第十九話 武者震い
試合は投手戦となった。
両チームとも選手を交代させてはいるが、チャンスらしいチャンスを作れず、スコアボードに淡々と零が刻まれていく。攻守がすぐさま入れ替わるので、ベンチも意外と忙しい。
気付けばあっという間に最終回となっていた。
やっぱり出番なんてあるはずないよなと落胆しながら、仲間の守備を眺めていた。
――カキーン。
小気味いい金属音がグラウンドに木霊する。
打球は鮮やかな放物線を描き、迷いなくレフトフェンスを越えていった。
その瞬間、紅組ベンチから割れんばかりの歓声が上がり、バックネットでは拍手喝采が沸き起こる。
まさにお祭り騒ぎだ。
グラウンドに立ち尽くす九人も、ベンチにいる僕たちも、ただそれを呆然と眺めるしかない。
まるでお葬式のようだ。
天国と地獄を表していると言って差し支えないほどに、両チームの雰囲気は歴然の差だ。
後続を何とか凌ぎ、九人がベンチへと戻ってくる。しかし、その表情は冴えない。
それほどまでに、あの一本は強烈で僕たちの心に深く突き刺さり、ことごとく戦意を奪っていったのだ。
白組全員が勝利を諦めているのは明らかだった。
最後の攻撃を始めようとトップバッターが打席に入ったとき、監督はベンチに向かって、静かに、威厳のある声で告げた。
「立花。次、代打だ。ネクストバッターズサークルに入れ」
「は、はい!」
ベンチにいる全員が僕を見る。みんなの顔を見なくても思っていることは容易に想像がつく。
なぜ立花が選ばれたのか――と。
なぜなら選ばれた僕自身がそう思っているからだ。でもそれ以上を考える余裕はなかった。
嬉しさ、期待、不安。感情の大波が一気に押し寄せてくる。
穏やかに流れていた血流は激流へと変わり、噛み締めるようにゆっくりと命を刻んでいた鼓動は、警鐘のようにけたたましく早鐘を打っている。
動揺しながら導かれるようにしてネクストバッターズサークルへと向かう。
バットケースから普段使っているバットを取り出し、ヘルメットを被ってサークル内に入り片膝立ちになる。
動悸はおさまるどころか更に激しくなる。手のひらを見ると微かに震えていた。
でも、これは不安からくるものではないと思った。
選ばれた嬉しさと打席に立てる喜びからくる武者震いだ。
早く打席に立ちたい、打ちたいと心が叫んでいる。
先頭打者はあっけなく三振に倒れた。いよいよ僕の出番だ。
体中の空気を吐き出し、気持ちを落ち着かせる。
息を吸い込むと同時にスッと立ち上がり、バッターボックスへと足を踏み出した。