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3話  偽善者の絵空事

 人の嘘を見破る素質。


 常識の枠組みを凌駕し、超常現象めいた才能があると気付いたのは、未来のネコ型ロボットが友達にいてほしいと思う10歳の頃。


 両親揃って実家がある茨城に赴き、北海道や和歌山といった遠方の親戚が集まる正月。新年を迎え、一年の無病息災を願い、御節料理を食べたり、沢山の正月行事がある中で、毎年喧嘩の火種になるのが貰えるお年玉の金額差だった。


 居間で行われる不協和音の数々。

 目の色を変えた、欲深き人間の本性が露呈する。


 大半は金額が少ない、と無茶を言う年長組に軽蔑の念を覚えた。


 落胆のため息と幻滅の視線。紙袋を持った小学生相手に懇願する女子高生。大衆の面前で土下座をする大学生を前に。


 興味の熱量は一層と乾き。元々心には影が帯びていた。


 当時巡査部長だった従兄の呆れた様子が印象に残り、日永家一同が寡黙を貫き、一言も喋らない空間は地獄を体現しているかのような。無音の時間が経つばかりで息苦しい。あれは人権を否定する目だ。


 人生の教訓というか。


 我欲こそが自滅の一途を辿るのだと、現代に至るまで心底刻み込んだ。


 非効率的な人格形成の確立。皮肉にも嫌味を含めて。


 そんな賑わいの絶えない明るい家族会議に席を外して、母方の実家に訪れるとバカンスに来た気分。正直天国。そして正月を堪能した後、手元に集まったお年玉の総金額は三万円。懇願した女子高生が怨嗟の声を荒立てるほどの財産だ。


 けれど、無知な小学生にとって余る大金の価値。


 夢は膨らみ、無邪気加減は後悔など露知らず、胸踊る期待と散財する衝動に背徳感が芽生え、ネコの貯金箱に閉じ込めたとしても、ふと気付けば目の前で工具で粉々にしていたに違いない。


 焦燥感に駈られる。欲望は正義か。

 是非を問う自分自身の情動と理性の駆け引き。選択肢の天秤は傾ける。


 全額貯金。あるいは無駄金。


 煩悩を捨てるべきか。苦杯を喫するのか。葛藤の末、小学4年生の頭脳をフル回転した結果、妥協点を探ることにした。


『在り来たりな選択肢、そんな人生は詰まらない』


 冷静に考えてしまえば全額を使うのは賢明じゃない。愚策だ。

 かと言って貯金するにもストレスが溜まる。八方塞がりのジレンマを打開する為の解決策として、三万円自体を物理的に三等分にすることに決めた。


 一万円は持参する形で、一万円分貯金して、残った一万円を母に預ける。資金を分散することで最低限のリスクを抑える。


 悪くはない対処法だった。


 だがしかし、真面目な人間なほど損をするように。


 成長期特有の発想の転換。無敵感。最強になった気分。無尽蔵の行動力には感心を覚えるものの、物事の本質を見抜く力、洞察力が足りていなかった当時の自分はあまりにも未熟で、確信できる存在のみでしか認識できない身勝手な精神は、今後訪れる事の重大さに挫折を経験し、純粋が故に自己形成の覚醒は砂糖菓子のように脆く溶けやすく、ナイフのように鋭く切れる。


 過剰な信頼関係が不幸を招いた。救いようのない正直者の話。


 ―――正真正銘の愚者だ。



『肝心なタイミングでネタバレ挟むの本当やめてほしい』


 三月。


 昼下がりの午後。間の抜けた日曜日。

 退屈そうにテレビを見る湊はリビングにあるソファーで寛いでいた。リモコンを握り、欠伸を挟み、深い意味もなくチャンネルを変える。

 気怠い仕草でお菓子を袋ごと口元に運ぶ。味の感想は無し。関心が乏しいように視聴者ニーズが食い違う。特に芸能人の自慢話とか一体誰得なんだ。


 無難な内容。似たような番組ばかり。


 年齢層の偏りが顕著的。知見のないコメンテーター。公平性の懐疑。

 消耗品みたいに扱う量産型アイドル。視聴率が下落した原因はスマホの普及だけじゃない。ハッキリ言って普通に面白くないからだ。


『試合中にドラマ番宣するな』


 見るに堪えない。なんて悲惨なテレビ業界に苦言を投じていると、


『あ、そういえば湊はさ、一万円って何に使ったの?』


『……なんのこと?』


 キッチンの方で夜食のカレーを煮込む母。緊張感のない間延びした声に返事する湊の頭上には疑問符が傾いていた。


 言葉の意味に覚えがない。

 初耳だった。限度を越えている話だ。右往左往する視線と居場所を見付けられず宙に漂う心の疑念は曇天色に曇り、空回りした思考だけが彷徨を繰り返す。


 不鮮明の矢印は有耶無耶の闇の中に。


 怪訝そうな顔をした母は腰に手を当て、仁王立ちの姿勢で話す。


『覚えてないの? 預けていた諭吉さん。波音に頼んで引き出したでしょ?』


『いや、なんで……』


 面白味のない真実があった。想定通りの顛末がそこに。

 けれど、目の前にある事象だけは例外だった。昨日の出来事じゃない。予め貯金を引き出した前提で会話が進んでいるのか?


 それ以前の問題として。


 ―――何故、なんで、無関係の妹が知っているんだ。


 遵守的な性格の両親が口軽さで秘密を明かしたとは到底考えられない。

 自分が漏洩した? まさか。


 今年一度も話しかけたこともないのに?


 現実は事象しか観測しない。なのに好都合な展開はあまりにも不気味に感じる。まるで事実を捻じ曲げたような、デタラメな違和感を魂が拒絶していた。


 違和感の正体。


 最悪なタイミングというものは。

 因果に結び付く言葉には偶然レベルで当て嵌まらないように。


『波音』


 久しさを覚える血縁の名前。これ以上話す理由もない相手の存在を、湊は二階にある自室に戻ろうとする妹の姿を目撃した。

 一瞬だけこちらを見て、一言も喋らず、小走りに階段を上る妹はやけに涼しい顔をしており、他人事の素振りは意味もなく遠ざけていく。


 怒りなのか。虚しさなのか。勝手に歩いている自分がいた。


 テレビの電源を消して妹の背中姿を追い掛けてみると、二階の廊下で喉を震わせて牽制する妹が立ち塞がる。湊は構わず廊下に落ちていたプリペイドカードを拾うが、『返して!』と拒絶に似た形相で取られてしまう。


『波音、お前は……』


『私に感謝してよね』


 初めて見た妹の安堵の表情。だが奥に爛れた本性は風癲めいた愉悦。

 何故。彼女の性格は豹変してしまったのだろうか。どうして。彼女の笑顔は絶望の色に染め上げてしまったのだろうか。


 何も言えない。隙間を埋める言葉が見当たらない。


『こんなことをして、楽しいのか』


『……生まれなかった方が良かった人間に、正論なんか言われたくないよ』


 半ば強引にドアを閉める後姿。結局絶縁状態は改善されず、実家を離れた独居の現在、他人事の関係はあの日を境に瓦解してしまった。


 覚えていない日は沢山あるのに。

 大切な何かを奪われた瞬間だけは今も鮮明に覚えている。


 薄暗い自分の部屋。


 大好きだった女の子がくれたネコの貯金箱が粉々に砕かれていた。唯一の誕生日プレゼントだった。お揃いの貯金箱だった。最後の繋がりだったのに。


 もう思い出せない。


 けれど、その代わりに湊は『嘘』だけを見付けた。


 空いた心を見通す真実の証明を。

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