16話
大きな雲が点々とある異世界の空を見ながら足取り軽く歩いて行くのは鏑木 駱駝ことサクラ・マーグレイブ。
黒いフードで顔半分を覆っているが、残り半分の顔から推察するにずいぶんと機嫌が良さそうだ。
「ふふふふふふ、ふふふふ、ふふふふふ………」
奏でている鼻歌は昔よく聞いていた日本の音楽。
昨日は生まれて初めて奴隷を、しかも子供の奴隷を買うという経験をして、最後はかなり冷や汗をかいたが、それでもその後は何も問題なく宿へと戻ることが出来た。
一夜明けてからも双子3組6名との関係もまずまず良好と言っていい。子供があまり得意では無い自分からしたらこれは、期待以上の成果だ。
魔王キッポウシのせいで、予想外に子供9人を育てなければいけないというこの難題も、もしかすると楽に達成することが出来るかもしれないと希望を持っている。
王都の街はさすがに色々な店がやっていて人も賑わっている。キョロキョロしながら歩いていたら、何やら心惹かれる店の看板を見つけた。
「異世界品専門店トミージョン、か………」
この世界には他の世界の品物が見つかることがある。ダンジョン、あるいは魔女の塔と言われる特別な場所でしか出てこないと言われている貴重なもので値段もなかなかにお高い。
せっかくだから入ってみることにした。いま子供たちはメイドのウキナが面倒を見てくれているので、静かな店でじっくり商品を選ぶことは今しかできないかもしれない。
少し緊張しながら店のドアを開けると、一番奥のテーブルのいたのはバックトゥザフューチャーに出て来る博士みたいな顔をした白髪の老人だった。
「なんだお前、怪しい奴だな。うちの店は泥棒も冷やかしもお断りだ。とっとと出ていかないと魔銃が火を噴くぞ」
「泥棒でも冷やかしでもないよ」
フードを抜いて微笑む。
「なんだ、思ったよりも悪人面じゃなかったな。どうせなら店に入る前にフードを外してきてくれれば、ワシだっていらんことは言わなかったんだがな」
「異世界品専門店なんて王都でも珍しいんじゃないのか?」
「ああ、ワシの店だけだ」
店内を歩きながら店主のいる方へと向かう駱駝。
「異世界品に興味があるのか?」
「めちゃくちゃあるよ。ところで値札が貼ってないようだけどどうなってるんだ?」
「ああ、それはな客を見てワシが値段を決めることにしているからだな。対して今日もみないような金持ちがやってきて、飾りか投機目的か知らんが買い漁られたら堪らんからそうしてるんだ」
「ふーん」
店内を見回す駱駝。
「本が多いんだな」
「軽くて数が出て来るから店頭に置くのに本はぴったりなんだ。金持ちだと家の本棚に並べたいがために買っていくから飾りとして人気がある」
「数があるとは言ってもなかなか値段は高いんだろう?」
「値段なんか関係ない。異世界品はロマンなんだ。違う世界には何があって、そこではどんな人たちがどんな暮らしをしていたかに思いをはせる。その時間こそがワシにとっては至福なのだ。断じて金持ちの本棚の隙間を埋めるためにあるわけじゃないぞ」
「そう言われてみれば金持ちの家には本棚があるイメージがあるな」
「その言い方だとお前は違うようだな」
「というか本棚が無いんだよな。昔は本をよく読んでいたんだけど年とともにだんだん読まなくなっていった」
「まだ若造の癖に何を言っている。その年で昔といったら赤子じゃないか」
「そうだな、俺の言い方はおかしかったな」
会話よりも店内の商品を見ることに注意を払っている駱駝が適当と言ってもいいような言葉を返した後で、一冊の本を手に取った。
「それは子供用の本だな。たぶん異世界では親が子供に読んでやるような本だと思う。こういうのが出て来るのは珍しいんだがあまり人気は無いな。さっき言ったみたいに金持ちの飾りにするには格好がつかないからな」
博士みたいな顔の老人がすぐに言った。
「桃太郎」
「?」
老人の顔が歪んだ。
「これは桃太郎という題名の本だ。俺も子供の頃に読んでもらったことがあるよ。というか大体の子はそうか………桃から生まれた桃太郎という子供が犬猿雉をお供に鬼退治に行くという話だ」
「お、お前まさか………」
驚愕の表情を浮かべ真っ直ぐに驢馬を見る。
「異世界の文字が読めるのか!?」
驢馬はにやりと笑った。