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ぼくとお父さん  作者: 青野 乃蒼
最終章

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23/29

第二十三話 いふ

 あれから一ヶ月が経った頃、新体制となって初めての試合が行われた。

 公式戦ではないが、チームの今後を占う大事な一戦だ。


 僕にとっても、これが初の対外試合になる。

 試合に出られるかは分からないが、いつでも出られるよう心の準備はしておこう。


 新体制初の試合であることに加え、試合会場が藤宮小学校だったこともあり、多くの保護者が観戦に来ている。お父さんもその一人だ。



 試合は、チャンスを確実にものにし、要所をきっちりと抑えるという完璧な試合運びで進んでいった。5回が終わって、七対零。藤宮スポ少がリードしている。


 勝ちが見えているというのもあり、先ほどの回から控え選手が試合に出始めている。

 まだ五年生は使われていないが、出られる可能性はある。僕は密かに期待を膨らませていた。


 そんな折、六回表の攻撃が始まる直前に、監督はベンチを見た。

 僕と視線が合う。


「立花。次、代打いくぞ。準備しろ」


「はい!」


 きた! ついに僕の出番だ。

 絶対に打ってやると闘志をメラメラと燃やしながら、ネクストバッターズサークルで待機した。


 先頭打者が打ち取られバッターボックスに入る。いつものルーティンをして気持ちを整え、体制完了。


「プレイ!」


 今日のピッチャーはそこまで球速が早くない。僕は初球から積極的にいくことにした。


 初球のストレートをフルスイング。

 しかし、惜しくも球はバットを掠め、後方のバックネットに飛んで行った。


 タイミングは掴めている。後はしっかり球を見て捉えるだけだ。


 迎えた二球目もストレートだった。次はしっかりと捉えた。


「ファール!」


 捉えはしたのだが、タイミングが早く、打球はレフト線のわずかに左に落下した。


 しまった。待ちきれなかった。でも大丈夫だ。打てる自信しかない。


 三球目を迎え撃とうとバットを構えたとき、ふと、去年の出来事が思い出された。


 あのときは確か、三球目を見逃して三振してしまった。あの後、お父さんに怒られたんだ。

「バットを振れ」と。


 今日もお父さんが見ている。見逃し三振は許されない。また怒られるのは嫌だ。怖い。嫌だ。


 怯えで体が硬直し、全身に変な力が入っているのが分かる。でもどうしようもなかった。


 三球目は明らかに外したボール球だった。でも僕はバットを振った。振るしかなかった。

 怒られたくなかったから――。


「ストライク! バッターアウト!」


 試合が終わるまで、お父さんがいる観客席の方向を見ることができなかった。



 試合は藤宮スポ少が勝利を収めた。試合後の道具整理をしていると、お父さんが僕の名前を呼んだ。


「翔、ちょっと来い」


 予想はしていた。でもお父さんの顔を見ることができない。表情は、見ずとも声色だけで分かる。


 片付けを中断し、震える足を引き摺りながら、何とか付いていった。


 着いた場所は去年と同じだった。あのときの記憶が鮮明に(よみがえ)る。怖い。逃げたい。

 そう思いながらも、そんな勇気を僕はこれっぽっちも持ち合わせていない。


「なんであんなクソボールを振ったんだ」


 僕は顔を上げた。目の前にいるのはお父さんだ。

 でも僕には鬼に見えた。


 恐怖で体は冷たくなっているのに、全身から汗が噴き出す。怖い、怖い、怖い……。


 何か言えるはずもなく黙っていると、お父さんは痺れを切らし、吐き捨てるように言った。


「野球やめてしまえ」


 僕は泣いた。ひたすら泣いた。

 でも声は出さなかったと思う。怒られるのが怖かったから。


 ただ、これ以上の記憶がない。


 この後、お父さんに何を言われたのか、どうやってグラウンドに戻ったか。

 それら一切を覚えていない。僕にとってあの一言は、それほどまでに強烈だったのだ。


 でも一つだけ、はっきりと言えることがある。


 僕はこの日を境に、お父さんをお父さんだと思えなくなった。

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