親愛なる魔女へ
少女の日常はとても規則正しい。
だが、その日常は決して時計に左右されるものではなかった。
朝は日が昇ると同時に目覚める。そして顔を洗い、朝食を食べ、歯を磨く。
朝食は八枚切りの食パンと、イチゴジャム。そしてヨーグルトと季節の果物。今日はイチゴ。少女にとっての季節は果物と一緒に進んでいるのだった。
「今日は何をして遊ぶんだい?」
博士はこうしていつも楽しそうに話しかけてくる。ほおばる食パンにはマーマレードがのっかっていた。少女にはまだ苦くて手が出ない、大人の食べ物だった。
「今日はね、本を読もうと思うの。だから博士と遊べないの」
博士は表情を変えずに、仕方ないという風にコーヒーをすすり、
「それは残念だね」
と淡々と答えるのだった。どこか怒りのような気持がにじんでいるように思えたが、ヨーグルトに夢中な少女は、それを感じることができなかった。
中央の巨大樹を取り囲むように、この「箱庭」はあった。
ずっと終わりがない、円形の建物だった。枝分かれもせず、ただ円形に広がる空間だった。
少女にとって、この終わりのない円形が世界のすべてだった。
無数に並べられた本は、すべて「箱庭」側の人間が作ったものだった。もちろん博士が書いた本も並べられていた。
この「箱庭」にある本は、「外の世界などない」という前提のもと作られている。
ただこの広大な円形の部屋の身で世界というものは完結し、人間というのは少女と博士しかいない。そしてロンドはこの「箱庭」のすべてを知っているから、「博士」。
少女はそもそも世界という言葉を知らないのかもしれなかった。
朝食を食べ終え、博士が皿を洗っているのを見計らって、少女は本を読むふりをしていた。
「これも、これも、これも…」
壁に無数に並べられた本たちを引っ張り出してみるけれど、どれも読んだことがあるものばかりだった。「皿洗い博士」「箱庭かけっこ」「イチゴ」。様々な本があるけれど、少女の心はときめかなかった。
なんとなく、つまらない。
という思いが募っている。そしてそれは悟られてはいけないものだということを少女は直観的に悟っていた。
だからこうして、本を読むふりをしている。もしかしたら、この無数にある本の中に、面白いものがあるかもしれないから。
「博士は少し『研究』をするから、おとなしくしていてくれよ」
「はーい」
いきなり博士が話しかけてくるものだから、少女は飛び跳ねるくらい驚いた。体を反射的に硬直させた少女を見て博士は少し微笑んだ。少女は内心「うまくいった」という風に思った。
つまらない。つまらない。つまらない。
本のページをめくるたびにその疑念と鬱屈とした感情が募っていくのを少女は感じていた。博士は研究室に行ってくれたようだ。これで、やっと今日の作業ができる。少女はそう内心ほくそえんだ。
それを見つけたのは、ちょうど一年前くらいの事だった。時間間隔が散漫な少女にとっては、「ずっと前」という感じだが。
その日も、人形遊びやボードゲームをして遊ぶことに飽きたから、本を読むといって、本を引っ張り出しては棚に差してを繰り返していた。これも違う、これも違う、これは。という風に。
本を引っ張り出しているときに、何か一枚の紙がほんの中から落ちたのに気が付いた。
それは手紙だった。赤い蝋で封がされており、宛名の欄には
「親愛なる魔女へ」
という風に書かれていた。
ちょうど博士はいなかったので、少女はいつもと違う日常に興奮気味にその封を開けた。
そこには、世界の真実が書かれていた。