9話
主人公:鏑木 駱駝。最強と称される魔王と結んだ契約のせいで、恵まれない子供を育てる義務を負ってしまったバカ。かなりのレベルの土魔法を扱うことができ、魔王から贈られた魔法も所持している。
数匹の鳥が青空を大きく旋回している王都ベルトラン・デュ・ゲクランでは、今日も朝から大勢の人間が行き来している。
そのなかに黒いフードを目深に被り立ち止まるふたりの男女がいる。
ひとりは最強と名高い魔王と変な契約を結んでしまった元日本人の鏑木 駱駝ことサクラ・マーグレイブ。そしてもうひとりはマーグレイブ家でメイドとして働くウキナ。
「王都はやっぱり人が多いな」
田舎から都会にやって来た人の誰もが言うだろうセリフだが、普通と違うのは、そこにかなりネガティブな感情が乗っているから。
「嫌な思い出が蘇ってきますか?」
「その通りだよ」
「私もです」
言いながらため息をついたウキナ。
「けれどこのまま突っ立っていても仕方ないので朝ご飯にでもしませんか?」
「朝ご飯ならボリュームたっぷりのホットケーキを食べただろう?」
「サクラの魔法で出してもらったあれは確かにかなり美味しかったんですけど、あそこを見てください。美味しそうな串肉を売っている屋台があります」
「ああ、あるね」
「甘いものを食べた後はしょっぱいものが食べたくなってきたので行きましょう」
「俺はいらないよ」
「なんでですか?」
「俺はもうホットケーキで腹が一杯だし、そもそもあういう所で売ってる串肉って硬くてうまくないんだよな。一回食べたことあるけど全部は食べれなかったよ」
女が鼻で笑った。
「絵にかいたようなボンボンだな………」
「え、今なんて言った?」
「絵にかいたようなボンボンだな、と言いました」
「おい!はっきり言うなよ。普通そういう時は「何でもないです」とか言ってごまかすものだろうが。なんだよ絵に書いたようなボンボンって、いいだろ別に好みは人それぞれなんだから」
「有給休暇中なので」
「ふぇ?」
「だから今の私はマーグレイブ家のメイドのウキナではなくて普通の女性なんです。だから言いたいことははっきり言います、この串肉は普通の人が普通に食べているおやつで、食べないのは気取った金持ちだけです」
「えぇ………」
謝罪を聞けると思っていたらさらに攻撃を食らって口が塞がらない駱駝。
「さあ早く屋台に行きましょう。私は人のお金で食べるお肉が一番好きなんです」
「あれだけ言っておいて、まさか俺に奢らそうとしてる?」
「そうですけど」
当たり前のように胸を張って言った。
「サクラは方向音痴だから、私がいないと街の中を迷わずに歩くことは出来ないでしょう?私はこの街の事なら裏道からスラム街まで何でも知っているんですから任せてくれれば安心できますよ。案内料みたいなものです」
「うーん」
唸る駱駝。
王都までくる道中で方向音痴であることはすっかりバレてしまっている。ウキナが言う通りたしかに道を覚えるのも地図を読むことも苦手だ。
この街には数回か来たことがあるのだけど、前回言った店にもう一度行けと言われてもたどり付ける自信は全く無い。
マーグレイブ家はもともと裕福ではあるし、今回は恵まれない子供を引き取って来るという使命を帯びている以上、資金は十分に持ってきている。
屋台の串肉程度なら何十本奢らされても余裕で払うことが出来る。道案内をしてくれるのならそれでいい。
「わかった。それじゃあ御馳走するから案内は頼むよ?」
「まかせてください」
ニヤリと笑うと足早に香ばしい臭いのする屋台へと向かって行った。
「おじさん、串肉10本ください」
店にたどり着く数歩手前からウキナは大きな声で言った。
「串肉10本ね。いいねぇ、顔も見えないお嬢さん。そうだよ若いうちはたくさん食べないといけないよ。よければ今から温め直すけど時間はあるのかい?」
「時間は大丈夫です。今日はお休みなので」
「そうかい、それは羨ましいねぇ………」
四角い顔をしたねじり鉢巻きの男はそう言いながら手を動かして串肉を焼いている。屋台からより一層煙が立ち込めはじめ、それに引き寄せられるようにして子供が近くに寄ってきた。
「いいなぁ………」
「美味しそう………」
子供達が羨望の眼差しで店の前に立つウキナの事を見ている。駱駝がその様子を少し離れたところから見ていたら、ウキナが子供に串肉を渡してあげた。
サンタさんに会ったかのような笑顔で飛び跳ねる子供。良い光景だな、悪くないなと思っていたら、さらに子供が集まってきた。
それは貰った子供が「お姉さん、串肉をくれてありがとう」と大きな声で言ったからで、それ自体は良いことなのだけど、だんだん収拾がつかなってきているように見える。
それはウキナがどんどん串肉を子供たちに配っているから。そうしたらますます子供が増えていく。まるでお祭りでもやっているのかと思うくらいの賑わいで、屋台のおじさんも大忙しになっている。
暫くして屋台のおじさんが大声をあげて近くにいた別の屋台のオジサンを呼んだ。子供の数が多くなりすぎて手が足りないと思ったのか材料が無くなって来たのか。喜んでやって来たのはスープを売る屋台のようだ。
その中心にいるのはもちろんウキナだ。満足そうな顔をしながら子供たちに、ちゃんと並べだとか割込みするなとか言っている。その声に従う子供もいればそうじゃない子供もいる。
ウキナはずいぶんと子供の扱いに慣れているように見える。それとも自分は子供が苦手だからそう思うだけでこれが普通なのだろうか。
たぶんウキナは今回かかった金をすべて自分に払わせるつもりに違いない。屋台2台分をすべて食い尽くしそうな勢いだ。
けどまあいいか、なんか見ているだけで楽しい光景だから。
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