7 Aランク試験です
「お待たせ~。」
「ナャンニャン。」
「すっごく儲かったからまた串焼きを買ってあげるね。」
「ナャンニャン。」
「明日Aランクの試験をしてくれるんだって。」
「ナャン(Aランクって何だ)?」
「Aランクだと貴族扱いなんだよ。凄いでしょ。」
「ニャン(サララちゃんは貴族だよね)?」
良く判らないけど帰りにも串焼きを買ってくれたからまあいいか。
今日はAランクの試験。
吾輩も見学させて貰えると言うので一緒にギルドの訓練場に行った。
「こんにちは。」
「おう、待っていたぞ。こいつが試験の相手をするAランク冒険者のチビルだ。」
「サララです。これは猫のシロよ。」
「おいおい、俺の相手は子供と猫か? しかもこの猫間抜けな顔をしているぞ。」
吾輩のイケメン顔が間抜けな顔?
人間風情が思い上がるな。
「シャァ~!」
毛を逆立てて殺気を当てた。
おっさんが蒼白になって固まった。
「・・・・。」
股間からポタポタと雫が落ちている。
「どうした。」
ギルマスがチビルの異変に気が付いた。
「こ、こいつと戦うのか?」
震えながら吾輩の方を指している。
「いや、試験を受けるのはこっちのサララちゃん一人だ。」
「お、おう。すぐ戻るから少し待ってくれ。」
チビルがドアの方に駆けて行った。
たぶんズボンを履き替えに行ったな。
チビルが戻って来たので試験開始。
「試験はどちらかが負けを宣言するか、試験官の終了の声が掛かるまで時間無制限で戦って貰う。魔法、魔道具何でもありだが殺すのは禁止だ。怪我なら治癒魔導師が待機しているから思い切り戦って良いぞ。」
「はい。」
サララちゃん嬉しそう。
思い切り戦うなんてあまりないから楽しみらしい。
吾輩は観客席で応援。
観客席には大勢の冒険者が見学に来て居る。
吾輩は最前列の関係者席に入れて貰えたので良く見える。
手摺に前足を乗せ、上半身を乗り出して応援する。
「ナャンニャニャンナャ(頑張れ頑張れ)!」
訓練場の中央でサララちゃんとチビルが向かい合った。
訓練場の隅で試験官らしいおっさんと魔導師らしいおっさん達が二人を見つめている。
「始め!」
いよいよ試験開始だ。
「さあ、全力で掛かって来い。」
チビルが余裕を見せて剣をだらりと下げる。
「行きます、風刃。」
サララちゃんが声を上げて風刃を撃つ。
牽制用の大きな風刃だ。
チビルが軽く躱す。
「そんなへなちょこ魔法では当たら・・。」
コースを変えて戻って来た風刃がチビルの右手を飛ばした。
「ギャア~ッ!」
「あっ、ごめんなさい。」
サララちゃんが焦って腕を拾い、チビルの肩にくっつけて治癒魔法を発動した。
「治癒。」
吾輩もびっくりした。
まさかあんな簡単な魔法で利き腕を飛ばせるとは思わないよな。
通り過ぎた風刃が戻って来るのは常識。
このおっさんは常識を知らないらしい。
試験官も口をあんぐりと開けたまま。
「済みません、今度は剣で行きます。」
サララちゃんが魔纏いで身体強化するとチビルの懐に飛び込んで剣を振う。
チビルが慌てて避けようとしたが間に合わずに右足を切り飛ばされる。
「ギャアァ~ッ!」
「済みません。治癒。」
サララちゃんが慌てて右足を拾うとすぐに治癒魔法を掛ける。
何なんだ、チビル弱すぎだろ。
試験官も口を開いたまま固まって終了の合図をしない。
チビルも呆然として負けを宣言出来ない。
「今度は素手で行きます。」
剣を鞘に戻し、フェイントを掛け乍ら拳と蹴りを連発する。
拳が8発と蹴りが3発、まあまあだな。
必殺技は封印したようで玉は無事だ。
あちこちの骨が折れたようでチビルが崩れ落ちる。
サララちゃんがキョロキョロと試験官を見回すが、試験官は固まったまま。
「えっと、治癒。」
治癒魔法を掛けてからチビルが立ち上がるのを少し離れて待っている。
チビルがよろよろと立ち上がった。
「えっと、今度は・・・。」
「待て待て待て、終了。試験は終了だ。」
漸く試験官から終了の声が掛った。
チビルは崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
股間から湯気が立つ物が流れ出ている。
「今の攻撃見えたか?」
「当たったらしい音は何回も聞こえたが動きは全然見えなかった。」
「あいつは化け物か?」
「チビルさんがちびっているぞ。」
「全く手も足も出なかったな。」
「ああ、あいつ実力はSランクだぞ。」
「絶対に近寄らないぞ。」
「ああ、命がいくつあっても足りねえな。」
観衆が騒いでいる。
「ともかくギルマス室に来てくれ。おい、チビルを頼むぞ。」
ギルマスがサララちゃんを訓練場から連れ出した。
吾輩もサララちゃんを追いかけてギルマス室に行く。
ギルマスの向かい側に腰掛けたサララちゃんの横に座った。
「えっと、済みません?」
「いやいや謝るのはこちらだ。試験官が驚き過ぎて終了の声を掛けられなかった。すまん。」
「とんでもないです。」
「サララは治癒魔法も使えるんだな。」
「あまり使った事が無いのでちゃんと治っているのか心配です。」
サララちゃんも吾輩も怪我する事は無いから仕方がない。
「治癒魔導師がきちんと検査するから大丈夫だ。それにしても強いな。」
「まだまだです。シロの方がずっと強いですから。」
「この猫も強いのか?」
「はい、私の師匠ですから。」
「ナャン。」
前足を伸ばし、ちょっと胸を張った。
「そ、そうか。ともかく試験は合格だ。これからも頑張ってくれ。」
「はい。」
王立学院入学試験会場
「次の組。」
「「「「はい。」」」」
武術の試験は得意な種目ごとに行われる。
俺は剣術の担当なので訓練場で受験生の相手。
まあ12歳のガキ相手なので子守りみたいなものだ。
次の組が入って来た。
さて次の受験生はどんな奴かな。
椅子から立ち上がり、受験生と向き合った。
「「あっ、ああ~っ!」」
お互いに腕を上げ、相手を指さして叫んでいる。
2人が同時に声を上げたので周りの視線が集まるのを感じるが今はそれどころでは無い。
「先日はご無礼致しました。」
俺は深々と頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。本日もよろしくお願い致します。」
受験生が俺に向かって丁寧に挨拶する。
”本日も“?
”も“って何だ?
今日もこの間のようにするぞっていう意味か?
背筋に汗が流れる。
冗談じゃない。
治癒魔法で治してくれたけど、めっちゃ痛かったんだぞ。
手が飛んで行ったのが判った時の驚き。
足を切り飛ばされて体が傾いていく時の恐怖。
全身の骨が次々と折れて行く嫌な音、今でも時々夢を見て夜中に飛び起きるのだ。
戦うという選択肢などかけらも無い。
「とんでも御座いません。あなた様は試験を受ける事無く合格で御座います。」
「「「「えっ、ええ~っ。」」」」
周りから声が上がるが今はそれどころでは無い。
「チビル殿、それはちょっ・・」
学院の先生が口を挟もうとする。
「この方はAランク冒険者ですが実力はSランク、私など足元にも及ばぬ達人で御座います。試験などというおこがましい事は私には出来ません。」
「「「「えっ、ええ~っ。」」」」
先日のAランク試験の事を話したら試験官全員一致で128番は最高点となった。
辛うじて恐怖の再現は免れた。