8話 ~馬鹿の旅立ち~
朝の光が降りそそぐ緑に囲まれた大きなお屋敷。
芝生の上にいる大きな黒い馬の背中に荷物を括り付けているのは、鏑木 駱駝こと、サクラ・マーグレイブ。
テンションが上がり過ぎて魔王と変な契約を結んでしまった黒髪の若者である。彼はこれからこの国で一番栄えている街、王都へ行き恵まれない子供たちを引き取りに行くつもりなのだ。
「気を付けるのよ、都会の人は全員詐欺師だからね」
母マリーが心配そうな表情で言う。
「大丈夫だよ。何かあったらリョウマに乗って逃げかえって来るから。こいつの脚力があれば軍隊に追っかけられても大丈夫さ」
普通よりもだいぶ力強い体格をした馬の背中をぽんぽん叩いて言う。
「頼りにしてるぞ」
そんなこと言われなくても当たり前だ、と言わんばかりにリョウマと呼ばれた馬は唇を震わせた。
マーグレイブ家では馬と言っているが、一般的にこの生物はカスケードという魔物に分類されている。気性が荒いため人が飼いならすことは不可能と言われている。
「ウキナも気を付けるんですよ、男はみんな狼ですからね。なにかあったら駱駝に頼るんですよ?」
駱駝の後ろを見ながら母マリーが言った。
「ご心配頂いてありがとうございます。自分の身は自分で守れるつもりですが、もし何かあれば遠慮なく助けて頂こうと思っています」
大きな荷物を持った女性が微笑みながら母マリーに向かって頭を下げた。
「え?」
思ってもみなかった人物の登場に戸惑う駱駝。
「王都への道のりはなかなかに長いですよ。お尻の皮がめくれても泣かないでくださいね、サクラ様」
紫色のショートカットをしたやや丸顔の若い女性が涼しい顔をしながら言った。
「あの、ウキナさん、お見送りですか?」
「私も一緒に王都に行くんです」
「なぜ?」
「私も行きたいからです、駄目ですか?」
「駄目じゃないけど、お仕事は大丈夫なの?」
「それはあらかじめ話をしてありますので問題ありません」
きっぱりと言い切った。
「有給休暇がずいぶんと溜まっているのでそろそろ消化しておいた方が良いと思っていた所に、サクラ様が王都に行くという話を聞いて、一緒に行こうと思いました。駄目ですか?」
「いや、別に駄目じゃないけど」
そんな聞き方をされると答えにくい。マーグレイブ家で働く者には有給休暇が与えられる。これは駱駝の提案によって始まったもので、この世界で唯一と言っていいはずだ。
「私もひとりでカスケードに乗ることは出来るようになりましたので、サクラ様にご迷惑をおかけすることは無いと思います」
「はぁ………」
駱駝としては王都から子供を連れてくるという壮大なミッションにひとりで立ち向かうという気持でいたのだけど、他の誰かと一緒に行ってはいけないという理由は思いつかない。
「有給休暇っていうことはウキナさんは王都に遊びに行くってこと?」
「そうです、服をたくさん買いたいんです。やはりなんだかんだ言ってもこの国で一番いい服が集まるのは王都です。私は服代を稼ぐために働いているようなものですから」
「服が好きなんだ?」
「そうなんです」
作り物のようなウキナの笑顔。
そう言われてみればいま着ている緑色のワンピースはもこもこしていてなんだかお洒落なような気がする。あまりファッションには興味がないので良く分からないけれど。
よく考えてみればひとりで行くよりは気が楽かもしれないと思う。ちょっとした事件があって以来、駱駝にとって王都というのは気が重い場所だから。
ただひとつ問題なのは、マーグレイブ家で働いてくれている人の中ではこのウキナという女性は一番の新顔なのであまり関りが深くないので若干の気まずさはある。
「王都に着くまでに魔物に襲われることもあるかもしれないけど、それは大丈夫なの?」
「それでしたら私の方が詳しいと思いますよ」
自信ありげに胸を張る。
「私はメイドだけではなく警備の仕事もしていますのでこのあたりの森からどのような魔物が出て来るのかは知っています。この前もバンバンビガロワームを倒して報奨金を頂きました」
「そうなんだ」
「そうなんです」
この家は魔王キッポウシの魔王城に近く、森には強力な魔物が生息しているという理由から、働いてくれる人も普通以上の戦闘力を持っていることを就労の条件にしている。
さらに警備の仕事につくような人たちに対しては戦闘の能力をさらに求めているはずだから、それを任せられているという時点で、ウキナという女性の戦闘力は相当なものがあるのだろう。
「実は私、ちょっとした事件を起こしてしまってから、ひとりでは王都には行きにくいなと思っていので、こういう機会がないかと待っていたんです」
「事件?」
「知りませんか?」
「そんなこと全然聞いたこと無いんだけど」
「それならそのままでお願いします。あの時の事は正直あまり言いたくも無い事ですので」
「っていうか俺も同じだよ。俺も王都にはあまり行きたくないんだ」
「知ってます」
「そうなの?」
「あの時はかなり大騒ぎになって、そのおかげで私は助かりましたから」
「どういうこと?」
「それ以上は詮索しないで頂けますか」
「えぇ………」
言葉こそは丁寧だけど、そこには立ち入って来るなよという圧があるような気がした。
それにしてもまさか彼女が自分と同じように王都に行きにくい理由があるとは思わなかった。なんだか嫌な予感というか、事件が起きそうな気がしないでもない。
「それじゃあ一緒に行こうか」
不安はあるけれど、見たところ荷物もしっかりと準備してきているようだから断る理由は見当たらない。
「よろしくお願いします」
作り物のような言葉と所作で丁寧に頭を下げた。
「それじゃあ行ってくるよ母さん」
大きな馬に跨った駱駝が言う。
「気を付けてね、お土産よろしくね」
母はどこか沈んでいるように見える。
王都は普通の馬なら4、5日。カスケードなら一日程度で行くことが出来る距離であるというのに、駱駝がいなくなることが寂しいようだ。
「うん、わかった」
馬の背に乗り、手を振りながら駱駝は朝の澄んだ空気の中を王都に向けて出発した。
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