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3話

 


 ここは王都からはるか遠くにある辺境の土地。


 やる気のある若者はすぐに出ていってしまうほど田舎ではあるが、大きな川が通っていて平地が多く、土地は作物が豊かに実るので、食うには困らない。


 この一帯の領主をしているのはマーグレイブ家。かつて魔王討伐を成し遂げた英雄のひとりと言われている、ゴメイ・マーグレイブの末裔だ。


 その大きな屋敷のリビングに半泣き男がひとりいる。優しさはありそうだがあまり賢くなさそうな顔をしている。


 彼はの名前は鏑木かぶらき 駱駝らくだこと、サクラ・マーグレイブ、最強と言われる魔王に突撃するという愚行を犯した元日本人である。


 家族が集まったリビングで彼が今何をしているか。それは昨日の魔王キッポウシとのやりとりを完全に思い出して、テーブルの上にある魔法契約書を読み解くこと。


 近づくことさえ禁止されているのに、魔法契約を交わしたことが発覚すれば、国から処刑を命じられるかもしれない。あるいはその前にこの契約によって殺されるかもしれないという超一大事。


 従って彼は朝起きてから今まで水の一滴も与えられず、厳しい尋問を受けているのだ。


 その結果、駱駝が語った魔王との会談の内容とはーーー。


 ● Sランクの魔法をと引き換えに毎年3人の恵まれない子供の面倒を見る。


 ● 子供には基本的な教育を施して、大人になるまでの衣食住を保証する。


 ● キッポウシが過去に起こした戦争の跡地に記念碑を建立して、死者の魂を鎮魂する。


 ● もし約束を守らなかった場合には、地獄の果てまで鼻の利く猟犬を放つ。



「多分こんな感じだったと思う」


「多分って何よ!」


 駱駝の母親のマリーが叫ぶ。


「だってしょうがないじゃんか、あの時は魔王に話を分かってもらうのに必死だったし、ハブ酒も飲んで頭がぼーっとしてたんだよ。全部が全部そんなにはっきりなんか覚えてないよ」


「何がだってよ、全部あんたが悪いんでしょ!?何回も教えてるのに勝手に魔王城に行ったりなんかするから!」


「あの時はあいつが持ってる魔法が手に入るかもって思ったら、いてもたってもいられなかったんだよ」


「魔王が素直に人間に魔法なんかくれるわけないでしょ?!戦争ばっかりしてたんだから」


「けど最近は平和なんでしょ?だからもうあいつは大人しくなったのかなって思ってたんだ」


「そんなわけないでしょ、魔王なのよ、人間の敵なのよ!対台にして何よ、その変な契約は!」


「それは全然いいでしょ」


「良くないわよ、何よ恵まれない子供を育てるって。そんな契約聞いたこと無いわ」


「それはだってさ、子供を助けるのって、なんかすごく悔い改めたっていう感じがするじゃないか。それにうちの領地は土地は沢山あるから、少しくらい人が増えても困る事は無いでしょ?」


「そういう事じゃないでしょ!」


「けど実際、そんなに困らないでしょ?家だったら俺が土魔法で、10軒でも20軒でもあっという間に作れるしさ、食べ物だっていつも通りの野菜が豊作なんでしょ?」


「だけど子供を育てるって大変なのよ?」


「そこはちょっとみんなの力を借りるかもしれないけどさ、Sランク魔法だよSランク魔法。それが手に入るってなったら、少しくらいの手間はしょうがないよ」


「それはそうだけど………」


 最初はかなりの勢いで息子を責めていた母マリーだったが、話しているうちに段々と落ち着いてきた。


 Sランク魔法はこの世界における最高ランクの魔法。


 駱駝が言うように、本当に手に入るのならば多少のデメリットなど何でもない、そのことは魔法使いである彼女は良く分かっている。


「確かに子供を育てるのは大変だとは思うよ。だけど別に赤ちゃんじゃなくていいんだよ?10歳くらいでも子供なんだから、それくらいの歳になったらある程度は育てやすくなるでしょ?」


「………待って。あなたがさっき言った「毎年3人」っていうのはもしかして、今年3人で、来年になったらもう3人で、一年ごとに面倒を見る子供の人数が3人ずつ増えていくってことじゃないでしょうね?」


「そうだよ」


「なんでそんな大変なことを約束するのよ!ちゃんと考えないと駄目じゃないの」


「考えたよ、俺だって」


「じゃあなんでよ」


「だって俺が「毎年3人」っていう条件は辛いって言ったら、あいつがそんなことも出来ないのかって馬鹿にしてくるんだもん。だから腹立って「本気出せば簡単にできる!」って言っちゃったんだ」


「そんなの分かりやすい挑発じゃないの」


「そりゃあ俺だって今になったらわかるよ。わかるけどあいつは口が上手いんだよ。そんなことも出来ないような奴に大事な魔法はあげない、みたいな雰囲気出してきたんだもん」


「まったくもう………」


 ふたりの会話が途切れたタイミングで咳払いの音がした。皆の注目が集まったところで、父親マールハイトが話し始めた。


「つまりここで重要なのは、サクラが魔王キッポウシからSランク相当の魔法を伝授されているかどうかだ」


「え………」


 確かにそうだ。もうすっかり魔王キッポウシと契約を結んだような気がしていたけれど、まだ羊皮紙が届いただけだ。


「契約というのはお互いが条件を満たしてはじめて成立するものだ。向こうが約束を果たしていないのなら、魔法契約書は成立しないことになる」


「なるほど!そう言われてみれば俺は魔王から魔法なんてもらってないよ」


 嬉しそうな顔をして跳び上がる。


「大体にしてあの時あいつは俺のアイディアに対して、考えてみるとか、なるほどとか、そんな事ばっかり言って契約成立なんて一言も言わなかったんだよ」


「そうなの?」


 母マリーが問う。


「そうだよ。だから俺は魔法契約の事なんか全然知らなかったんだよ。なんだけどなんかあいつが魔法剣をプレゼントしてくれたから嬉しくなっちゃって、そのまま帰って来たんだ」


「ちょっと待ちなさい、なんでそんなの貰ってくるのよ!知らない人から物を貰っちゃいけないって教えたでしょ?しかも魔王からなんて信じられないわよ」


 いったん収まったはずの母の怒りが再燃した。


「だって魔法剣格好いいんだもん。欲しくても手に入らないっていうし、男のロマンってやつだよ」


「何がロマンよ馬鹿らしい」


「魔法剣だったらいつでも誰からでも貰うよ。それにあの魔法剣はめっちゃくちゃ格好良いんだから男なら誰だって無視できないって」


 母を説得しているつもりのようだが、ただ火に油を注いでいるだけだという事に気が付いていない。


 まあ、それに気が付くような人物は魔王城にたった一人で乗り込んだりしないのだけど。


「うちの孫はずいぶんと豪気だな、魔王から魔法剣を貰うなんて長いこと生きているが聞いたことが無いぞ」


 駱駝の祖父のバルログがお茶を口にした後で、上機嫌そうに言った。


「笑っている場合じゃありませんよ、もしこのことが国に知られたらどうなるか少しは考えたらどうですか」


 駱駝の祖母のシュンリーがお茶を口にした後で、不機嫌そうに言った。


「そうは言っても過去は変えられないのだから、いまさらどうしょうがあるまい。せいぜい外にバレない様にする位しかやることは無いだろう」


「どうしようもないなんて言って諦めちゃ駄目ですよお父さん」


「もちろん諦めては無いぞ。ただ覚悟は決めておかなければならないな、もしかしたら国外に逃亡することも考えておかなければならない」


「そんな、まさか国外逃亡なんて。この家も何もかもを捨てて逃げるっていう事ですか?」


「もし国にバレたとしたら、その覚悟も必要だろう。甘んじて処分を受け入れるか逃げるか、普通はその二択しかあるまい」


「………」


 マリーの顔は青ざめている。


「みんな、一度落ち着きなさい」


 マールハイトが話し始めると誰もが口を閉じた。


 彼はいまこの家を支えている大黒柱であり、リーダー。邪魔してはいけない。


 それは辺境の地にあり、常に魔物の危険にさらさらているマーグレイブ家にとっては絶対的なルールなのだ。


「色々と後のことを考えるのも大切だけど、まずは現状を確認しようじゃないか。果たしてすでにサクラは魔王から魔法を授けられたのか、まずはこれからだ」


 父マールハイトは微笑んだ。


 真顔以外の父の表情を見るのは今日初めてだ。事態は何も変わっていないわけだが、なぜだか少し安心する。


「さあマリー「真実の魔道紙」を持ってきておくれ、その間に私は魔法解読辞典を持ってくるよ」


 果たして魔王との契約はすでに成立しているのか、その解明が始まった。





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