第11話 ゴーレム、高位探索者を量る(前)
ご来店いただき誠にありがとうございます。
「誰が野猿だ。コスプレ不審者!」
柘榴に野猿扱いされた少年がわめく。
少年は髪が刎ねた短髪で11月になりかなり気温が下がってきているのに、長袖こそ来ているが上着もなく外で遊んでいたのか泥だらけであった。
「健、またそんなに服を汚して。お母さんに怒られるよ」
柘榴が手をワキワキさせているのを横目に、木葉が少年ーー健に話しかける。健は木葉に見つかってバツが悪そうにしている。ここで見つからなくてもどうせ後で見つかることになるが、健は嫌なことは後の方がいい派のようだ。
木葉は健の傍に行くと柘榴に振り返って、互いをを紹介する。
「柘榴、この子は健って言ってあたしの弟だよ。小学5年生なんだ。それで、健こっちのお姉さんは……うーん、なんて紹介すればいいかな?」
木葉はどのように紹介すればいいか悩むが、その隙を見逃す柘榴ではない。
「野猿、心して聞きなさい。私の名は柘榴。あなたの姉を名乗るマスターを調教する者です」
「名乗るって、あたしは正真正銘の姉だし、調教じゃなくて訓練とか特訓とか言い方あるでしょぉ!?」
「だから野猿じゃねーっての。ってかねーちゃん。調教ってナニしてたんだよ?」
さすが姉弟というべきか、突っ込みがよく似ていた。
それを見ている柘榴の口が三日月のようになる。
「ええ、サケル。ナニをしていたかと申しますと、ギルドの有象無象を巻き込んでナニをしようかと話しておりました」
もちろん木葉育成計画である。
「サルと名前混ぜんなっ!ねーちゃんこいつホントなんだよ!?ねーちゃんもギルドまで行ってナニしてんだよ!叡智なのはいくないぞ!」
「ナニもしてないし、叡智でもないよ!ただ鍛えてもらうだけだよ。もーっ、柘榴も健をからかわないで!」
柘榴が姉弟で遊んでいるのを麗華は微笑ましそうに見ていたが、時計を見て3人に声を掛ける。
「遅くなってきたから私はお暇するわね。柘榴さん、明日また来るわ。その時に空き部屋のカギを渡すわね」
「分かりました。それではまた明日に」
そうして、麗華は明日の約束をして帰っていった。意味が分からない健は頭に疑問符を浮かべている。
「おい、コスプレ女。ばーちゃんと何かすんのか?まさか、取り壊しとか言わねーよな?」
「ふっ。猿に似出来ることはありません。せいぜい、恐怖にふるえながら学校から帰るといいでしょう。ではマスター、私は用事を済ませてきますが、その前にこれを」
健にコスプレと言われたことを気にしているのか、少々意趣返しをしてから、木葉に8cm程の柘榴の姿をデフォルメしたような人形を渡す。
「わぁあっ、かわいい。これは……柘榴の人形?」
「どんだけ自分が好きなんだよ……」
3頭身の人形を抱きしめて、木葉が尋ねる。
柘榴の奇行に慣れていない健は引き気味だ。そもそも、出会ってまだ1日しか経っていないのに順応している木葉がおかしい。木葉はかなりタフな精神を持っているようだ。
「それはざくろちゃん人形です。私が傍にいないときのマスターの警護用ですので、傍に置いておいてください」
「えっ、警護用?」
「はい。それではざくろちゃんの性能をお見せしましょう。ざくろちゃん、突撃!」
柘榴がそう言うと、木葉の腕の中の人形が腕をほどいて飛び降りる。
着地するや猛烈な速度で背後に回り込み、頭突きをした。ーー健に尻に。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ」
健が断末魔を上げ、尻を押さえ前のめりに崩れ落ちる。
ざくろちゃんが健の尻の上に乗り「アイアムウィナー」とでも言うように腕を突き上げる。
「峰打ちです」
「頭の峰ってどこ!?健っ、大丈夫?」
「いちちちっ。尻が割れるかと思った……このコスプレ女」
「ざくろちゃん」
「わわあっ、ちょっとタンマ、タンマーーぎゃあああぁっ」
再度、健の尻が割れた。もう8つ程になっているだろう。尻がシックスパックである。
「うぐぐぐ」
「私のことは親しみを込めて柘榴様と呼ぶことを許しましょう」
「全然親しみこもってねぇ呼び名じゃんか。柘榴でいいだろ」
「野猿では至高の私の偉大さは、理解できないようですね。まあ、いいでしょう。マスター、それでは改めて、私は少し用事がありますのでまた明日」
「あ、うん。気をつけてね」
「はい、それでは」
柘榴はそういって、西風荘の敷地を出て行った。
「なんだったんだ…?」
その後ろ姿を見て健はポツリとこぼした。
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西風荘を出た柘榴は、周囲を見渡しながら人気のない方向へ歩いていく。
薄暗くなり大通りでもない道は、かなり人の姿がまばらになっていた。
そのような道を特に目的があるようでもなく、まるで散歩をしているかのように歩いていく。
やがて小さな公園を見つけて入っていき、中ほどで立ち止まると入口の方に目を向ける。
そこにはスーツの男が立っており、その周りに4人の武装をした男たちが立っていた。
もちろん現代でも銃刀法はあり、探索者の武器類は専用のケースで持ち運びが義務づけられている。
「それで……ずいぶんと熱心に見ておられましたが、至高の私に目を奪われてしまうのというのは仕方ありませんが、熱烈過ぎて穴が開いてしまいそうですね。下等生物ごときがこの私を不躾に見るなど、烏滸がましい事とは思いませんか」
柘榴の物言いにスーツの男は動じなかったが、周りの男たちは色めき立つ。
「藤堂さん、この生意気な人形なんぞやっちまいましょう」
「まあ、待ってください。彼女を壊してしまっては、アイテムを見つけられないかもしれないではありませんか」
男の短絡的な言葉に、スーツの男ーー藤堂、がたしなめる。
「柘榴さん……と言いましたか。どうでしょう、私たちはA級探索者クラン<黒竜の牙>と申します。私はサブマスターの1人で藤堂忍と申します。私たちのクランで咲乃さんを育ててあげますので、貴女もいらっしゃいませんか?F級のお嬢さんがA級クランに所属できるなど滅多にない良いお話だと思いますが」
「そうだぜ、こんなイイ話を断るわきゃないよな」
藤堂の優越感をにじませた誘いに、周囲の男が同調してはやし立てる。
それを大人しく聞き……流していた柘榴は、感情を滲ませない声で答える。
「失格です。消えなさい」
柘榴の返答に周囲の男たちが騒めくが、藤堂は少し困った顔を作る。
「いいお話かと思うのですが、何故でしょうか?」
「ふん。まず、この私の美しさでなく宝物庫狙いというのが気に入りません、それに至高の私のマスターが貴方達の様に下劣になってしまっては困ります。何より……下等生物ごときが、至高の私に上から物を言うなどと……身の程を弁えなさい。というものです」
虚を突かれた藤堂は一瞬ぽかんとするが、やがて、くつくつと笑い始めた。
「そこが1番なのですか。どうやら、話し合いの余地はないようですね。いいでしょう、では最も手っ取り早い方法をとりましょうか。お前たち、こいつの四肢を砕きますよ。まだ壊してはいけませんよ」
「最初っからそうしてりゃあよかったんじゃないですかい?」
男の1人の言に藤堂は肩をすくめる。
「大人しく所属してもらえるなら、その方が手間が省けるでしょう。咲乃さんの方は後で拐いましょうか。おもちゃも増えますしね」
「なるほど、そりゃあいい。さすが藤堂さんだぜ」
藤堂たちのやり取りを黙って見ていた柘榴は、予測はついているが気になっていたことを尋ねる。
「貴方達はギルドにいたと記録しています。私が竜崎という輩を倒していたところも見ていたと思いますが、あれは一応強者だったのではありませんか?」
柘榴の問いに、藤堂は小ばかにするように答える。
「ああ、竜崎君は確かに殆どA級と言ってもいい実力を持ちますが、あくまでB級です。しかも、1人で、不意打ちでしたでしょう。しかし、ここにいるのは正真正銘A級のパーティで、レベルも120前後の者達です。私などは140を超えているのです。あなたが珍しいタイプのミスリルゴーレムであろうと、ゴーレム程度に負けるはずがないでしょう」
どうやら、藤堂は柘榴をミスリルゴーレムと思っているようであった。
マナメタルで作られた竜崎の鎧をへこませた拳の強度をみて、現状存在しうる最高の素材を考えたのであろう。
そこは地球にミスリル以上の金属素材が発見されていない以上は仕方がないことであるが、藤堂は決定的な部分で読み違えていた。
中層から下層あたりで採取されるミスリルで、下層の魔物を正面から撃破して無傷などという事が出来ようはずがないということを。
少し長くなったので前後編に分けます。後編は13日7時更新します。
掛け合いは書いていて楽しいのですが、文字数をとってしまいますね。