竜は長崎の海に①
ども、デブ猫です。
以前こちらに投稿した作品ですが、携帯で見やすいように作り替えてみました。
なるべく読みやすいように書き直したつもりです。
ですが、何かご意見ご要望などありましたら、お教え頂けると後学のために助かります。
是非ともお願い致します
それは昔から起きていた。
そんな事は誰でも知っていた。
誰も彼もが気付かないフリをした。
見て見ぬふりをした。
だが現実は容赦なく突きつけられた。
事実から目を背けられなくなった時。それは手遅れになった時。
もはや道は一つしかなかった。
争いが起きた。
残酷な、残虐な、残忍な争いが起きた。
誰も争いから逃れられなかった。
それを戦争と呼んで泣いた者。
怒りも涙も枯れ果てて、ただ立ち尽くすだけの者。
歴史ではいつものことさ…と、せせら笑う者もいた。
死は彼等に等しく訪れた。
そして、時は過ぎた・・・
~竜は長崎の海に~
「ぅあっぢぃ~のぉ~」
野太くかすれた声が、夏の暑さに抗議した。
「あっちぃよな、じーちゃん」
サンサンと降り注ぐ太陽の下、金髪を風になびかせた男の子はだるそうに頷く。
右手を額に当てて光を遮り、遙か水平線を見渡す。
「なーんかでっかい獲物いないかなぁ」
彼方に広がるは、見渡す限りの大海原。
周りでは焼けたコンクリが熱気を上げている。
「お前には、この陽差しはきつかろ。そろそろ家に戻ろうかの」
「やだ。俺にも大物捕らせてよ」
「こ、こら。よさんか」
日に焼けて小麦色の男の子は、自分を肩に乗せている者の髪をくぃくぃと引っ張ってる。
「大物ってお前、そのちっこい体で何をする気だ?」
呆れた声で、肩に乗る青い瞳の少年へ振り返った。長い首をグルリと巡らせて、大きな牙をむき出す。笑っているらしい。
「じゃーん!見てよコレ、この前、ほら、向こうのビルで見つけたんだ!」
そういって少年がジャケットのポケットから自慢げに取り出したのは、白い刀身を持つ大きなナイフ。
その切っ先が向く先には、海面から飛び出したビルがある。ガラスは全て割れて無くなり、壁面にはヒビが走り、あちこちにツタが絡んだり木の枝が飛び出している。
「ほほう、セラミックナイフか。まだそんな物が残っていたんだな」
「おう!コレがあれば、サメだって捕れるよ」
牙が光る口からゴフッゴフッと空気が漏れる音がする。青い鱗に覆われた喉が揺れている。これが彼の笑い声のようだ。
「無理だ無理だ。サメを捕るには、ほれ!ワシのように、大きく鋭い爪をいくつも持っていなくてはな!」
そういって彼は、コンクリに置いていた手を浮かす。男の子は青の鱗に覆われた手の先を見る。
そこには巨大な爪を持つ指があった。
「んだよぉ。そんなの、やってみなきゃわかんないだろ?」
「ふん、まあいいわい…。それより、見ろ。今日は最高の大物が捕れそうだぞ」
そういって彼は長い首をコンクリの足場からつきだし、下を覗き込んだ。
彼等がいるのはビルの屋上。3階ほど下には海水面。キラキラと輝く波間から、透明な水の中に大きな魚のカゲが幾つも見える。
年の頃は十代前半くらいの少年の目もキラキラ輝き出す。
「わ、おっきいな。マグロかな?」
「さあな。さて、邪魔だから降りとれよ」
彼はグッと体を前屈みにする。少年を屋上に降ろすために。
「え~?いいじゃんか~、このままで」
「なーにいっとるか。このままじゃ、ワシは海に飛びこめんわ」
「ぶー。んじゃ、一番でっかいのを捕ってきてくれよ!」
「任せい」
金髪の少年が屋上に降り立つのを鋭い眼光で確認すると、彼は背中の翼を伸ばした。小さな鱗に覆われたコウモリのような皮膜が一杯に広がる。
少年の胴体より遙かに太い足が、力を溜め込んで更に膨れあがる。
瞬間、巨体が跳躍した。
強靱な足から生み出された加速を受け、皮膜が風を捉え、鱗に覆われた巨大なトカゲのような体が空を貫く。たてがみが突風になびく。
幾つも立ち並ぶビルの間を滑空した竜が、水面に激突した。
水柱が立ち、少年のいるビルの屋上までしぶきが飛んでくる。
少年は崩れそうなビルのヘリから見下ろす。
澄んだ水面を波が揺らし、水底のアスファルトは像を歪める。驚いた小魚の群れが海藻の森や沈んだ車の中に逃げ込んでいくのも見える。
少しして、じーちゃんと呼ばれた竜が水面から顔を出した。
大きな牙を生やした口と、鋭い爪を持つ両前足と、それぞれに大きな魚を掴んでいる。
屋上から少年がガッツポーズ。
「やったな!じーちゃん!」
「おうよ!クルミ、これで皆も大喜びだ!」
竜は誇らしげに答えた。が、答えるために口を開けた拍子に、くわえていた獲物が水面に落ちた。そのまま魚は凄い勢いで逃げていってしまう。
「あ…」
クルミと呼ばれた少年は呆気に取られてしまった。
「あ、安心せい!まだ二匹のこっとるわ」
竜の爪に捉えられた大きな魚が二匹、未だにビッチビチと暴れ回っていた。
多くの小島とビルの上階が浮く海を見下ろしながら、少年を乗せた竜が飛ぶ。
少年は竜の首にまたがり、青い鱗の肩に腰を降ろし、白いたてがみを握りしめる。
竜の背中には、沢山の魚介類が入ったカゴがくくりつけられている。
カゴの左右、竜の背から広がる大きな皮膜が羽ばたくたび、その巨体は高度も速度も上げていく。
少年の黒髪と竜のたてがみが風に煽られて激しく揺れる。
「いい天気だねー!」
吹き付ける風に負けないクルミの元気な声に、竜は空をチラリと見上げた。
雲一つ無い青空の中、真夏の太陽が照りつけている。
光は海へと降り注ぎ、後方に遠く海面から林立するビル群の姿をゆらゆらと揺らす。
「そーじゃのぉ。だが、もうすぐ雨の季節だろうて。わしの家の補修を忘れるなよ」
「え~?面倒臭いなぁ」
「そういうな。竜の手ではトンカチなんて持てんのじゃからな。これはお前等、人族の仕事じゃ」
そういう竜の手には、さっきの大きな魚が二匹握られている。
「ふわ~い。
あ~あ、じーちゃん達の時代なら、そんなのキカイがパパーッとやってくれたんだろ?そーゆーのがあればなぁ」
「んなわきゃないわい。今も昔も家の補修は、人族がトンカチとカナヅチでやっておったよ」
「へー…んじゃ、あれもトンカチとカナヅチで建てたのか?」
そういってクルミが指さした先には、山の斜面に張り付くようなコンクリートの建造物が見えていた。
彼等の背後にある水没した高層ビル群ではなく、もう少し低くてこぢんまりしたビル、マンション群。
それらも多くは崩れたり傾いたりして、森の中に埋もれつつあったが。
そのマンション群の横には、規則正しく四角が並んだ草原のようなものがいくつも見える。田んぼや畑らしい。
「いやいや、建てること自体は機械がほとんどやっておったよ。
じゃが、細かい所、例えば部屋の中は人族が自分の手でしていたんじゃ。ドリルとか、小さな機械は使っておったがの。
ま、昔の話じゃ」
「ふぅ~ん…」
そんな話をしている間にも、彼等は海岸へと接近していく。倒壊した家屋や崩れたコンクリート、割れたアスファルトが打ち寄せる波に洗われる海岸線へと。
波打ち際、枯れたツタが絡まり斜めになってぶら下がっている道路標識には、こう書かれいてた。
『この先3km、佐世保市』
崩れ落ちた民家の合間に、いまだ真っ直ぐに立ち続けているマンションがある。もちろんガラスは全て無くなっていて、代わりに戸板がはまっていたり簾が下がっていたりしている。
そのマンションの間に生える木々の枝にはヒモが渡され、沢山の洗濯物がぶら下がっている。
木々の間からは、けたましいほどのセミの鳴き声が響き渡っている。
そのうち一本の木の下では大きな、虎並に巨大な黒い犬が丸くなっていた。
体長が2mはあるかという犬の隣には、丸まって眠る女の子。
ただ、彼女の茶色の頭髪の間から三角の耳がピンと立っている。
ボロボロで土に汚れたTシャツとジーンズの間からは、長い尻尾がデロ~ンと飛び出している。
そして足も脛から下が毛に覆われ、足の裏には盛り上がった肉のふくらみが付いている。
手も同様だ。
少女は、猫の耳と手足と、尻尾も持っていた。
眠っていた犬がピクリと鼻を動かす。同時に少女の耳もピコッと海側へ向く。一人と一匹の尻尾は、ハタハタと嬉しそうに動き出す。
「じーちゃん達、帰ってきたね」
バゥッと犬が小さく吠える。
そして見上げた大小四つの瞳には、青い空に翼を広げた青い竜がマンションの間を飛び去るシルエットが一瞬映った。
「コクライ、いこ!」
叫ぶが早いか、日焼けした女の子は飛び起きて犬の背にまたがる。そして毛に覆われ肉球のようなふくらみがついた指で、黒い毛に覆われた犬の首にしがみついた。
同時に犬は駆け出した。
アスファルトの割れ目から草木が伸びる道路を、黒犬の大きな爪が捉える音が響く。
その音は樹木に囲まれたマンション群の間で少し木霊してから、セミのやかましい鳴き声の中に消えていった。
マンションから少し離れた広場。
傾いて崩れかけた入り口には『柚木第一中学校』という文字が刻み込まれた石柱があった。
既に校舎の壁には縦横にヒビが入り倒壊が進んでいる。無事に残るのは体育館だけ。
もうすぐ瓦礫の山へと変わる校舎に気を止める者は、そこにはいない。
何十人かの人々は皆、グラウンドの真ん中に降り立った竜が持ってきた海の幸に目がいっている。
小さな子供達は大きな二匹の魚に大喜びだ。
その周りには白や茶色の犬がたむろしていた。どの犬も人が乗れるほどの大きさだ。
「どーじゃ!なかなかの大物じゃろうが。近海物のマグロでこんだけの大物は滅多にないわい」
二本の後ろ足で立ち上がった竜が、誇らしげに胸を張っている。その周囲にいる人々は口々に竜を褒め称えた。
彼等は、一般的な人間と言える姿をしていた者もいた。髪の間から三角の耳や垂れ耳をのぞかせ、ズボンのお尻からフサフサの尻尾を生やす者もいた。しっとり濡れる黒い鼻の者もいる。
人間達も肌の黒い者や白い者、金髪赤髪黒髪など。目の色も様々だ。
「いやー、さすがだよ。セイリュウじいさん」
「羨ましいねぇ、その翼と爪は」
「私達も『都会』へ行きたいわ。こんな大物、近くじゃ釣れないんだから」
「大きめの船を作って出したくても、水中の電柱やらビルやらにぶつかって、危なくて無理だもんな」
クルミが舌をペロリと出しながら、セラミックナイフを握りしめる。
「んじゃ、腐ると困るし、さっそくさばいて料理しようか!マグロと言ったら、やっぱり刺身だよね!」
「おー!」
「んじゃ、ウチの醤油もってくるよ」
「特大の包丁もお願いね」
「俺は酒を持ってくるぜ!」
人と人に近い者達が、魚や貝を囲んで嬉しそうに声を上げる。
日本人の系譜だったかも知れない人々と、日本に移り住んだのであろう人々と、かつてどこにもいなかった人々が、共に刺身を思い浮かべて満面の笑みを浮かべていた。特に大きな瞳に三角の耳、お尻から長い尻尾をのぞかせる人々が。
そんななか、かつての校庭入り口から、背に女の子を乗せた黒犬が飛び込んできた。
「クルミ兄貴ぃー」
「あ、ネフェルぅ!」
ネフェルと呼ばれた女の子は、マグロを捌こうとしていたクルミの横に降り立った。肉球の付いた足で、ほとんど音を立てず着地する。
「スッゴイだろ、でっかいキハダマグロが二匹も捕れたぜ!」
「ほんとだ~スッゴイね…じゅるり」
大きな金色の瞳を輝かせるネフェルの口からは、涎と牙がのぞいている。そしてジワジワと顔がマグロへと近寄っていく。
ベチッ!
彼女の頭を青竜のデコピンが弾いた。
本人は、いや本竜は軽くデコピンしたつもりだろう。が、何しろ体のサイズが違う。ネフェルは額を押さえてうずくまってしまった。
「こりゃ、意地汚いのぉ」
「い、いいじゃないの!あたし達猫族が、魚を前にして大人しくしていられるワケがないでしょ!」
目に涙を浮かべて開き直る猫族の少女に、青竜は首を振って呆れる。
「な~にを言っておるか。そんなのはおんしだけじゃ。他の連中は皆、行儀良く待っておるぞ」
「あ、あの、じーちゃん…」
「ん?」
マグロの横に膝をつくクルミが、微妙な笑顔で青竜を見上げている。そして白いナイフが魚介類を入れていたカゴを指し示す。
そのカゴの中身は、微妙に減っていた。そして集まっている猫族の口の周囲や服には、老若男女の区別無く小さな鱗や小骨がひっついている。
「マグロに目がいってる間に、猫族のみんなが…」
あんぐりと竜の口が開く。
「…お、おんしらはあーっ!」
周囲の木々が揺れ、鳥とセミが飛んで逃げる。
茂みから顔をのぞかせていた小動物も走り去る。
人々の鼓膜を破らんばかりの一喝が響いた。特に聴覚に優れた猫族の何人かと犬達が、目を回してひっくり返った。
夕焼け空の下、広場では人々がマグロの刺身をサカナに宴が催されている。
セイリュウはマグロの頭をガジガジと美味そうにかじる。十匹ほどの犬の家族も、刺身にしなかった骨やら内臓やらにかぶりついていた。
さらに校門から何人かの女性が、山菜や果実で一杯のカゴを背負ってやってきた。
何度も縫い直されたであろう赤いシャツとズボンの猫族女性が手を振る。
「おーい!クルミ、ネフェルぅー」
ネフェルそっくりながら、引き締まったウェストとふくよかな胸の女性に呼ばれた二人は、元気に跳びはねて手を振り替えした。
「おーい、かーちゃーん!今日は大物捕れたんだぞー!」
「ふぐぉ!うぐんぐ…ぷはっ。母ちゃーん。早く来ないとマグロ無くなっちゃうよ」
口の中に入れていた刺身を慌てて飲み込んだネフェルも手を振る。
小走りでやってきた赤い服に茶色い髪の猫女も、刺身に金色の瞳を輝かせた。
「いやぁ~、こりゃ美味そうだ!だけど二人とも、ちゃんと野菜や果物も食べなきゃだめだよ!」
といってカゴから降ろしたのはスイカ。それを見たクルミは目を輝かせたが、ネフェルはイヤそうに顔をしかめる。
「いらなーい。あたし、魚がいい」
「んなこと言うなよ。スイカは美味いんだぞ。ホレ」
あっというまに切り分けたクルミが、三角形のスイカをネフェルの眼前に突きつけた。彼の唇には既にスイカの種がついていた。
「やだー!あたし、魚がいーの!」
と言ってネフェルの手は刺身を載せた皿へと伸びる。が、その腕を母の手がピシャリと叩いた。
「贅沢言わない!食べ物はバランス良く食べなきゃダメなんだよ」
「え~、だってぇ~」
猫の少女は頬を膨らませて嫌がってる。
そんな家族の様子を、青い大きな竜が目を細めて眺めていた。
満天の星空が眩しい夜。
まだ崩れていない学校の体育館。その中に青い竜が翼を畳んで休んでる。天井の穴から差し込む僅かな光で、青い鱗が少しだけ輝く。
体育館の入り口では、クルミとネフェルが大きな箱を運び込んでいた。
「んじゃよ、じーちゃん。大工道具はここにおいとくからな」
「ふふぁ~…おう、ご苦労さんじゃ」
丸めた体の隙間に突っ込んでいた首をだるそうに引き抜き、眠そうなアクビと共に猫と人な孫達の労をねぎらう竜。
「天井の修理は明日、兄貴がやるからね」
言われた兄貴は、猫の妹をジロッと睨む。
「お前も手伝うんだよ」
睨まれた妹はそっぽを向く。
「やーよ。そういうのは人族の仕事でしょ?」
「誰が決めたんだよ、んなこと」
「トーゼンじゃない。だって猫の手は、人みたいに器用じゃないもの」
と言ってネフェルは手の平をクルミの前に開く。星明かりの下でも、茶色の毛に覆われ肉球で膨らんだ手の平と、鋭く尖った爪のついた指が分かる。
「こりゃ、ネフェルよ。別に釘やトンカチを持たんでも、手伝う事くらい出来るじゃろ」
「うー…」
青竜にたしなめられて、三角の耳が後ろに倒れる。
「それよりさぁ、じーちゃん」
箱を置いたクルミはトコトコと暗い体育館の中に入っていく。
「昔の話を教えてくれよ。じーちゃんが戦争に行く前の、街のコトとかさぁ」
「やれやれ、またその話か」
重いまぶたで閉じてしまいそうな目の前に、ネフェルもチョコンと座る。
「あたしも知りたーい。あたし、まだじーちゃんから昔の話を聞いていないんだもの」
二人にせがまれた竜は、フゥ…と小さなため息をつく。小さいと言っても竜の体に比べての話で、少年の金髪と猫少女の茶髪は生暖かい風に揺らされる。
「…ま、話してやっても良いがのぉ。それはまた今度にしとくれ。今日はタップリと飲み食いして、腹が苦しくて眠いんじゃ」
「ぶーぶー、けちんぼ」
口を尖らせて文句を言う妹の頭に、兄が手を置いた。
「よせよネフェル。今日はもう遅いし、明日にしようぜ」
「は~い…。それじゃ、おやすみなさーい」
「おう、おやすみ。また明日な…」
人の少年と猫の少女は竜の老人に手を振って去っていった。竜は再び体の隙間に首を差し込んで眠りについた。
「戦争、か…。思い出したくないがな…」
それは寝言だったのか独り言だったのか。
言った本人含めて誰にも分からないし、分かる必要のないことだった。