第十五話 勇気を振り絞って
心臓が飛び跳ね、一瞬で眠気が吹き飛んだ。
期待と不安の濁流が押し寄せ、心臓が早鐘を打っている。
「やばい、どうしよう、何を言ったらいいんだろう」と考えているうちに、お父さんはもうリビングまでやってきた。
「お、おかえり」
「翔、まだ起きていたのか」
この時間に起きている僕を見てお父さんは驚いたのか『ただいま』を言い忘れている。
「うん、ちょっとね」
「明日も学校だろう。早く寝なさい」
「うん」
お父さんの淡々とした物言いに、僕のなけなしの勇気は萎んでしまった。
諦めようと部屋に行こうとしたとき、お母さんが助け舟を出してくれた。
「翔は、お父さんを待っていたのよ」
「そうなのか。なにかあったのか」
「う、うん」
でもその後が続かない。
何も言えないでもじもじしている僕を見て、お父さんは首をかしげながらお母さんを見やる。
お母さんは、お父さんを一瞥した後、僕を見て笑顔で大きく頷いた。
すると、ふいに今朝の出来事がフラッシュバックした。
そうだ。烈は僕と一緒に野球がしたいと言ってくれた。みんなも待ってくれている。
僕もみんなと野球がしたい。
萎んでいた勇気に再び火が灯る。意を決して僕は告げた。
「お父さん、僕はスポ少に入ってみんなと野球がしたい!」
真剣な表情だったお父さんは、僕の告白を聞いて声を出して笑いだした。
なぜお父さんが笑っているのか分からず困惑していると、お父さんは「ごめんごめん」と言いながら話し始める。
「実はこの前お母さんとその話をしていたところだったんだ。そろそろ翔がスポ少に戻りたいって言いだすんじゃないかってね。そしたらいきなりこれだから笑っちゃったよ」
お父さんとお母さんは顔を見合わせて笑っている。何だか楽しそうだ。
「翔と野球するのはお父さんもお母さんも楽しい。咲だってきっとそうだ。でも日に日に大きく成長する翔はどんどん力がついてきた。そうすると、打球の飛距離が伸びてきて球拾いが大変になってきたんだよ。翔も気付いていたんじゃないかな。だから、遊んだ日はお父さんもお母さんもぐったりだったんだよ」
お父さんはこめかみを掻きながら苦笑している。
ごめんね、お父さんお母さん。楽しすぎてちっとも気付かなかったよ。
「というわけで、お父さんもお母さんもスポ少は大賛成さ。去年のキャプテンは中学生になってもういないし大丈夫だ。みんなと練習してもっと上手くなってほしい」
「良かったね、翔ちゃん」と言ってお母さんは笑顔で僕の頭を撫でてくれる。
良かった……。
嬉しさよりも不安から解放された安堵の方が強く、膝から崩れ落ちそうだ。
「入部手続きしておくからな。今日はもう遅い、早く寝なさい」
「分かった。お父さんお母さん、おやすみなさい」
「おやすみ」
僕は一人で部屋に行き布団に入った。
しばらくして気持ちが落ち着いてくると、嬉しさとこれからの期待が込み上げてくる。
遠足の前日のような気分だが、その何倍も心が高揚していた。
ワクワクする気持ちが僕を寝かせてくれず、翌朝寝坊して遅刻しそうになったのは言うまでもない。