過ぎ去りし雛祭りの思ひ出ボロボロ、心ズタボロな話〜2-1までの登場人物を添えて〜
シン型神話物語(https://ncode.syosetu.com/n8699jo/)の突発外伝です
2025年のバレンタインデーに思いついたネタを季節が過ぎて雛祭りに流用しました
本編とは特に関係がありません
本編を読んで貰えれば登場人物間の関係は分かり易いかと思います
俺、我道心牙は勇者だ。勇者と言っても昔話やゲーム、小説で活躍する御伽噺の存在じゃない。勇者ゲームというソーシャルゲームで実際に勇者に変身して、不条理と戦うソシャゲ現代勇者だ。勇者というよりは変身ヒーローに近いが、勇者ゲームを管理・運営している神々は頑なに「勇者」の呼称に固執している。理由は知らない。
だが今日は勇者稼業はお休みだ。何故なら
「誕生日おめでとーーー!!!」
俺、にこやかに笑って言った。前髪で目は隠れているけど、二人には伝わるだろう。
「「ありがとう!」」
俺のかわいい妹の雛凪と雛泰もまたにこやかに笑って応える。
四人掛けのテーブルに妹の雛凪と雛泰の双子が隣同士で座り、双子二人を視界に収める位置に俺が座ってる。
俺たち兄妹三人の間には三段重ねの豪華なケーキと、俺が作った我道家秘伝のカレーが入った鍋、三人それぞれの皿に盛り付けた特製オムカレーが置いてある。
妹の誕生日に、勇者ゲームをプレイする兄がどこにいる?
「お前たち、ホントにプレゼントはオムカレーだけでいいんだな?」
「にぃさまの、カレー、すき!だから」
「強いて言えばあ〜んしてくれたら最高かも!」
俺は双子の要望に答え、オムカレーをスプーンで掬い、それぞれの口に交互に入れる。雛凪はオムカレーのカレールー多め、雛泰はオムカレーのオム多めで。
「おーいひー!」
「……ね」
今日で11歳になる双子が幸せそうに微笑む。かわいいね。
双子の姉のほうである雛凪は、やや引っ込み思案で控え目な性格の大人しい女の子。甘えん坊だけど記憶力がよくて芯が強くてしっかりもの、まるで愛らしい子犬のよう。前髪から覗く左目がキュート。リボンやフリルが多いカワイイ系の服装が好み。
双子の妹のほうである雛泰は、わんぱくで自称天才で運動も勉強も得意な元気な女の子。実は寂しがりやで人と触れ合うのが好き。ちょっと生意気な弟みたいな妹。前髪から覗く右目がプリチー。ショートパンツやTシャツみたいなラフな格好ガ好み。
今日はたのしいひなまつり、今日はたのしい双子の誕生日。俺には、双子が産まれた日、今は亡き両親が「雛祭りに産まれたから雛の字を使いたい」と名前について話し合っていた記憶がある。
その時は「画数多くて書くのダルそう」「マリアとかアリスがいい」等と考えていたものだが、こうやってカレーを食べさせていると、雛鳥に食事を与える親鳥の気分でとても幸せだ。
「ケーキもあるぞ!これは、どうやって切り分けるんだろうな」
いつも忙しくていないこの家の本当の主が、買って手配した誕生日ケーキだ。ウェディングケーキのように巨大で三段重ね、普段会えないからってあの人も大概過保護だと思う。倒れないよう持ってきた宅配業者には同情する。
「ケーキ入刀しよ!ケーキ入刀!」
「ねー」
「そういうのは好きな人とやるもんだぞ」
カレーを口周りに付けたままの双子がはしゃぎ出す。あーんで食べさせてるのに、何で口周りに付くのか。まったく世話がやける妹だ、かわいいね。
「にぃさま…すき、だいすき」
「ぼくもだいだいだいすきー!」
「俺も!」
右に上の妹の雛凪が、左に下の妹の雛泰が、そして真ん中に俺が挟まって三人で大きな包丁持ち、ケーキにその刃を入れる。双子の体温が俺のトラウマを上回る。
見てるか、父さん母さん。俺たちは幸せだ!俺は二人の分まで二人を育てたぞ!だから、俺も、そっちに
『神からの啓示です!神からの啓示です!』
オフにしてる筈のスマホから、勇者ゲームの告知が鳴り響く。クソゲーにこの幸せな一時を邪魔されてなるものか!ガン無視だ。
『神からの啓示です!神からの啓示です!神からの』
「うるせぇー!」
思わず叫んだ瞬間、周囲の景色が変わった。
見慣れたいつものマイルーム。家具無し装飾無し記念品無しの質素な空間。
「な、なにーーーーっ!?」
……煮え滾るチョコレートを全身に滴らせた全裸の魔王ファリファー・ファラフナズ・ファロゥマディンと、その姿をスマホでパシャパシャ撮影しているヴィヴィアン姫がいた。
「お、俺のかわいい妹たちは!?!?」
「おぉ、我が勇者ああああよ!生誕の儀を執り行おうぞ」
ぐつぐつと踊るチョコレートを浴びて尚無表情なファロゥマディンが両手を広げる。コイツは人間ではなく邪神、あるいは魔王と呼ばれる高次情報思念体の一体で、肉体を構成しているのは物理的な肉よりも情報のほうが多い生物だ。
頭にはドラゴンの頭蓋骨が、背中には骨の翼が、腰の後ろからは蠍の尾を生やした真っ白い女が、今は全裸に煮え滾る黒いチョコレートを被っている。煮え滾るチョコ程度では火傷にすらならないらしい。チョコレートで色々見えないのは良かったのか、悪かったのか。
「一体何がどうなってやがる……」
俺は思わず頭を抱える。そこで気付いた。俺、アバターアーマー状態だ。額の☓字の焼印を隠すためのフルフェイスヘルメットのような兜と、心の弱さを覆い隠すためのパワードスーツ系の鎧。名前は「ああああ」だ。
俺、いつの間にか勇者ゲームをプレイしていることになっている。クソゲーめ、遂にバグりやがったか。
「貴方、折角わたくしたちがお誕生日をお祝いに来て差し上げましたのよ? 少しはよろこんでは?」
ヴィヴィアン姫がスマホで撮影する手を止めずにこちらの顔を覗く。金髪縦ロールにフレアスカートのドレスを着込んだ名前通りのお姫様みたいな見た目……から繰り出される抜き身の刀のような性格の女である。どういうわけかこの邪神のファロゥマディンに惚れている、ロックンロールな勇者だ。
「いや、そもそも俺の誕生日は今日じゃないが?」
俺の誕生日は4/1だ。エイプリルフールと一緒だから「今日が誕生日っていう嘘でしょ?」と昔からよくからかわれる。そもそもなんで今日が誕生日だと思ったんだ、この姫様と駄邪神。
「バースデーログインボーナスを届けに来ましたなー!今年は運営神ヤハウェイ・ヤルタハオト様のヴィジュアルポスターですなー!」
どこからともなく現れた頭がピラミッドで体がメイド服の運営の手先、本来はエジプト神話の豊穣神バステトであるジャジャミラ・バステットさんが、殺風景なマイルームの壁に金色のポスターを貼り付けた。砂色のピラミッドに浮かび上がる猫の顔が笑っている。
金一色で無駄にキラキラしている無駄なポスター?が、何もない壁で無駄な自己主張を始める。流石はトップ・オブ・無駄クソ運営、やることがクソ無駄だ。
「俺の誕生日は今日じゃないんだけど!?」
ナビゲーター役も務めるジャジャミラなら何か分かるかと一応再び声に出してみた。そもそも誕生日をこのクソゲーに入力した記憶がないし、去年は何も無かったぞ……?
「未記入の場合!最もチカラある数字である3を元に、3月3日がデフォルトになっているのSA!」
勇者ゲームの運営を行っている聖十字教の唯一神、ヤハウェイ・ヤルタハオトの声だ。要らない無駄情報をありがとう金色の無駄ゴミポスター。あとで燃やそう無駄紙ゴミ。
「ハッピーバースデー!センパイ!」
いつからそこにいたのか、背後からの不要な祝福の言葉に振り返ると、満面の笑みを浮かべたジョージアが、花束を差し出していた。
コイツは何故か魔法少女風の格好に身を包んだ少年だ。俺を運営《神》の敵だと思って排除しにきた、狂信者だ。
「どの口が言ってるの。ねぇ、どの口が言ってるの」
大事なことじゃないから、何度でも言ってやるよ。
「この可愛らしいお口ですね!」
「そっか、俺を罵って殺そうとしたお口がかぁ」
チョコレートの中に隠しきれない柘榴の香りを漂わせた魔王が、ペタペタと足音を立てて俺の視界に入り込んでくる。
「我が勇者ああああよ!生誕の儀を執り行おうぞ!」
「お前は何を言っているんだ」
「わたくしが『誕生日には全身にチョコレートをかけてハグしあう風習がある』と教えて差し上げたのですわ!」
Oh,Crazy Princess.裸の魔王様を見たいだけだろ、この姫様は。
「チョコレートなのは元々この短編がバレンタインデーの話の流用だからDA」
意味不明に意味不明を重ねる不燃ごみが何かを喋っている。こういう奴は反応すると付け上がるんだ、スルーしとくか。
「姫様ぁ!御生誕おめでとうございますぅぅうううううううう!!!」
壁を突き破ってバカがもう一人追加された。たぶんバカは「誕生日」とだけ聞いてヴィヴィアンの誕生日だと勘違いしたんだろう。
粉塵の中から現れたのは全裸にリボンだけ巻いた中性的な美女だった。ロボアニメ好きだけど特大のバカである。
「む、勇者ああああに、勇者ジョージアも招待されていたか」
全裸リボンのバカが胸を張る。局部は隠されているとはいえ羞恥心とかないのかねコイツには。
「一応聞いてやるが、なんだその恰好は。恥ずかしいと思わないのか」
「姫様の御生誕に、私をお送りしようと思ったまでのこと!この日のために鍛えた肉体の、どこが恥ずかしいというのか!」
そう言ってピッキオーネンはポージングをキメた。アブドミナルアンドサイという、腹筋を強調するポーズ……だと思う。僅かに割れた腹筋に尚且つ女性的な肉感も残る見事なプロポーションだ。バカだけど。
「恥ずかしいのはそのスポンジのようにスカスカの頭ですわ」
ヴィヴィアンに指摘されたピッキオーネンが目を見開いて驚愕の表情で自身の頭に両手を置く。頭髪のことじゃねーよ。
「クソッ、これじゃまるで悪夢だ……」
どうやら俺の誕生日を祝いに集まってくれたようたが、正直やめて欲しいから、俺は頭を抱えて蹲る。
「「「「「「ハッピーバースデー!トゥーユー!ハッピーバースデー!トゥーユー!」」」」」」
その場にいる俺以外の全員がとてもいい笑顔でハッピーバースデーを歌い出す。正直、悪夢以外の何ものでもない。
ん?待て、他は兎も角ファロゥマディンの笑顔なんて見たことないぞ。付き合いは短いが、満面の笑みなんてアイツは浮かべるのか?それも「背教」の権能を持つ「逆天竜魔神王」が、聖十字教教由来の歌を歌う?
そもそも妹たちの誕生日は今日3月3日で11歳になる。4月以降に出会ったヤツらが知り合いなのはおかしい。妹たちとの誕生日会からが夢なのか?
これが夢なら、この夢から醒めるには、どうすればいい?
これが、俺の……否、アイツが見せている夢ならば。
「俺は、誕生日プレゼントに、皆から制裁を受けたい!」
夢から醒める方法……痛みだ。痛みなら俺は目醒めるだろう。
「おめでとうございます!センパイ!」
ジョージアが十字架型の杖とも槍とも区別がつかない神器アズガノンで俺を殴り付ける。最初がお前でちょっと安心したよ。俺を排除しようとしたもんな、お前。殴打されたが痛みはない。
「おめでとうございますわ!」
ヴィヴィアン姫が日本刀型の神器ソハヤノホシマルで躊躇なく俺の首を跳ねた。相変わらずRockなお姫様だこと。刃は首をすり抜けた。僅かに痛い。
「神の祝福を与えYoYoYeah!」
金のポスターから金色の光線が放たれる。ちょっと痛いがそれだけだ。……期待外れ。
「おめでとうございますなー!」
ジャジャミラさんが、爪を伸ばして猫パンチの要領で俺の顔を引っ掻く。痛いが血が出るようなこともない。
「おめでとう!」
ピッキオーネンがビームハルバードで俺を両断する。痛い。一瞬顔が歪む程度には。バカだけど実力はありそうだし。
「「「おめでとう」」」
三人の男が同時にドロップキックを叩き込んできた。痛みは、ほんのりと。……誰だっけ?三人とも見覚えはある顔だけど。
「「おめでとー」」
小柄で身体が薄い少女と、角張った全身鎧の女性らしき人物が同時に殴ってきた。痛みはない。誰だよ?ジョージアが礼を言っているから、ジョージアの関係者か?なんで夢に?
「わたしは暗黒界の主、エレボバス。盟友ファリファーの名において、キミに祝福を齎そう。」
フードを被った人型のシルエット、あるいは空間にぽっかり空いた洞窟のような存在から無数の影の手が伸びてこちらを殴り付けてくる。痛みは……少しだけ。ファロゥマディンの知り合いの高次情報思念体だろうか。
「汝……またも夢に囚われているか」
最後に、ファリファー・ファラフナズ・ファロゥマディン。巨大な黒い骨だけのドラゴン。逆天竜魔神王。柘榴、暗黒、そして人骨。思えばコイツと出会ってから、色々おかしい。前にも悪夢から救われたことがある気がするが……。
「悪夢は、たぶん日課なんだよ。俺に闇堕ちして欲しいヤツがいるみたいでね」
俺は俺の神器レイガルダインを背中から取り出す。いつもの「9つの鍵」に分割された状態ではなく、レイガルダイン本来の姿だ。
「ヒョホホホ、よく気づいたな!」
レイガルダインと重なるように、道化師の影が現れる。
「ロプトールお前さ、ホントにあれで俺をどうにかしたいのか?」
幸せな記憶からの落差を表現したかったのかもしれないが、露骨過ぎだろ。
「いや、今日はただのお遊びさ!俺ちゃんも悪夢ばっかりだっと面白くないんでね!」
俺の夢で遊ぶなよ!との言葉はあえて飲み込み、無言でレイガルダイン本体に膝蹴りを叩き込む。何の苦もなく、破壊不能な筈の神器が折れた。まぁ夢だし。道化師の影も霧散する。次遊ぶならせめて死んだ父さん母さんを連れて来いよ。
「我が勇者ああああよ!神を差し置いて自らを罰するとはなんたる傲慢、天への素晴らしき冒涜!か弱き勇者よ、これが我が褒美の神罰と識れ!」
巨大な暗黒の顎が俺の眼前に迫る。
「汝を倒すは我、我を倒すは汝なり! 勇者よ、立つべし!」
巨大な暗黒の顎が地獄門の如く開かれ、俺を頭から呑み込む。よかった。思わず口元が緩む。
俺は「幸せ」なままじゃダメなんだ。
もっともっと……
なんだっけ?
気が付くと朝で、一緒に寝ていた双子から寝返りと一緒に顔面パンチを受けていた。
そうして今日も俺の一日が始まる。