病院へと向かった。
本…早く届くといいな。
オレの唯一の楽しみは、今は本を手元に持つことだ。
あと、つい中庭を眺めてしまうことだった。
当然、莉菜じゃないことを願っている。
でも、莉菜だったらって少し期待している自分が嫌になる。
だって、あの女性はおそらく入院患者だ。
莉菜には、健康であって欲しいのだから、莉菜じゃないにこしたことはない。
それから三日が経った。
知らない番号からの電話で、はじめは誰だろうって思ったのだけれど、すぐに思い出した。
本屋だ!
こんなにも本屋からの電話で、胸が高鳴るのは、珍しい。
早速帰りに、子どもみたいに心躍らせ、本屋へと足を運んだ。
続く。