第十四話 お母さんはお見通し
家に帰ってから僕はずっとお父さんを待っている。こういう日に限って帰りが遅い。
じりじりしながら待っていると時間が永遠にも感じる。
十九時になっても帰ってこないので、痺れを切らした僕はお母さんに聞いてみた。
「お父さんまだ帰ってこないの」
「うん、今日は遅くなるみたいよ」
知っているならもっと早く教えてくれよ。
完全に八つ当たりなことを思いながら、「そうなんだ」と返す。
「お父さんに何か用事でもあるの」
「いや、別に」
僕を見ながらお母さんは微笑む。
「そっか。じゃぁお父さんを待つ間にご飯とお風呂済ませちゃおっか。咲もおいで、ご飯よー」
「はーい」と部屋の方から声がする。
それから三人でご飯を食べ、三人でお風呂に入った。
お風呂から出た後は、三人でアイスを食べながらテレビを見てお父さんを待った。
エンドロールが流れてきたので時計に目をやると、あっという間に時刻は二十一時になっていた。
就寝の時間だ。
普段なら僕と咲は部屋に向かう。お父さんが帰ってきていないときは、お母さんも付いてきてくれる。
そして、僕たちが寝るかお父さんが帰ってくるまで一緒にいてくれる。
しかし、今日はまだ眠れない。眠るわけにはいかない。
だからお母さんに、「まだテレビ見るから」と言ってリビングに残った。
いつもなら許してくれないのに、今日は何も言わなかった。
咲は「ずるい」と文句を言っていたが、眠気には勝てなかったのだろう。
うつらうつらしながらお母さんと部屋へ消えていった。
リビングに一人で残った僕は、膝を両腕で抱えた体育座りの格好で、点きっぱなしのテレビを見ながら別のことを考えていた。
お父さんにどう話を切り出せばいいのか、どう話せばまたスポ少に入れてくれるのか。
考えても、良さそうな答えは一向に浮かんでこない。
むしろ断られるイメージしか浮かんでこず、どんどん思考が迷走してくる。
考えるのが嫌になって顔を膝に埋めた。
お母さんがリビングに戻ってきた。僕は顔を上げお母さんを見る。
「翔ちゃん、どうしたの。何かあったの」
お母さんの優しい声に泣きそうになる。
「うーん……」
話してしまいたかったけれど、今話し出すと泣いてしまいそうだったので何とかこらえた。
お母さんは聞き出そうとはしなかった。
しかし僕のことは全てお見通しであるかのように、微笑みながらこう言った。
「お母さんは翔ちゃんがしたいようにすればいいと思うわ。お母さんはいつだって翔ちゃんの味方だからね」
「うん」 ありがとうを心の中で付け加えた。
「もう少しでお父さん帰ってくると思うからテレビ見て待ってよっか」
今度は二人で体育座りをしてテレビを見ながらお父さんの帰りを待った。
見ていたテレビ番組が終わろうとしている。時刻は二十二時前だ。
さすがに僕も眠気がピークを迎えようとしている。
そんな僕を見透かすように、「今日は諦めて寝ようかな」と、お母さんが呟く。
異論のない僕は部屋へ向かおうと立ち上がった。
そのとき、「ガチャン」と鍵の開錠音が玄関から聞こえた。