第二十一話 夢のまた夢
バットとヘルメットを片付けてベンチに戻る。
視線の先には、目をキラキラと輝かせた烈が、羨望の眼差しでこちらを見つめていた。
烈の隣に座ろうと近付いていくと、烈は僕が座るのを待たずに話し始めた。
「翔、やったな! おめでとう! いや~すごいわ」
「何が凄いの。三球三振だよ。褒められるところなんて一つもないよ」
「結果はそうかもしれんけど、試合に出れたことに価値があるわ」
「そうなのかな」
「そうやって。四年で一人しか出てないんやから。これは凄いことやで」
「そんなに言われると、なんだかそんな気がしてきたよ。一打席でいろいろと学ばせてもらったし」
先ほどのシーンが脳裏に映し出され、思わず苦笑してしまう。
「実際に凄いことなんやから、そう思ってもらわんと困るわ。翔だけ出れてずるい。ほんま羨ましいわ」
烈は思ったことをそのまま口にするし、顔にも出る。実に表現力豊かだ。
だから、本当に羨ましく思っているということが伝わってくる。
真っすぐな賞賛と羨望の言葉が、僕の心の灯りを少し取り戻してくれた。
烈、ありがとう。
「アウト!」
僕が次の言葉を発しようとしたとき、三人目の打者が打ち取られ試合が終わった。
僕たちは立ち上がり、試合開始前と同じく、グラウンド中央に整列し礼を交わした。
ベンチに戻る途中、ベンチから少し離れたところにお父さんが立っていることに気付いた。
お父さんは、僕と目が合うと手招きをした。
いつもなら微笑んでいるはずのお父さんが、今はなぜか無表情だ。
ベンチを通り過ぎてお父さんに近付いていくと、「ついてきなさい」とだけ言い、グラウンドから離れていく。
いつもと違うお父さんの雰囲気に、畏怖の念を抱かずにはいられなかった。
それでも僕には付いていく以外の選択肢はないので、恐る恐る付いていった。
グラウンドから見えないところまで進んだところで、お父さんが止まる。
お父さんは振り返り、僕を見据えて口を開いた。
「何で最後振らなかった」
その声には怒気が孕んでいると感じた。怖くなって何も言えない。
「何で最後振らなかったんだ」
僕が何も言わないことに業を煮やしたのか、先ほどより口調が荒い。
委縮して何も考えられないが、これ以上怒らせるわけにもいかない。
「それは……」
何か言わなければ、と思えば思うほど何も思い浮かばず口ごもってしまう。
これが僕の精一杯だった。そんな僕にお父さんは容赦なく告げた。
「バットを振らなければ打つことはできないだろ。あんなスローボールを何で見逃すんだ。今まで何を練習してきたんだ」
見逃したくて見逃したわけじゃない。打ちたくなくてバットを振らなかったわけじゃない。
ただ単純に実力不足なだけだ。
でも、怖くて言えない。うつむくことしかできなかった。
「こんなもんではプロ野球選手なんて夢のまた夢だぞ。諦めた方がいいんじゃないのか」
そんなことまで言われると思わなかった。
怖さと悔しさが頂点に達し、自然と涙が頬を伝う。止めることができない。
「もういい。戻って片付けしてこい。それと、泣くな。涙を拭いてから行けよ」
なぜお父さんがここまで怒るのだろう。もう何が何だかさっぱり分からない。
腕で乱暴に涙を拭き、踵を返す。何事もなかったように、僕はグラウンドへと戻った。
この日からだ。僕が試合で打てなくなったのは――。




