1話 月下美人に愚者は似合わない
日永湊には一つだけ、自慢できるものがある。
同じクラスメイトの女子。彼女の名前は夜長愛歌。
彼女は校内一の美少女でアイドルみたいな存在感を放っていて、透き通るようなプラチナブロンドカラーの髪色と背中程のセミロングが特徴的で、振り返る人々の視線を釘付けにしてしまう端麗な容姿はまさに神様の贈り物。
天真爛漫に映る笑顔は年相応に。時折浮かべる微笑は大人の淑やかさに。
まるで、天国に咲いた一輪の月下美人。
欠点のない性格。黒い噂話なんて聞いたことがない。
非難を浴びせようとした他校の女子達に反駁はせず、物柔らかな口言葉で反省を促したり、とにかく真面目で芯の強い彼女は人格者そのもの。
成績は常に優秀。オマケにスポーツも万能。
天は二物を与えず、そんな言葉があるけれど、改めて神様は不公平だと思う。
何せ、窓辺で呆ける僕には一切無関係の景色だった。
「……」
クラスの中心にいる彼女。対極的で華のある空間。親しげな学友と共に味気ない談笑を挟み、少しだけ日常を着飾る。
笑顔を向ける。
高嶺の花の彼女と雑草の僕。
明確に違う。雲泥の差だ。天地の差なんだ。
僕に居場所はない。
白けた視界に映る一滴の光が。
燦々と輝いた瞳の視線が。眩し過ぎて息苦しさに溺れてしまう。この世界で彼女だけが特別だった。別世界の住人なのだと納得せざるを得ない。
結局、諦めてしまった。
関わる意味も。挨拶を交わす勇気も。手を伸ばす価値でさえ。
見失う。描いていた憧憬は都合の良い勘違いなんだ。無駄な一目惚れだ。
―――どうか惨めな自分を馬鹿にしてくれ。
離れていく理想と現実の無意味さに気付いて、身勝手に絶望して、否定的な理由は納得を満たす為の自己防衛なのかもしれない。けれど、それでも一つだけ願いが叶えられるのならば、祝福の続く彼女の幸せな人生を望む。
信じてみたいんだ。
彼女の未来に実りがあることを。
どうか後悔しないでほしい。相応しい人と明るい家庭を築いてほしい。
誰かの幸せを喜べるような、誰かの背中を支えるような。
優しい人に憧れている。
そんな彼女のいた時間こそが、―――僕だけの自慢だった。