第五話 大事なことは早く言って
学校に行って、友達と遊んで、たまにお父さんと野球をして。
そうやって毎日を楽しく過ごしていたら、あっという間に二年が経とうとしていた。
明日から僕は三年生だ。
ついに藤宮スポーツ少年団に入れる。プロ野球選手への第一歩だ。
「ただいまー」
高ぶる感情を何とか堰き止めていた僕だったが、お父さんが仕事から帰ってきたことで、堤防はあっさりと決壊する。
ご主人様が返ってきた時の従順な飼い犬のように、僕は玄関へと走る。
「お父さんお父さん! 明日からだよ! やっと始まるんだよ! お父さん来るよね? 楽しみだな、早く明日にならないかな」
「そうだな。お父さんもお母さんも行くぞ。咲の晴れ舞台だ。この目に焼き付けておかないとな」
最愛の娘の入学式での姿を想像しているのか、頬が緩んでいる。
「違うよお父さん! そんなことはどうでもいいんだ。僕が言ってるのはスポ少のことだよ」
「なんだ、そっちのことか。……ってどうでもいいとはなんだ。可愛い妹が小学校に入学するんだぞ。翔はひどいお兄ちゃんだな。なぁ咲」
靴を脱ぎ終えたお父さんは猫なで声で咲の名を呼び、ぎゅっと抱き寄せる。
「お父さんおかえり。翔なんてほっといて早くご飯食べよー」
捨て台詞を残してリビングへと向かう咲への怒りと、お父さんが僕のスポ少入団よりも咲の入学式の方が大事だったという悲しみが僕を襲う。
感情を処理しきれずに玄関で呆然と立ち尽くしていると、放心状態となっている僕に気付いたお父さんが声を掛ける。
「翔も早くおいで」
「う、うん」
生返事をしながらリビングに向かってゆっくりと歩を進める。
「あ、そういえば……明日じゃないぞ、翔」
「何が?」
「何がって、スポ少だよ」
足が止まる。お父さんが何を言っているのか分からない。仕事のし過ぎで壊れてしまったのだろうか。
何も言わない僕にお父さんは続ける。
「明日は入学式だからないんだよ。スポ少は明後日から始まるんだ」
「えっ……そうなの?」
「そうだよ。翔に言ってなかったかな~」
お父さんは苦笑いを浮かべながら指でこめかみを掻く。
そんなことは一言も聞いていない。聞いていれば、興奮を抑える必要はなかったのに。
そもそも興奮する必要もなかったのに。
大事なことは早く伝えてほしい。
「聞いてないよ! 明日楽しみにしてたのに」
お父さんは少し困った顔をしていたが、僕は無視して横を通り越し、リビングに向かう。
僕がスポ少に入団することよりも咲が小学校に入学することの方が大事なお父さんからすれば、スポ少が明日からだろうと明後日からだろうとどうでもいいのだろう。
その証拠に今日のお父さんはいつもより上機嫌だった。




