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竜は長崎の海に⑧

 時か過ぎた。


 秋と呼ばれた時期の朝。

 だが、今は明確な秋という季節はない。ただ夏ほどには暑くない、という程度。

 それでも大陸から季節風が吹き始める時期には違いない。


 かつては対馬海峡とも玄界灘とも呼ばれた海。

 その水平線近くに、何か点のようなモノが幾つか見えていた。

 長崎の北、かつては石盛山と呼ばれた山の上にいる三つの人影と二頭の犬。

 うち二人が年代物の双眼鏡を覗く。


「…来た!来たで!」

「とうとう…来たね…」


 シンが興奮して、後ろにいるクルミへ叫ぶ。

 クルミも双眼鏡で沖を見つめている。


「ネフェル、まずはみんなへ伝えて」

「分かった!二人とも、気をつけてね」


 ネフェルはハクレイに飛び乗り、南へ向けて駆け出した。

 残る二人は船を監視し続ける。


 望遠鏡の丸い視界には、何隻かの船が映っていた。

 幾つかは船の上に白い帆を広げている。

 だが船の中に一つ、黒い煙を上げている船が混じっている。

 それらは船首を長崎へ向け、時と共に姿を大きくハッキリと示していく。


「バステが見た船と同じだ。長老の予想通り、大半は帆船だったね」

「ああ。でも、蒸気船ってヤツか、それともエンジンってヤツか、それもおるわ」

「凄いね…」


 二人は冷たい汗を流しながら、近付いてくる船を監視し続ける。

 船は、全部で七隻。帆船六隻に煙を上げる船が一隻。

 太陽が真上に来る頃、それらは真っ直ぐ南へ来るかと思いきや、途中で方向を西へ変えた。

 森が広がる長崎の山をグルリとまわっていく。


「どこへ行く気かな?」

「多分、長崎の様子を海から確かめてるンやろ。

 敵はいないか、どこが上陸に都合がええか、人を降ろして村を作るにはどこか…て、あ!」

「な、何?」

「あ、アレ見てみぃ、船の横っ腹とか、上とか!」


 シンが驚いて船を指差す。クルミも船をよく見直してみる。

 船の甲板や舷側には、大きな鉄の筒がみえている。


「なんちゅうこっちゃ…。

 大砲ってヤツかいな…あんなモンまで持っとるなんて」

「このままだと、あいつら、佐世保の海に来ちゃうね」

「ああ、そしたら柚木の村が丸見えや。畑も広がっとるし。

 あいつら間違いなく柚木に来るで…銃を構えながら、な」

「みんなに伝えよう」

「せやな、もう十分やろ。俺も準備せんとな」

 二人は犬の背に乗り、薄暗い森の中へ消えていった。





 次の日の朝。

 森の広がる長崎の地を左手に眺めながら、船団はゆっくりと南進する。


 先頭を進む蒸気船は、全長が約八十m程。

 補助として三本のマストを持つ。

 武装は舷側に並んだ穴から大砲が砲口をのぞかせている。

 甲板など、船の外装は鋼鉄で覆われていた。ただし、その装甲はツギハギが目立つ。

 船自体が過去の船の残骸を集め、つなぎ合わせ、修理を重ねたものなのだろう。

 先頭の蒸気船に率いられる帆船も、近くでみれば鉄・プラスチック・木材等のツギハギだらけなのが分かる。


 だが、並んでいる大砲はツギハギではなかった。

 そして甲板には細い銃身を束ねたものもある。それは後装滑空式野戦速射砲、即ちガトリング砲。

 六本の銃身を束ねて歯車とクランクで回転させ、装槙の完了した銃身を次々と撃鉄前に持ってきて弾丸を絶え間なく発射する。

 砲の後ろには砲手が座る銃座がついている。

 それが甲板から海へ向け、四丁が備え付けられていた。


 そして中央に煙を吐く大きな煙突がある甲板では、沢山の人間が動き回っている。

 上陸用ボートのカバーを外したり、装備を点検したり。

 マストの上から船団に近付く存在がないか監視したりしている。


 甲板に立つ黒いマントを着た男が、望遠鏡から陸地を眺める。

 その横には薄茶色の迷彩服姿を着た大男が控える。


『信じられない…。

 見ろ、シュウよ。本当に、陸地が全て木々に覆われているぞ』

『本当ですな、リー艦長。

 写真で見た事はありましたが、まさか、この目で見れるとは…驚きです』


 中国語で会話する二人は、後続の帆船へ視線を移す。


『気の早い連中だ。既に上陸の準備に入ってるぞ』


 リー艦長の言うとおり、帆船の甲板上ではクレーンにボートが下げられ、甲板上には陸揚げする荷物の山が築かれつつある。

 準備をする人々は、服装も体つきも貧相だが、表情は一様に明るい。

 皆、新天地への第一歩を心待ちにして興奮しているようだ。


『まずは調査隊が先です。輸送船へは待機を命じておきます』


 迷彩服の男が近くを駆ける男に指示を出す。

 すぐにマストの上に渡されたヒモの間に、様々な旗が吊される。

 その旗流信号によって輸送艦隊へ待機が伝えられた。

 クレーンに下げられたボートは、渋々という感じで片付けられた。


 シュウは装備を調えていた一団を呼ぶ。

 即座にシュウと同じく薄茶色の迷彩服を着込んだ屈強な男達が整列した。

 全員が肩にライフル、腰のホルスターに拳銃を携帯している。


『では、これより我々は先遣隊として上陸する。

 海岸に拠点を設置した後、この地の調査を開始する。

 目的地は、あそこだ』


 シュウの太い腕が指し示す先には、柚木の村と広い畑があった。


 シュウに率いられた迷彩服の一団は、荷物を満載したボートに乗り込む。

 彼等は海面に降ろされ、森が迫る海岸目指してオールをこぎ出した。

 小舟は波に揺られながら、海面から突き出すビル群の間を進んでいった。





 部隊は森の中に続くアスファルトの道路跡を進む。

 道の左右には百年前に放棄された建造物の残骸と、それを飲み込もうとするジャングル。

 薄暗い森の中からは虫の音や鳥の鳴き声が聞こえる。


 ライフルを手に、全方位へ警戒しながら進む彼等。

 だが誰とも出会わず、順調に山の上へ向けて坂道を登っている。


 草むらの中には白骨。

 木の幹には何かのサインらしき古い傷痕。

 山の上に見える居住地らしきマンションには、全くツタや草がなく、最近まで手入れされていたらしい。


『…何も、来ないな』


 油断なく先頭を進むシュウに、後ろの隊員達が答える。


『妙ですね。海からも集落が見えたのに』

『この森を最初に発見した連中は、巨大な獣や動物みたいな人間に襲われた、と言っていましたが』

『待ち伏せ、か?だが罠も無いし…』


 隊員達の話を背中越しに聞きながらも、シュウは警戒を怠らず進んでいく。


『俺たちの船は陸地から見えていたはずだ。なのに誰も来ない…。

 既に逃げた後か、こちらの本隊から十分離れた場所で待ち伏せしているかの、どちらかだろうがな』


 そんな話をしているうちに、彼等は柚木の村に到着した。



『…誰もいませんでした!全部持ち去られた後のようです!』


 マンションの上階から、各部屋を調べていた隊員が大声で報告する。

 山の裾野に広がる畑からも隊員が戻ってくる。


『畑も誰もいません!

 作物も収穫された後で、何も植えられていませんでした』


 その他、あちこちへ隊員達が走り、そしてすぐに同じ報告を告げに戻ってくる。

 誰もいない、何も残っていない、という報告を。


 彼等は村をくまなく捜索した。

 マンションの使用状況から、村落にいたのは十から二十世帯。

 おそらくは百人近い人間が暮らしていた。


 近くには枯れ草がビッシリと敷き詰められた小屋が数軒。

 枯れ草には獣の毛が大量に混じっていた。

 恐らくは集会所として使用されていた学校には、床一面に巨大な爪痕が残る体育館があった。

 ゴミ捨て場として使用されていたであろう穴には、大量かつ様々な貝殻と骨が溜まっていた。


 それら全ては、だいぶ前に放棄されたらしく、生活用品は何もない。

 住居の床にホコリが積もっていた。


『とっくに村を捨てていたのか…。

 わが国の船を見て、争いを嫌って奥地へ移動したんだろうか』


 運動場の真ん中でシュウが呟く。

 隣に控える隊員は、首を捻りながら体育館の方を見ている。


『けどよ、あの体育館の床についた傷、一体なんなんだろうな?』


 その疑問に、シュウも首を捻る。


『話にあった巨大な犬、というのはマンションの横の小屋に飼われてたはずだ。

 じゃ、あの建物の床に、あれだけ大きな傷を付けれるモノって、どんな生き物だ?』

『さて…。

 ともかく、争う気がないというなら話は早い。この地は頂きだ』

『おう!

 ここに来るまでの森にあった木の実といい、あの貝殻の山といい、山も海も食べ物で一杯だぜ!』

『まだ浮かれるのは早い。

 この村の周囲を調べる。

 何も問題がなければ急いで報告に戻るぞ』


 その後、彼等は森に入って探索を続けた。

 やはり誰もいない森で、襲ってくるのはハチや蚊くらい。


 木になっていた多くのココナッツやパパイヤを収穫した彼等は陽気に海岸へ戻った。

 上陸拠点でキャンプを設営していた分隊。彼らは海で多くの魚を釣り上げて、たき火に炙っている最中だった。





 次の日の朝。

 夜明けと同時に軍船の兵士達を乗せたボートが上陸した。

 その後も忙しく帆船と海岸を往復。その日の昼過ぎには全移住者の上陸が終わった。

 リー艦長は蒸気船の甲板から、上陸を指揮し続けていた。

 シュウが敬礼と共に、艦長へ上陸の完了を報告する。


『水兵百五十名、及び移住団千五百名の上陸、完了しました。

 ガトリング砲二丁も無事に運び終え、台車に積み終えました』


 艦長が望遠鏡を覗く。

 報告通り海岸近くのアスファルト上に、六本の砲身を持つガトリング砲が見える。

 二つの大きなタイヤをはめられた二輪の台車に備え付けられていた。


『よし、それでは私は艦隊に残る。

 お前達は村落跡に行って居住地を建設だ。

 くれぐれも敵襲には気をつけろ』

『はっ!』


 再び敬礼したシュウは、降ろされている途中のボートに飛び乗った。

 リーが浜辺を見ると、多くの人々がお祭り騒ぎをしているのが見える。

 新天地にたどり着いたと喜びに沸き返っているのが遠くからでもよく分かる。



 上陸した人々は、先を争うように山頂を目指し始めた。

 移民団に連れてこられた犬も、見慣れぬ土地に警戒しながら森の奥へ道を進む。

 いち早く山頂へ着いた人々は、見渡す限りが森に覆われた長崎の地に感動し、喜びの余り絶叫し、涙を流して大地に口づけすらした。


 移民団を護衛すべき水兵達までが一緒になり、森へ入って果実を取る。

 住居として使用されていたマンションへ飛び込んで住み心地を確認したり、田畑の肥えた土を確かめていた。


 広場の入り口にある門柱の横で、真面目に警護を続けている隊員達もいる。

 だが彼等を率いてお祭り騒ぎをする人々を護衛し続けているシュウも、感涙の余り目にうっすらと涙を浮かべていた。

 

『あのー、お忙しいところ、えらいすんません』


 そんなシュウは背後から、感動とは縁遠そうな声で話しかけられた。


『ん?…誰だね、君は』


 隊員達が後ろを振り向くと、茂みの中に目の細い若者が立っていた。


『はぁ、俺はシンって言います。

 あの、もしかして、この人達を率いている偉い人やと思うんやけど、合ってます?』


 控えめに、腰を低くしてシュウに話しかけるシン。

 彼の姿を見た人々は、最初は訝しげに、そして段々と鋭い目で彼を睨み付けた。


 シュウは隊員達に目配せし、油断無く周囲の状況を確かめる。

 だがシンは一人で茂みの中に立っており、他には誰もいるようには見えない。

 彼は胸を張り、右手はホルスターの拳銃へ即座に伸ばせるよう意識する。

 そして可能な限り落ち着いて口を開いた。


『そうだ。

 私は新華共和国、海軍所属陸戦隊隊長。シュウという』

『ああ、やっぱり偉い人でしたか、良かったですわ』


 答えるシンはペコペコとお辞儀をする。

 武器の類は全く持っておらず、敵意があるようにも見えない。

 隊員達の緊張は少し緩む。だが周囲への警戒を怠ったりしない。


『それで、シンと言ったか?

 お前は何者だ。何の用だ』

『はい。

 実は俺、以前は大陸の沿岸に暮らしてまして。

 この夏に嵐で流されて、ここへきたんですわ』

『ほう?遭難した、というのか?』

『はぁ。

 ほんで、この長崎っちゅう所に住んでた人らに助けてもろたんです』

『なに!?』


 シュウは、そして他の隊員達にも再び緊張が走る。

 それぞれの銃やライフルの銃口がシンへ向く。

 対するシンは両手を上げ、彼等に手の平を見せる。


『この通り、武器なんかは持ってまへん。

 安心して下さいな』


 その言葉に、シュウは他の隊員達へ腕を振る。

 彼等は銃口を下ろすが、鋭い目つきは変わらずシンを射抜き続けている。


『お前、シン…とやら。我々に何の用だ?』

『あ、あのですね。

 実は俺、この長崎の柚木村の長老さんから、交渉役にって送られてきたんですわ』


 シンは冷や汗をかきながら、隊員達の様子を伺う。

 彼等は全員がシュウの方を見て、次の指示を待っている。

 そしてシュウは、何も言わずシンを睨み続ける。


『…ついてこい』

『承知です』


 シンは隊員達に囲まれ、シュウの後をついていった。





 時は夕暮れ。

 移民団は多くが広場に集まっている。

 広場の真ん中には火がたかれ、薄暗くなっていく森を照らし出す。


 人々は皆、森の果実を手にし、焼き魚を頬張っている。

 だが、食事中だからといって和やかな雰囲気ではない。

 張りつめた空気の中、人々の輪に囲まれた二名の人物を見つめている。


 一人はシン。相変わらず武器も何も持っていない。

 もう一人はシュウ。二人とも火の横にあぐらをかいて座っている。

 シンは長い説明を終えて、ようやく一息ついた所だった。

 シュウはシンの話を簡単にまとめて繰り返す。


『…つまり、なにか?

 お前達の長老は、我々に武器を捨てて降伏しろ、と言いたいのだな?』

『いや、ちゃいますがな。

 一緒にこの地でやっていかへんか、て言うてんです。

 ただ条件として、武器を放棄することは必要なんやけど』

『バカめ!それを降伏というのだ』


 シンの申し出は一蹴された。見下す視線と共に。

 だがシンは諦めず話を続ける。


『いや、長老さんは、そんなつもりはないんです、ホンマに。

 あんたらさえよければ、新しい居住地かて用意するって言うてます。

 ただ、殺し合いだけは勘弁して欲しい、つーことなんですわ』

『なんとも上手い話だ。だが、そんな話を信じろ、と?』

『証拠が要る、ゆいます?

 ワシらはこの森、柚木村を放棄してあんたらに引き渡した。

 これで十分ちゃう?』

『ふん、バカバカしい』


 シュウは鼻で笑う。

 二人を取り囲む移民団と、迷彩服を着込んだ陸戦隊隊員も、シンの話にクスクスと笑い声を漏らす。


『何がバカバカしいんや!』


 話を聞いてもらえないばかりか、明らかに軽蔑され、シンは声を荒げてしまう。


『一応聞くが、お前らは何故に村を明け渡す』

『あー、さっきも話したけど、ここは一番最初に植林始めた土地やねんて。

 で、もう植林終わったから、大半の連中が別の土地に移った後やってん。

 だから構わへん、て。

 見ての通り豊かな森と海や。

 あんたらが全員で住むことは出来るやろ』

『ふむ、なるほどな』

『つーわけで、こっちは誠意見せた。

 あんたらも損は無い。

 せやから、この辺で手を打たへんかっちゅー話や』


 シンの提案を聞き、人々からは囁き声があちこちから聞こえてくる。

 だが、シュウはやはり鼻で笑った。


『くっく…バカめ。

 それで筋が通ったつもりか?』

『な…どういうこっちゃ』


 大男の隊長は、チラリと横を見る。

 その視線の先にシンも目線をずらす。

 そこには、たき火の赤い火に黒光りする砲身を照らし出すガトリング砲があった。


『お前、あれが何か分かるか?』

『大砲、みたいなもんやね。名前は知らんですけど』

『ガトリングガン。

 射程は四百m以上。

 口径は1インチ、装弾数は三百六十発。

 一分間に百八十発撃てるぞ』


 ガトリング砲を囲んでいた数名の隊員が動く。

 砲車の座席に一人が座り、左右にいる隊員が砲口をシンへ向けた。


『ひぃっ!』


 思わず悲鳴を上げて射線から逃げ出すシン。

 その姿に人々が大声で笑い出す。

 シュウは満足げに彼の醜態を眺め続ける。


『お前達の集落を見せてもらったが、全くの原始生活だな。

 武器もせいぜい弓矢と剣程度だろう?』


 チラチラと砲口を気にして視線が左右するシンが、カクカクと頭を上下させる。


『た、確かに、武器はそんなモンですわ。

 機械の類は全く残ってませんし』

『つまりは、そういう事だ。

 お前達に交渉の余地はない。

 長老に伝えろ。降伏するか、どこかへ消え失せるならよし。

 殺さずに見逃してやる。

 だがもしも刃向かうなら、穴だらけになってもらう、とな』


 冷酷な宣告。

 シンは慌てて腰を浮かす。


『いやいや、まってぇや!

 別にどっちかが消える必要はないやろ?

 仲良くやっていく方法かてあるんちゃうやろか』

『愚問だな。

 お前達のような文明を忘れた原始人、我等と対等な訳が無かろう』

『原始人って…。

 確かにあんたらの国は、文明を今でも守ってるみたいやけど』


 その言葉に、シュウは待ってましたとばかりに胸を張り、高らかに語り出す。


『その通り!

 我が新華共和国は、百年前の大混乱から大地を蘇らせるために立ち上がったのだ。

 生存者達をまとめ上げ、陰惨な殺戮に満ちた世界に秩序をもたらた。

 失われつつあった科学の力を再生させたのだ!

 その威光は、今や大地を遍く照らし出す。

 我が国の大義に賛同して軍門に下る勢力も増え、その領土は拡大を続けている!

 そして栄光ある我が国民は、とうとうこのような辺境の地にすら科学と秩序と、何より正義の光をもたらしたのだ!』


 立ち上がって力説するシュウ。

 彼の演説に周りの人々は喝采し、歓声を上げ、立ち上がり口笛を吹く。

 それを見せられるシンは肩を落としてしまう。


『秩序と正義って…。

 それで、ウチらの村を皆殺しにしたんかい?それが秩序と正義やっての?』


 その言葉にシュウは首を傾げる。


『何の話だ?我々は、まだ誰とも争っていないが』

『ちゃうわ!俺が元々暮らしてた村の事じゃ!』


 吐き捨てるようにシンが叫ぶ。


『俺の村は、大陸の沿岸にあったんや。

 せやけど、あんたらの国の連中が銃を持って突然襲ってきよったんや!

 それで村は全滅して、俺は海へ逃げ出したんや。

 それを拾ってくれたんが、ここの村の人らやで。

 どっちが正義やねんなっ!』


 彼は立ち上がり、拳を振り回して叫ぶ。

 その内容に、興奮していた周囲の人々は困惑する。

 だがシュウに怯む様子も迷う様子もない。

 彼は傲然と反論した。その言葉が当然家のように。


『文明を持たぬ輩など、獣も同じ』

『な、なんやと?』


 聞かされるシンにとっては、とても当然だなどと受け入れられる言葉ではなかった。


『獣は人に狩られるのだ。

 そして我等、優れた存在の糧となる。

 弱肉強食というヤツだ。

 何がおかしい?』

『な、何がって、あんた…。

 それ、結局、強さが正義、ちうことか?』

『そうだ。当然だろう』


 二の句が継げず絶句してしまう。

 だがシュウは構わず話を続ける。


『文句があるなら、強く賢くなればいい。

 そして我等から身を守ればいい。

 出来ないなら、殺されるしかない。

 抗議はあの世ですることだ』

『いや、だから、別に殺さんでもええって言うてんねんで?

 だって、ここにいる人らくらいは受け入れられる、一緒に暮らせるって、長老さんは』

『悪いが、我等は第一陣だ。

 我等の植民が上手く行けば、その報告を受けた本国は第二、第三の移民団を送るだろう』

『な…』


 シンは絶句する。

 だが彼も分かっていた。それは当然の話だ、と。

 結局、大地の富を奪い合って争うのが大前提の話になるとは皆が認めていた。

 それでも長老は、争う前にシンを派遣し、まず話し合いを求めた。

 そして予想通り、移住者達は先住者から全ての土地を奪う事を前提として考え、行動していた。


『そんなわけで、お前達には消えてもらう。

 だが、この地を素直に明け渡してくれた事には感謝しよう。

 だからお前を殺さないし追わない。

 長老とやらの所へ行き、今の話を伝えてくれればいい』


 淡々と、冷淡に、一方的に結論を出すシュウ。

 周囲の人々からも、『帰れ帰れ!』『ここはもう俺たちのモノだ!』『頭の悪い原始人め!』と罵詈雑言が飛ぶ。

 石すら飛んでくる。


『…わーったわ』


 ガックリと肩を落としたシンは、広場の入り口へ向けて歩き出した。

 シュウが指示を飛ばし、入り口周辺にいた人々は道を空ける。

 トボトボと歩き去ろうとしてたシン。

 だが、広場から出た所で、ふと足を止めた。


『そうそう、長老さんは、これだけは伝えてくれって言うてたんや』


 軽く振り返り、シュウへ、そして広場の人々へハッキリと言う。


『あんた達と争いたくはない。

 気が変わったら、いつでも言うてくれ。

 決して悪いようにはしない。

 …確かに伝えたで』


 聞かされた人々からは失笑が漏れる。

 シュウは、呆れたように肩をすくめて微笑んだ。

 そして、シンは夜の森へと消えていった。


 シンの姿が消えたのを確認してから、シュウは移住者達へ向けて大声を張り上げた。


『さて!

 皆、聞いての通りだ。

 今夜からは夜襲の可能性が大きい。陸戦隊員と武器を持てる男達は交代で警護に当たれ。

 他の者は今夜はゆっくり休むんだ。

 明日から早速村作りだ!』


 威勢の良いかけ声がわき起こり、男達は銃や斧やナイフを星空へ高く掲げた。

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