第十二話 あっけない幕切れ
お風呂から出ると、お父さんが帰っていた。お母さんと話をしている。
「お父さんおかえり」
僕の声に反応しお父さんがこちらを見る。
あっ――。
僕は一瞬で察した。予感が確信に変わった。
いつものお父さんとは違う。怒気を孕んだ何かが滲み出ている。
隣にいるお母さんも、まるで萎れた花のように浮かない表情をしている。
お風呂から出たばかりのはずなのに、体温がみるみる下がっていくのを感じる。
「ただいま、翔。ちょっとこっちに来なさい」
言葉にぬくもりが感じられない。
行きたくない。
何かしでかしてしまったのだろうかと不安が全身を駆け巡る。
それでも何とか足を前に出し、食卓へと向かう。
席に着くと、お父さんは僕を見据え何の前置きもなく言った。
「翔、スポ少にはもう行かなくていい」
雷に打たれたかのような衝撃が全身を貫いた。
全くの予想外で頭が真っ白になる。
愕然とする僕をよそにお父さんは続けた。
「実は翔がスポ少から帰った後、監督と話をしたんだ。だから行かなくていい」
なるほど。だから帰りが遅かったのか。
と、的外れな納得をして、我に返っていることに気付いた。ようやく事の重大さを理解する。
「どうして行かなくていいの。何がどうなって行かないことになるの。ちゃんと説明してよ」
「トンボを片付けているときに六年生に突き飛ばされただろう。あの子キャプテンなんだってな。乱暴な子がキャプテンを務めるようなチームで野球をやる必要なんてない」
確かに突き飛ばされはしたが、何とも思っていない。野球が出来なくなるほうが嫌だ。
でも、いつになくお父さんが怒っているので、僕は怖くて反論できなかった。
「でも……」
それが僕の精一杯だった。
「監督にはその子のことを話した。その上で、翔を辞めさせると伝えた。だから行かなくていい」
お父さんの有無を言わせぬ口ぶりに言葉を失った。というより言葉は必要ない。
これは決定事項なのだ。野球ができなくなる悲しみと、プロ野球選手になるという夢が早くも崩れ落ちるという絶望で泣きそうになる。
誰も言葉を発しない重い空気が漂い、そして鎮座する。
時間がとてつもなく長く感じる。
その沈黙を破ったのはお母さんだった。
「翔ちゃん、そんな落ち込まなくいいわよ。前みたいに、お父さんとお母さんと公園に行って野球しましょう。今やっている練習と変わらないでしょ。だから、ね」
そう言いながらもお母さんの目は潤んでいる。
そんな顔されたら嫌だと駄々をこねれないじゃないかと毒づきながら、僕は「うん」と頷いた。
「さあ、この話はここまでね。ご飯が冷めちゃうわ。温かいうちに食べましょう。はい、みんな手を合わせて。いただきまーす」
「いただきます」と唱和し食べ始める。先ほどが嘘のようにみんな楽しそうに盛り上がっている。
僕を除いて。
今日は鶏のから揚げで僕の好物だ。だけど、味がしなかった。いつもはあんなに美味しいのに。
せっかく作ってくれたお母さんには申し訳ないけど、ほとんど口をつけずに残した。
「ごちそうさま」を言って一足先に席を立ち、寝室へと向かう。
お父さんもお母さんも僕に何も言わなかった。
心に巣食ったこの蟠りは、なかなか消えてはくれなかった。