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1話 ~馬鹿による素晴らしき提案~

 


 どんなに性格の暗い人間にも年に一度くらいは、テンションの高い日があるものだ。


 鏑木かぶらき 駱駝らくだ、この世界でサクラ・マーグレイブという名の元日本人にとって、この日がそうだった。


 目が覚めた時から体が軽く何でもできそうな気分。自分で朝ご飯を作り、部屋の模様替えをした。そして押し入れの奥で見つけたハブ酒を一気に流し込むという暴挙に出た。


 その3口目を腹に叩き込んだ時、電撃的に素晴らしいアイディアが、彼の脳に直撃した。



 マーグレイブ家の領地のすぐ傍には、魔王キッポウシの住む魔王城がある。


 かつては討伐しようと何度も戦争を仕掛けたが、全て魔王キッポウシの勝利。人間側は一億人以上の死傷者を出し、いまでは絶対に手を出してはいけない存在となっている。


 しかしながら「絶対に駄目」というのは馬鹿にとっては非常に美味しい餌。


 立ち上がった駱駝は手ぶらで家を出た。周囲は力強い大自然に囲まれている為、風は緑の味がして実に心地いい。それが彼のテンションをさらにアップさせた。


「ランラララ、アヒルさん、ガーガー………」


 でかすぎる鼻歌とスキップで魔王城へと突撃を始めた。


 空には透き通るような青空と大きくて迫力のある真っ白な雲が浮かんでいて、馬鹿の門出を祝福しているようだった。


「到着ーー!うん、ファンタジーだ、実にファンタジーじゃないか。やっぱおしゃれだな、魔王のくせに城を造るセンスは良いよな」


 魔王キッポウシの城は巨大な巻貝の形をしていて一見すると可愛いのだが、濃密な魔力が溢れ出ていて、普通の人間は近づくだけで体調を崩す。


 中に入るのは簡単。


 魔王城の城門は開け放たれていて、早く攻めて来いと言わんばかりの状態。だからあっさりと侵入し、大きな階段を飛び跳ねるように上っていき、あっさりと会うことが出来た。


 魔王キッポウシ。


 複雑な彫刻が施された大きな椅子に悠然と腰かけ、金色の髪をオールバックにして、上下虎柄のダボっとした服を身に纏い、鋭い朱色の目をしている。


 普通であれば近づくことさえできない圧力。


「おい魔王!」


 馬鹿は力強く言い放った。


「近いうちにお前は死ぬ」


「死ぬ?それはお前が今ここで私のことを殺すという意味か?」


 少しだけ目を見開いた後、魔王は気怠げな態度で言った。


「そんなわけあるか。お前は最強魔王なんだから俺なんかが勝てるわけがないじゃないか。今日はそういうつもりで来たわけじゃないんだよ」


「だったらなんだ」


 ガッカリしたような、呆れたような口調で聞く。


「夢だ」


「?」


「俺は人生の一大事の前に夢を見るんだ。いわゆる正夢という奴だな。その俺が城で倒れるお前を見た。こいつは死ぬってピンと来たね」


「夢を見るとはなかなかに面白い能力だな」


「そうだろ?ただそれがいつ実現するのか分からないのが難点なんだけどな。けどお前が倒れるのは間違いない」


「なるほどな。それでお前はそれを教えるために、わざわざやって来たのか?」


「いやそうじゃない。俺はな、お前と取引をしに来たんだ」


「取引?」


「そうだ。俺は魔王については沢山勉強して色々知っている。それによると魔王は配下に魔法を授けることができる、そうだろ?」


「なるほどな………」


「なるほどな、じゃなくてできるんだよな?」


「まあそういう事は無きにしも非ずだな」


「やっぱりできるんだな!だからお前が持ってる魔法を全部俺にくれよ」


 純粋で真っ直ぐな目。


「死ぬんだから魔法なんか持っててもしょうがないし、無くなっちゃうのはもったいないじゃないか」


「自分が何を言っているのか分かっているのか?」


 強い眼光。


「私の記憶が確かなら、お前は私の配下では無いと思うのだがな。今後私がどうなるにせよ、今日初めて会った人間なんかに魔法をくれてやるはずがないではないか」


「そうだよな、確かに俺はお前の配下なんかじゃない」


「理解してくれたようで良かったよ。お前にはあまりにも難しい話かもしれないと思っていたんだ」


 鼻で笑いながら言う。


「おいおい、俺のことを馬鹿にするなよ。いいか?タダでとはもちろん言わないよ。ちゃんと対価を払うよ」


「対価?」


「そうだ。俺は魔法と引き換えに恵まれない子供を助ける。つまりお前は死ぬ前に人助けができるってことだ」


 魔王キッポウシが首をひねる。


「それがお前の言う取引か?」


「そうだ」


 駱駝は胸を張り、魔王は指を横に振る。


「馬鹿げている、酷く馬鹿げている。何をどう考えれば、この私が人助けなどに興味を示すと思ったのだ」


「まあまあ、落ち着いてくれよ。それをちゃんと今から説明するからさ。これは結構複雑な話だから一回じゃ説明しきれないんだよ」


 自信満々に胸を張る。


「ふん、ずいぶんと偉そうな態度だな。しかし腹が立つ一方で話を聞いてやってもいいかという気になってきた。お前は不思議な奴だな」


 魔王は目の前の目の奥を見るように、真っ直ぐに見ている。


「私にそんな口を利く人間は久しぶりだ。昔と違い人間たちは誰もが私と言う存在に怯えているからな」


「だって俺は本当にお互いが得する話を持って来たんだよ。そしたら怯える必要なんかないだろ?」


「そうか………それなら言ってみろ。たったひとりで恐怖も悪意も持たずやって来た愚かな人間よ」


 魔王キッポウシは笑った。


「いいか、お前はこれまで悪行非道の数々を繰り返してきた。そうだよな?」


「人間の側から見ればそうだろうな」


「そんなお前が死んだら地獄行きは間違いない。だけどな俺は良いことを知っているんだ」


「ほう、」


「それっていうのはな、プーチャル教の教義だとどんな罪人でも悔い改めれば天国に行けるっていうことになってるんだ。どんな罪人でもだぞ、わかるか?」


「………」


「つまりな、今までさんざん人間を殺しまくったお前だって、天国に行けるってことなんだよ」


「ほう………」


 魔王は口元を出て隠して俯く。


「どうだ?そう思ったら死ぬのが怖くなくなるはずだ」


「………」


 駱駝の目には魔王キッポウシが感心しているように見えた。


「だけどただ「悔い改めた」なんて言ったって、神様だって信じてはくれないよ。だからそれを行動で示すんだよ、お前の代わりに俺が人助けをする」


「なるほどな」


「わかってくれたか」


「全く分からない」


「ふぁ!?」


 駱駝は小ジャンプした。


「なんでわかんないんだよ」


「うーむ………お前ほどおかしな人間を見るのは初めてかもしれないな。私は昔うつけと呼ばれていたんだが、お前に比べれば可愛いものだな」


 感心したように、呆れたように言う。


「うつけ?いや、だからな、お前が死んだら持ってる魔法がいらなくなるだろ?それはもったいないなって思ってさ、だからお前天国に行く協力をしたら、お互いがwin-win。そう思ったわけよ」


「ふーむ」


 早口でまくし立てる駱駝を見ながら、魔王キッポウシは難しい顔をしながら首をひねる。


「まだわかんないのかよ、いいか、もう一回説明すると………」


 駱駝は同じ話を繰り返す。彼の頭の中では完璧に成立しているから、ちゃんと説明すれば分かってもらえると信じている。



 面白い玩具を見つけた。


 厄災と呼ばれた存在が笑う。この世界に生れ落ち、生きれば生きるほど楽しかった日々がどんどんつまらなくなっていった。


 敵がいない。


 人間達は勝つことを諦めきっていて。いないものとして自分を扱っている。そんな退屈な世界に突如として面白そうなやつが現れた。


 自分が正しいことを微塵も疑っていない。唾を飛ばしながら自分勝手な理屈を振り回し、周りが見えなくなっている馬鹿が目の前にいる。


 さて、このオモチャで何をして遊ぼうか。


 笑った。


 それを見た駱駝は、自分の言葉を魔王が理解してくれていると思って、さらに元気に喋りつづける。


 この日は、駱駝にとって年に一度のテンションが高い日だ。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


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