第十一話 事件は突然に
整備を終えてトンボを元の位置に戻す。場所は照明の電柱があるそばだ。
余りのトンボが置いてあったので、そこに重ねて置いた。
すると、突然横から怒声が響く。
「向きが違う、邪魔だからどけ」
その声を聞いたと同時に左肩に衝撃が走る。
予期せぬ出来事に反応が出来ず、気付いたときには尻餅をついていた。
顔を上げると、そこには主将が立っていた。
主将は僕に一瞥をくれると、何も言わず去っていった。
あまりにも唐突すぎて思考が追い付かない。
周りの人達は、放心状態で動けない僕を尻目に、何事も無かったようにトンボを片付け、去っていく。
正気に戻って、ようやく自分が肩を押されて倒されたことに気付いたが、驚きで痛みも恐怖も感じなかった。
みんな帰り支度に入っていたので、立ち上がってリュックのある場所に向かう。
「翔」
後ろからお父さんの声がしたので振り返る。心なしかお父さんが怒っているように見える。
「なに、お父さん」
「なに、じゃないだろう。大丈夫か」
「あ、うん。大丈夫だよ。ちょっと驚いたけど」
「痛いところはないか、怪我してないか」
「大丈夫だって」
お父さんは納得していないようだったが、話を切り替えた。
「翔は自転車で来てるよな、お父さんは車だから先に帰りなさい」
車の方が早いんだから先に帰るのはお父さんの方だよ、と思いながら「はーい」と返事をする。
「暗いから気を付けるんだぞ」
お父さんの忠告を背で受けながらリュックへと向かう。
帰る準備が整い、リュックを背負って駐輪場へと向かう。
お父さんの姿を探したけれど、見つからなかった。
「やっぱり先に帰っているんだから、家に着くのもお父さんの方が早いじゃん」と思いながら、皆に別れを告げ帰路についた。
「ただいまー」
「おかえりなさい、翔」
お母さんが温かく迎えてくれる。相変わらず咲は迎えてくれない。いつもと同じだ。
しかし、一つ気になることがあった。
「お父さんは?」
「まだ帰ってきていないわよ。どこか寄り道してるんじゃないかしら」
その可能性はある。あるにはあるが、どうも違うような気がして落ち着かない。
いつものお父さんなら、先に帰ったりしない。僕が帰るところを見送ってから帰るはずだ。
しかも、帰り際のあの表情。何かがおかしい。
「練習で何かあったの」
思考を巡らせていたので神妙な表情をしていたのか、お母さんが気にかけてくれる。
「ううん、何もないよ」
「そう、ならいいんだけど。お父さん練習見に来てくれたでしょう、どうだった」
「とっても嬉しかったよ。でも練習の終わりごろに来たから、あまり良いとこ見せれなかった」
お母さんがクスっと笑う。
「あらそう。じゃあ次はカッコいいとこ見せないとね。お父さんもそのうち帰ってくるから、その間にお風呂入ってらっしゃい」
「はーい」と返事をし、素直に従う。
お風呂から上がったらお父さんが帰っていることを願いながら、脱衣所へと向かった。