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乳児、引っ越す。

「こんな…こんな事、許されることではありませんからね?!わざわざっ!!不穏因子を…生かしておくだなんて!!センパ…オーラヴ殿は…全くこの国、ノシュクルの行く末について危機感を持っていない!!そんな人が辺境伯?!ふざけるなッ!!僕は…僕は認めない!!」


 《父オーラヴの胸に抱かれた可憐な乳児アストリットを震える手で指差し、ヒステリックに叫び声をあげた青年は、名をアルフ・ノルトヴェイトという。【アナタとアキバ転生~ね、こんな僕でも愛してくれる?~】略して【アナくれ】の攻略対象者である彼は、アストリットの父オーラヴの後輩にあたる。学生時代共に学んだ仲間であり、友人であり、信頼関係を築いたかけがえのない親友であったのだが…、とある事件がおきて仲違なかたがいをし、以降は顔を合わせるたびに一方的に嫌悪の表情を向ける間柄となっていた。オーラヴがノシュクルの現国王の息子ハルフダンの護衛を務めるようになってからは、ほとんど顔をあわせることもなく平和に暮らしていたのだが……》


 ……今日も穏やかに心地よく聞こえてくる、ナレすけのエエ声ナレーション。


 いちいち登場キャラの紹介を几帳面にはさんでくるのがなんとも言えない。アルフの紹介ナレーションは、もうこれで…ひい、ふう…、3回目ぐらい?あまりにも何度も同じフレーズを聞きすぎて、田舎のひいおじいちゃんの鉄板の昔話を聞いてるような錯覚に陥るんですけど。なんでこう何度も何度も同じキャラの紹介を入れてくるんだか??

 ―――どこから物語が始まっても良いように、気遣っているのか。

 そうだね、この怒りにまみれたお兄さん、一応【アナくれ】の重要キャラだもんね。


 アルフ青年(現在の年齢17、攻略時34)は、【アナくれ】の攻略対象者だ。お父様を陥れ、失脚させ、辺境伯の座を奪い、聖女プレイヤーを呼び出し、悪役令嬢わたしを成敗する事になる。

 イケメンのくせに奥手とヘタレをダブルで拗らせている受身100%の男で、ゲームの中で聖女に演技バレバレのおねだりをされてコロッと信じるくらい女性慣れしてないんだよね…。声をかけてくれた人をすぐに好きになっちゃうくらい人に飢えててさ、どの選択肢を選んでも好感度が上がるヌルキャラなんだよ。めちゃめちゃネガティブで、すぐに悪い方向に悪い予想を悪い思い込みに変えては物騒な事ばかり考えるくせに、聖女にはいい人ヅラでポジティブ発言してさ!!そのねじれた根性の結果生まれた恨み辛み妬み嫉みその他もろもろを、悪役令嬢であるアストリットに叩きつけてこてんぱんにするという…。


 わりと陰険キャラだから、調教ターン以外はあんまり愛でることもなかったんだよね、この人。セリフがあまりにもネガティブすぎてしかも長ったらしいもんだから、いつも文章流し読みしてたくらいだし。今もでろでろとした悪意をびしゃびしゃぶっかけられててすんげぇ気分悪い。うう、生悪意の圧といったらもう。はっきり言ってあんまり関わりたくないし、情報収集も気が進まないというか…何度も紹介ナレーションを聞きたくない人物なんだよね。やだなあ、今後も何回も聞かされるんだろうか?なんでこんな事になっちゃってんの??

 ―――【アナくれ】製作スタッフがゲームのオープニングをどの時期にするか迷った背景があってブレてるのか。


 …すごいな、適当に計画を練った結果、現実世界でこんな影響がでようとは。

 というか、地味にナレすけの知識も微妙に影響してるんだね、魂の記憶的なもんなのかなんなのかわかんないけど、制作会社の裏事情に精通していた過去が絶妙に余分なナレーション追加という行動に繋がっているみたい。どこでどんな設定や制作秘話が絡んでくるかわかんないなあ…気を付けとかないと!!


 今はナレーションに集中してるから過去の記憶の影響はほとんどないけど、いつかナレすけが自分は転生者だって気がつけば…好き放題にやらかされてしまう可能性がある!!


 ファンサイトを運営して二次作品をわんさか公開しているようなコアな【アナくれ】ファンだったナレすけは、イベントも小ネタもすべて網羅していて、はっきり言って開発スタッフよりも【アナくれ】世界を熟知している。中でも一番のお気に入りキャラはアストリット…私で、純潔清楚を貫く清廉潔白女子に陶酔しつつ、勝手に妄想で作り上げた裏アストリットの物語をねちっこい文章で堪能…うん、キミの愛のでかさ&深さ&重さおよび性癖は、よ――――く分かった!!本人を目の前にして、よくもそんないかがわしい妄想を…って過去の出来事だし、目をつぶってあげるけれども!!


 …まぁ、スキル【ナレーション】持ちで異世界転生したという自分の状況にはまったく気づいちゃいないけど、ナレーターとしての役目を務めあげるべく一生懸命頑張ってはいるんだよね、この人…。その点はねぇ、ちょっとは褒めてあげたいなあと思わないでもない。与えられた役目をきっちりこなし…無意識下とはいえ使命感に燃えつつ真摯な態度を貫いている姿勢は、ちょっとうっとおしかったり本音駄々洩れでうへえってなることもあるけど…そこらへんはとりあえず置いといて、うーん、わりとこう…男気のようなものを感じて好印象では、あったり。

 少なくとも根性はアルフみたいに捻じ曲がってないし、好意の塊をびしゃびしゃ浴びせられるのは微妙にうれしかったりするんだよね…。そうだなあ、紹介ナレーションだってよくよく考えたら…、聞く機会が増える分情報も増えるわけで、ある意味ありがたい事なのかも。


 ……というか、ちょっと待って、…とある事件?そんなの初めて聞いたけど?

 ―――寄宿舎時代に、ベッドの下に隠してあったお宝をお父様にいじられて…こじらせたのか。


 いつまでも昔のちょっとした恨みを根に持って、みみっちいなあ、もう。そんなん胸を張って『見ろこれが俺の生き(たぎ)るすべてだ』の一言で済む話じゃないの、いちいち汚点化して恥ずかしさをごまかすために目くじら立てて周りに怒りを撒き散らすとか、なんか小さいなあ、色々と…。たかが爆乳美魔女のはみだし手ブラ写真でしょって…ああなんだ、厳格な両親の元に育ったからこんな事になっちゃったのか。って、私と似たような環境じゃない!!

 この世界は魔法があるんだからさあ、こじらせたりなんかしないで堂々とおっぱい星人宣言して、思いっきりあけすけになって楽しめばよかったのに!!はっきり言って令和の世の中よりよっぽど恵まれてると思うんだけど?!私なんか官能小説極小コピーしてボールペンのボディに仕込んで保存してたんだからね?!どれほど空間魔法や隠蔽魔法に恋焦がれたことか!!!


【アナくれ】世界の魔法は、実にこう、ラノベ脳的な発想に基づき存在している。だがしかし、生活魔法に移転魔法、空間魔法に時間魔法、創造魔法に治癒魔法、魔法無効化…いろいろあるものの、どこぞの大魔導士みたいな魔法玉をぶっ放すことができる人はまれだ。

 学校を卒業すればそれなりに火を出したり水を出したり風を吹かせたり空を飛んだり隠したりすることはできるものの、穏やかに不便を便利にする程度で使われているのが日常となっている。


 学校で魔法を使うための基本を学べるんだけど、さぼれば魔法は使えず、練習をしなければ精度も悪くなる。かなり地道に真面目に学ばないと身につかない…努力がものを言う技術的な立ち位置らしい。

 …あれだ、練習したら上手な絵を描けるようになるけど、描き続ける事は情熱がないと難しくて、結果を出せるとも限らないみたいな…、エロい絵を描こうと思ったら何度もデッサンしなきゃだし悩殺ポーズも研究しなきゃだしみたいな…、見る人を虜にするような興奮ストーリーも考えないとただの模様でしかなくなっちゃうみたいな…、五億部出版するような漫画家は一人二人しかいないみたいな感じ。単行本出版できた(すごい魔法が使える)人が全人口の1%くらいいて、同人誌イベント壁ブース(かなり魔法が使える)レベルが3%くらいいて、ちょっとうまい絵が描けるけど漫画は無理って感じの(役に立つ魔法は使える)人が10%程いて、顔らしきものが描ける(ショボイ魔法なら使える)人が30%くらいいる、みたいな…。当然、まだ何一つ学んでいない私は全く魔法が使えなかったりする。


 魔法が使えないからといって劣等感を持つ事はあまりなくて、使えないもんは仕方がないと納得して平和に暮らしている人がほとんどだ。全人口の半分くらいは魔法が全く使えないのだけど、わりと魔法道具などが充実しているしコストも安価なので不便はない。


 ちなみにスキルは魔法とは全く性質の違うもので、何らかの力を持って生まれた存在だけが使える特技の事。人だけでなく、命の仕組みを持つ存在すべて…魚や動物や妖精や獣人なども持って生まれる事があり、練習や努力で上達するようなもの、後付で取得できるようなものではない。


 国の機関では神が使命を与えただの能力を貸し出しただのそれらしいことを言っているけど、そのじつただの【アナくれ】の設定でしかなくて、この世界にエッセンスを加えるために用意されたシステムの一部だったりする。神に呼ばれたから『(かみ)()』とかさあ、ネーミングが安易というかラノベ乙っていうか…まあイイや。わりと貴重な役どころなので、勝手に処分されないよう生まれてはじめて呼吸をした時に派手に光り散らかして、その赤ちゃんがスキル持ちである事を主張するようになっているという微妙なやっつけっぷりもいただけないんだよねぇ……。


 私も例にもれず、生まれた直後に桜色の光に包まれたのだ。初めて出現したド派手な色の輝きだったせいで上へ下への大さわぎになり、やれ危険だやれヤバイやれ不吉だやれ今すぐ処分しろやれ悪魔の生まれ変わりだやれやれやれやれ…生後0日から今日まで、てんやわんやの大さわぎの日が続いていててさあ!!!

 お父様はお母様と私を守るために必死で王子の護衛の仕事に行けなくなるし、四六時中屋敷におっさんやら訪問してきてうるさいしでホント大変だったんだよ……。


 このたびめでたく乙女ゲームの舞台である『ナンセン』に引っ越すことが決まり、ようやく静かに暮らせそうだと思ったのだけど…馬車に乗り込もうとしたその時に、うるさいことをのたまう人に捕まってしまったという。


 …ええい、幸先の悪い!!わざわざ出立の日に凸してこなくても良いじゃないの、お見送りの第一王子もドン引きしてるんですけど?!コレってわりとかなり相当不敬にあたるんじゃないの?!

 ―――親友同士の別れの挨拶に顔を出した後輩が、寂しくてごねて横槍を入れただけだって認識なのか。

 寂しい?!ごねて?!ちょっと待て、こいつはやがてお父様を失脚させて新天地ナンセンをめちゃめちゃにして私を海に沈める極悪人なんですけど?!


「…国王のご命令だ。お前が声を上げたところで、オーラヴの出向を中止する事はできん」

「しかし!!ハルフダンさま!!」


「…下がれと言っている!!!」

「……っ、は、ハイ……」


 《グ、ぐぬぅ―!!クソヘタレヘンタイアルフのくせにめっちゃアスたん睨んでるじゃん!!なんだこいつ!よくも僕のアスたんを!!失敬な奴だな!もう出番終わったんだから早くあっち行け!根暗がうつったらどうすんのさ!もー!プンプン!!》


 ナレすけも激しくお怒りのご様子だ!!!おかげで自分の怒りが収まってきたぞ!!

 この人さあ、落ち着いてナレーションしてる時はいいんだけど、私に悪意向ける登場人物がいると子供みたいな発言するんだよね…。素直というか真っ直ぐというか、大人げないというか、精神年齢が低めなのかもしれないけど…ちょっとかわいいなと思うことも有ったり、無かったり。


「アルフ、お前も…子を持てば、王のご決断が正しかったと気付けるはずだ。…達者でな」

「………!!!」


 クソヘタレヘンタイアルフに優しく言葉をかけるお父様…なんという心の広いことか。ああ〜、ようやく、やっと移動できるみたい!!


 もうこれでしばらくはこの軟弱陰険ネガティブ被害妄想ヒステリーむっつりおっぱい星人熟女好きのふりして実はロリコンのパンツははかない主義:こじらせ大魔王ヘンタイ乙の姿を見なくてすむぞ!!


 アー、縁起悪い!!悪かった!!悪すぎた!!


 誰か、塩まいて、塩、しお!!


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