ソング・ソング・ソング
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふ〜、歌った歌った。
久しぶりのカラオケはすっきりするね〜。しかも気兼ねなくレパートリーを選べるメンツで臨むというのは。
付き合う友達によっちゃ、歌って聞かせるのがはばかられる曲とかあるでしょ?
そうなると無難になるのが最近の人気曲で、それをよく知らないと来ると、とたんに肩身が狭くなる。まわりから「歌え、歌え」の圧があると、なおさらきつい。
自分の好きな歌を遠慮なく選べるのも、また気持ちいい環境だと思わないか?
カラオケに限らず、僕たちはついつい歌を口ずさんでしまうこともある。
機嫌がいいときかもしれないし、自分を鼓舞するためかもしれない。もしくは本人がそうと自覚せず、歌ってしまっているかもしれない。
音楽には不思議な力が宿るとは、昔からいわれていること。ひょっとすると、かしこまった場ではない日常のシーンでも、そのような力を見せている場合があったりね。
僕の昔の経験なんだけど、聞いてみないかい?
子供時代といえば、まわりのみんなと共有できる話題が特に肝要だった。
自分の世界が固まった大人時代には、たとえ周囲に誰もいなかったとて、その世界にのめりこめば、いくらでも時間がつぶせる……というレベルに至るのも、難しくない。
しかし、まだこねている最中の粘土のごとく柔らかい時代には、対応力がものをいう。
皆のはやりに対するアンテナを敏感に張り、それに対する情報を集めて、輪の中へ入っていく。
浅い知識は「にわか」となめられるから、相応の実体験もまた大事だ。友達の家へ上がりこんででも、時間を共にして勉強しあう。楽しいから、試験のそれよりずっとはかどるもんだ。
アニメソングなども、僕の界隈じゃ覚えていることがステータス。
テレビで放送される1番――ときに実は2番だったりする――をソラで歌えるのは当然。
そのうえでテープやCDを買わないと知らない、ほぼ幻な3番まで知っていると達人レベルと認識される。
が……いざ冷静に考えると、歌詞がこっぱずかしかったりした。
当時はロボ、ヒーロー、必殺技の名前とかを、ふんだんに盛り込むものだから、テンションアゲアゲでないと、口にするのがためらわれたりする。
普段の生活の中で熱唱しようものなら、一部の人以外からは変な目で見られるだろうことは確かだ。家の中などでもしかり。
ゆえに遠慮なく声を張り上げられるカラオケ環境は、僕らにとっては願ってもないものだったわけだ。子供の財布ではバカにならない出費だから、何かの折の楽しみのひとつくらいの感覚だったよ。
そして、そこで気持ちよく歌うためには、やはり練習が必要だったわけで。
その日も、僕は新しいアニメソングをぶつぶつ口ずさみながら、下校していた。
第一話から、もう汗も涙も飛び散りまくりな熱血ロボットアニメだが、それもまたよし。
子供だましではない、あくまで徹底した子供向け。
ちょっとアニメをたしなんだ人なら「お前ら、こういうのが好きなんだろ?」みたいな、製作者のあざとさにじむ上から目線は、この作品からみじんも感じられないことが分かる。
むしろ、「俺はこれが好きなんだよォ! お前らだってそうだろォ!?」といわんばかりに、好きと情熱と真剣さがほとばしっているんだ。
突き抜けている。だからこそ、子供の琴線に触れる。
そして歌詞も、半分はロボなり主人公なりへの呼びかけで、もう半分はにくき敵役を必殺技でばしぼこに倒せ! 未来を勝ち取れ! ともはや作品紹介なノリ。
これもまたよし。いや、だからこそいい。
まだアルバムは出ていないから、1番のみを繰り返し歌っていた。
ビデオに撮っていないし、ネットでお手軽配信とかも普及していない時期だったからね。自分の記憶のみが頼りだ。
このあたりが田舎よりで、人の密度があまり高くないことに感謝する。練習には最適だ。
「ふっふ〜ん、せいぎの、こっぶし〜」
『ふっふ〜ん』の部分は、歌手の歌い方が熱すぎて、解読できなかった部分だ。
珍しく歌詞の字幕がないタイプのアニメかつ、まだ第一話と来ては、わからないところがそこそこあるんだ。子供ながらの貧弱ボキャブラリも手伝っているかもしれない。
「で〜でで、いまこそ、けっせ〜んだ! ででででででで」
もうちょいボイパがうまければなあ、とも思うが、こいつが今の僕の精いっぱい。
しかし、訓練すれば道は開ける。
『俺は俺を超えていくぜ!』とは、このアニメも言っていたが、第一話からこのセリフ使っちゃう飛ばしぶり。
もっと積み重ねてからにしない? フツー。だがらこそいい。
「まっかにも〜える、ゆ〜ひをお〜い」
サビに入ってしまった。つい声量がアップしてしまう。
「げきとつ! ゆめ〜のヒ〜ロ〜……」
その歌い途中で。
さっと、自分を追い抜いていく自転車があって、声を止めてしまう。
――やっべ、聞かれた!
猛烈な羞恥心の前に、先の熱さはどこへやら。たちまち、僕は縮こまった。
たかが自転車一台にビビり散らして、夢のヒーローが笑わせる。
それでも歌うのはやめない。ごにょごにょと、サビを歌い続けた。
その間も、横を抜けた自転車は前へ進み続ける。
数百メートル先にはなるが、目視できるくらいの距離に十字路が横たわっていた。
多少は小音で流してしまった僕だけど、自転車が遠ざかり、周囲も確認して人がいないのを確認。
ボリュームを戻していく。
「……でっでっでっで、あすとえがお〜うばいかえっせ……」
そこで、舌を回しながらも、僕は目を見張ることになる。
先を行く自転車の人が、十字路を横切る大型車に轢かれるんだ。
ただ、その重量に組み敷かれるような轢かれ方じゃない。映画やドラマもかくやという、空を盛大に舞うはねられ方だった。
車体を大きく上回る高さの飛びと、何回転もする身体。正直、命が助かるか危ういんじゃないかレベル。
その生々しさに目をそらしてしまいながらも、僕はなおフレーズを口ずさみ続けていた。
「……きみのむ〜ね〜に〜」
やがて訪れるだろう喧騒を控え、びくびくする僕だったが……いつまでたっても、予想した時は訪れない。
おそるおそる、前方を見やる。
驚いたよ、あの自転車の人が十字路にさしかかる手前なのだから。
その車体、そのいでたち。
間違いなく僕を追い越し、あそこからほどなく、車に轢かれる運命にある同一の人に違いない。
けれど、そのまま飛び出していった先のときとは違い、自転車の人は十字路前で停止する。
その前を、大型車が横切っていったんだ。
先ほど、あの自転車を宙へ盛大に吹き飛ばしたものと同じ色、同じ車種のものがね。
次の日に、みんなへ一連のことを話したけど、いや〜信じてもらえなかったね。
デジャヴとか、それこそ夢のヒーローの夢な部分を見たのだとか、さんざんないわれようだった。
それでも……と僕は思う。
僕がそのとき歌っていたように、ヒーローは明日と笑顔を奪い返してくれたんだ。
事故が起こってしまい、それらが失われてしまう世界から、自転車と車の運転手さんそれぞれの胸に。
夢のように思われたって、現実になることだってある。だからこそいい。