6話
「お前は誰だ!」
大きなベッドの上で半身を起こしている老人が叫んだ。
「俺だよ俺、サクラだよ」
「知らん、知らんぞお前みたいなもんは。ワシの記憶が確かなら初めて見た顔だ、騙そうったってそうはいかんぞ」
びしっと指を指された鏑木 駱駝こと、サクラ・マーグレイブ。
「何言ってるのよお爺ちゃん、自分の曾孫のことを忘れたの?」
「はあ?曾孫?ワシはまだ学校を卒業したばかりのヤングボーイだからこれからイカしたスケをナンパして………」
唾を飛ばしながら永遠と喋りつづけている曽祖父を見て肩を落とす駱駝。
「ねえお母さん、なんかヒジカタ爺ちゃん今日は調子悪そうだから別の日にした方が良いんじゃないの?」
「大丈夫よ、これは機嫌がいい時のお決まりのボケなんだから。きっとサクラが久しぶりに訪ねて来て嬉しいんだと思うわ」
ため息交じりの微笑みで言う。
「そうなの?」
「ボケたふりをして他の人を困らせるっていうボケなの。今の所誰一人笑ってないんだけどね」
「そのボケはきついよ。演技力があり過ぎて笑えなかった」
「そりゃあ演技力はあるわよ。昔は魔法の力を使って売れっ子占い師やってバンバンお金を稼いでいたみたいだからね」
「そうなの?」
駱駝と目が合った途端にニヤリと口の端をあげてヒジカタは笑った。
本当だ。この笑顔を見たらとてもボケているようには見えない。母親が言っていた通りに確かにこれは彼流のボケだったんだと分かる。笑えるかどうかは別として。
「さあお爺ちゃん、今日はサクラの持っている魔法について調べてちょうだい。事情があって、前に見てもらった時から魔法が3つも増えちゃったのよ」
「事情?」
「魔王キッポウシのせいよ。サクラがお馬鹿な真似をしたせいでそこを利用されて変な契約を結ばされちゃったのよ。もしこっちが約束を守らなかったら猟犬を差し向けてくるんだって」
「ふーむ、よく分からんがなんだか面白そうなことをしているな。サクラはワシの若い頃よりもずいぶんとヤンチャだな、さすがのワシも魔王に手を出そうとなんか思わなかったぞ。もっともワシの若い頃は女にもててモテてしょうがなかったからその点では圧倒的にワシの勝ちだがな」
「そんな変な対抗心はいいから、「情報開示」の魔法を使って、この子を見てやってちょうだいよ。辞典を見ても何の魔法を贈られたのかが分からなくて困ってるの」
突然咳き込み始めたヒジカタ。
「?」
心配する気持ちになれなかったのは、芝居がかったような咳だったから。
「喉が、喉の調子が悪いな。可愛い曾孫を見てやりたいのは山々なんだが喉を潤さない事には一言もしゃべれんな」
「わかってるわよ。ほら、あんまり飲み過ぎたらいけませんからね」
母マリーは渋い顔をしながらそう言ってベッドの上にワインの瓶を置いた。
「そうだそうだ、これだこれ!」
すぐさまベッドの上で胡坐をかいて笑うその姿は、ずいぶんと元気そうだ。
「もう膝が悪くなったワシの楽しみは酒しかないというのに、禁止にしおってまったく。酒は体に良いと言っているのにちっともわかってくれんから困ったものだ。ああ、いい香りだ。ここからでも匂ってくるぞ」
しわしわの手で軽々と持ち上げて頬ずりする。
「増えた魔法の3つの内の1つがバーサーカーっていう魔法なことは分かっているから、残りの2つの魔法が何なのかを教えてちょうだいよ。魔法を使えば疲れるのは分かっているけど、何とかお願いね」
「わかってるわかってる、そう急かすな。とりあえずは一口飲んでからだ」
「何言ってるの、お酒を飲むのなんか後にしてまずは診断を先にしてちょうだい」
「そう焦らんでも魔法は逃げないから落ち着きなさい。サクラもお前の母さんに言ってやってくれ、こいつは子供の頃からせっかちでいかん」
「ま、まあお酒を飲む時間くらいは待ってても大丈夫だけど」
「ほら、本人がそう言っているんだ、決まりだな。なに一杯だけだからそう時間はかからん」
本当の所は一刻も早く魔王から与えられた魔法が何であるのか知りたかったわけだけど、それでも真っ直ぐに見つめてくる目ある力のようなものに押されて、駱駝は思わず言っていた。
「全くもう………」
暫くの間、赤ワインを美味しそうにじっくりと飲む曽祖父を見て駱駝は思う。こんなにお酒が好きなんだったら今度から偶に、こっそり持ってきてあげてもいいかもしれない。そうすればきっと喜んでくれるに違いない。
「よし。残りは後で飲むとして、それじゃあ始めようか………」
コップ一杯を飲み干したところで、枕元にあるキャビネットの上にいる手の平サイズの亀を掴んでベッドの上に移動させた。
「さあ亀二郎よ、私の可愛い曾孫の為だ。サクラが最近手に入れた魔法の内で「バーサーカー」以外の魔法について教えておくれ。ついでに未来において特に気を付けるべきことがあるのならそれについても教えておくれ」
あぐらの真ん中に置いた亀の甲羅を両方の手の平で優しく擦っていく。同じ言葉を繰り返しながら何度も何度も摩る。
さすがだと思った。売れっ子占い師だったということも納得の雰囲気を纏っている。魔法を使った時のスパイシーな香りも合わさって、これは信じてしまうだろうなという気がする。
「さあこれを見なさい、今に文字が浮かび上がって来るぞ」
そう言いながら駱駝の方に亀を差し出した。余裕そうに振舞ってはいるが息が若干乱れている。やはり魔法というものは強力であるほど体に負担のかかるものなのだ。
ありがたい。
それが分かっていてもなお、自分のために魔法を使ってくれたことが、本当にありがたい。
亀の甲羅にじわじわと浮き出してきた文字はまるで習字で描いたような文字に似ている。少し読みにくいけれどはっきりと読める。
「おお!」
駱駝は思わず声をあげた。
「バーサーカー」の魔法とは違っての今度の二つの魔法はかなり役に立ちそうな魔法だったからだ。
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特殊魔法「ハーメルンの指揮者」
自分が仲間と認めた対象の身体能力を向上させることができる。また、自分よりも同格、または格下の魂情報を見ることが出来るようになる。
特殊魔法「美味しいものは油と糖でできている」
自分がかつて食べたことのある物を魔力によって再現することが出来る。ただしそのカロリーは実物の2倍であるため、食べ過ぎると簡単に太る。
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